第四標 里程標
ランシュは頭を振った。いつの間にか眠ってしまったようだ。敵の本拠地で眠ってしまうとは不覚だ。死んだも当然だったが幸い敵に囲まれていることはなく、近くにいたのはユシェだけだった。いつの間にかユシェが起きていて、ぼーっと通路の先を見ていた。
「すまねー、俺が寝てしまった。」
ランシュが謝るとユシェが振り向き、首を横に振りながら言った。
「ううん。大丈夫だったから。僕より君の方が疲れているだろうからね…さ、行こう。」
ユシェは立ち上がるとランシュに手を差し出した。
ーこうやって手を差し延べてもらうのも久しぶりだな…。
ランシュはふと笑い、ユシェの手をしっかりと握ると力一杯引き、立ち上がった。
銃を構え、階段に向けて走る。科学特捜部員が階段から降りて来て、自動銃を乱射した。もう何も考えないで走り続けることに決めた。ただフィーリアが殺された時の怒りに身を任せ…。
「どっけぇぇぇーっ!!」
銃を撃つのももどかしく、拳や足で敵を倒し、先へ進んだ。背後の敵はユシェが一時的に盾を出し、銃弾を防いだ。
「ユシェ、大丈夫か?無茶するなよ?」
「うん、大丈夫だよ。」
ユシェはかるく笑い、余裕を見せた。階段を同じ速度で上り続け、何度も科学特捜部員たちをやり過ごし、地上を目指した。普通の通路に出ると、科学特捜部員たちが待ち構えていた。
「態勢を整えるぞ、ユシェ!」
ランシュは壁の陰に転がり込んだ。ユシェも壁の陰に隠れる。先程までランシュたちがいた場所の壁は一斉射撃を受け、蜂の巣のように穴だらけとなった。
「ここの突破は無理そうだな…。しかし、他に道は今のところないんだな。ここで諦めるしかないのか…。」
ランシュは壁の角から少し顔を出し、敵の様子を窺った。だが、数秒も観察しない内に銃弾を壁が浴び、粉砕していった。
「僕が能力で強力な武器を出すから、それで切り抜けよう?」
ユシェは武器を取り出す準備をはじめた。ランシュは慌ててそれをとめた。先程倒した敵の握っていた自動銃をもぎ取り、ユシェの前にチラつかせた。
「俺はお前を人殺しにしたくない…。だからユシェを助けてからずっと銃を持たせなかった…。」
「僕のことは気にしないで。自分の命の方が大切でしょ?」
ユシェは姉が幼い弟から物を取り上げるような顔をして、ランシュから自動銃を取った。壁際から敵に向けて狙いを定める。ランシュの視界に記憶の中にある、自動銃を拾った時のフィーリアが映った。
「ユシェ!撃つな!」
ユシェは舌で唇をなめ、片目をつぶり、科学特捜部員に狙いを定めた。
フィーリアがそうやったようにランシュはその自動銃が爆発すると思った。ユシェとフィーリアの姿が重なる。
「ユシェーッ!!」
ユシェは引き金を引いた…。
自動銃は別に爆発しなかった。ユシェは自動銃の反動で飛ばないように頑張りながら銃撃戦を繰り広げていた。
この銃はセントレイ教のように仕掛けなど仕掛けられていなかったのだ。
「頑張れば行ける!さ、行こう。」
ユシェはランシュの服を引っ張り、出口を指差した。ランシュは頷き、小型銃を構え、走り出した。
「二人を守る盾を作り出したまえ。二人を覆え!」
ユシェは敵の目の前に出る前に呟いた。ブルークリアの膜が二人を包み込んだ。
「ユシェ、そんなことしたら…。」
「大丈…ぶ…だか…ら…。」
ランシュは息を荒く吐きながら笑う。科学特捜部員たちの銃弾を膜に受けるのを感じながら出口を目指した。
出口の通路を曲がる瞬間、数発の銃弾を受け、シールドは音を立てて砕け散った。その先にはナンバー式のオートロック扉がでんと構えていた。
「チッ、行きは研究員と一緒に行ったが今はいないからな…。」
ランシュは舌打ちして扉を叩いた。
「…僕に任せて。」
顔を青白くさせたユシェがフラフラと扉の前にきた。一部の壁を開き、文字盤を取り出すとじっと見ていた。
ー究極の犯罪道具が存在したんだった…。
ランシュはため息をついた。ユシェは文字のボタンを押し、入力した。扉は電子音を出し、開いた。ランシュはユシェを抱くように扉を通り抜けた。まだ通路は続いていたが、確実に外につながる出口がすぐある。ここの通路を抜けると、受付があり、その先に入口がある。
「大丈夫か?ユシェ?あそこでシールドはったのがキテるんだろ?」
「大丈夫、大丈夫…。ほんと大丈夫だから。」
ユシェの足取りは千鳥足のようにおぼつかない。ランシュが支えていなければ、きっと倒れるだろう。
「大丈夫そうだったら俺は言わねぇよ。顔、真っ青なんだよ。」
「ははは、…外を見ることを考えれば全然平気…だよ?」
ユシェは笑いながら言うと、ランシュは足を止めた。
「ユシェ、言っておくが、外の世界はお前の考えているほど美しいとこじゃないぞ?」
「………。」
ユシェの笑顔が凍り付いた。ランシュは構わず続ける。
「勢いでお前をここまで連れて来てしまったが…外の世界は黒くて醜い。絶えず人々は争い、奪い合い、殺し合い、憎しみ合う。そんな世界だ。お前は絶望するかもしれない…。そう考えるとお前のためにもこの研究所に残った方がいいかもしれない。」
ランシュは淡々と説明した。ユシェは今まで外へ連れて行ってくれると思っていたランシュにそんなことを言われ、驚きを隠せなかった。
「セントレイ教はどうするの?」
「その前に潰す…無理だったらそれはそれでいいかもな…。あいつらの目指す理想郷も悪くないかもしれない。」
ランシュはふと笑った。嘘だ。セントレイ教の理想郷が完成すれば、民は皆支配され、ランシュのようにセントレイ教に刃向かった者々は真っ先に処刑されるだろう。どちらにせよ、望んだ結果にはならないであろう。
「僕は残った方がいいのかな?」
ユシェは戸惑った顔でランシュを見つめる。その顔を直視できず、ランシュは顔を逸らす。
「それは自分で決めろ。」
やや間があり、ユシェは頷いた。
「僕はやっぱり君と外の世界へ行く。絶望したって構わない。世界を救うためなら…。」
「後悔しないようにな…よし、行くぞユシェ。」
ランシュは再びユシェを担ぐようにして先に進んだ。
銀色の自動ドアを通り抜けると、白い大理石が敷き詰められたロビーに出た。透明なガラス張りの自動ドアから外に出ると、太陽光が二人の目を細めさせた。
「これが…外の世界…。」
ユシェは目を細め、回りを見回した。ランシュは側に停めてあったバイクに跨がった。
「こいつにまた乗れるとはな…撤去をされずに済んだな。ユシェ、乗れ。」
ランシュは自分の後ろの座席をポンポンと叩き、ユシェに乗るよう促した。ユシェはバイクを眺め回し、どう乗るのか思案している。
「俺みたいに跨がれ。俺にしっかりつかまってろよ?」
ユシェはバイクに跨がり、ランシュの腰に手を回した。キュッと腕に力を入れるとユシェは頬を赤くした。
ーうわぁ、逞しいな。
バイクは勢いよく走り出した。
「あ、忘れてた。…こいつは俺の昔からの唯一の相棒だ。」
ランシュはユシェにカポッとゴーグルの付いたお世辞でもかっこいいと言えないヘルメットをユシェにかぶせ、説明した。
バイクはどこまでも長く延びた道路を走り続けた。
「俺はこれから警察庁へ行ってくるから途中で降ろすぜ?先に家に行っててくれ。」
「警察庁?」
ユシェがバイクのエンジン音に負けないように大きな声を出して、聞き返した。
「研究所での報告をな。連れて行きたいんだが、今連れていくと少し厄介なんだ。」
ランシュはスピードをあげ、真っ直ぐにのびた道路を走った。
しばらく走り、左右に分かれている道に着くと、ランシュはバイクを停めた。
「ここまでだ。直にこの里程標通り、道沿いに歩けば街に着く。」
道には木で作られた里程標が立っていた。
「俺が人生の里程標になってやるからよ、安心して自分の道進め。」
「うん。」
ユシェはバイクを降り、ヘルメットをランシュに渡した。里程標には街までの道のりが書かれている。
里程標は目標地点までの距離を示した大切な看板…人生の里程標は自分の道を進むにはとても大切なもの。いつまでも見失わないように…次の里程標を目指して…ユシェは歩き出した。
里程標≪マイルストーン≫…
END
昇日月天でコンニチハ♪月宮東雲です。(この時はまだ風月東雲だった)
「里程標」如何だったでしょうか?
読み方は「マイルストーン」で次の町までの道のりを示すしるしです。
ユシェは研究所から抜け出し、初めて人生の道へと足を踏み出した。そして自分の道が進めるように里程標を掲げたわけです。
それに町への里程標はユシェの人生の道の里程標であったわけであり、それをかけました。
ランシュがユシェの里程標になると言い、ユシェを連れることによって今までの孤独からお互い救われるという。
みなさんの感想次第によって続編を考えようかと思っています。(この先までしっかり考えてある)
最近は忙しいのでどうも…ね。謝謝。
それではまた会いましょう。再見!
2006年11月