第三標 パートナー
科学特捜部員たちは自動銃を構え、ランシュとユシェに向かって狙いを定めていた。たまたまランシュとユシェという実験体の脱走に出くわしたが、もともとはセントレイ教を追っていたはずだ。となるならば、ユシェが脱走したことは直に研究所内に知れ渡り、捕まえに来ることになるだろう。
「どけどけぇっ~!!」
ランシュは角から飛び出し、小型銃をぶっ放した。手前にいる科学特捜部員が倒れるが、その後ろにいた科学特捜部員たちは自動銃を構え、ランシュに向かって撃った。
ランシュは床を転がり銃弾を避けると、再び発砲し、科学特捜部員たちを倒した。
「後ろっ!」
ユシェが怒鳴った。ランシュは咄嗟に振り向き、陰へ隠れた。銃弾が壁に当たり、壁が削れていく。ランシュは舌打ちして身をかがめた。
銃撃は続く中、ユシェも攻撃対象とされた。近付いて来る科学特捜部員たちからユシェは逃げ出し、ランシュの所へ転がりこんだ。
「よし、無事だな?やっと一緒になれたな。一分でも離れていると不安だ。」
ランシュは笑いながらユシェの頭を軽く撫でた。銃撃音に混じって科学特捜部員たちの近付いて来る足音が聞こえる。
「なんとしてでもここ切り抜けっぞ!ユシェ、今から敵のいる出口へ走る。絶対離れんなよ?」
ランシュは銃弾の空ケースを投げつけると数発壁に隠れながら適当に発砲した。その瞬間角から飛び出し、敵の中へ突っ込んだ。科学特捜部員たちは突然のことに反応できず、狙いが定まらない。その中をユシェとランシュが切り抜ける。ランシュは狙いを定めた科学特捜部員たちの頭を撃ち抜き、奥へと走った。生き残った3人が乱射してくる。弾丸は迷わずランシュへと向かっている。
「盾、盾、盾ー現れろ!」
ユシェの声にランシュは振り向いた。ユシェがランシュの後ろで仁王立ちをしていた。
「ユシェ!!」
ガガガガガ、キンキン。
自動銃の音と金属音が混じる。弾丸は一発もユシェには当たっていなかった。
「何だあれは!?」
「盾か?」
科学特捜部員たちは戸惑った。突然銃弾を弾く盾を取り出すことは不可能なのにユシェは可能だった。それはどんな物でも取り出すことが可能ということを意味しているのだろうか。
ランシュはフッと息を吐き、先のドアへ向かった。ユシェも盾を後ろにしながらランシュのあとを追った。
機械式自動両開きドアを通り抜け、しばらく長い通路を走っていると静寂が戻ってきた。ランシュが細い通路に入り込むと速度を落とし、とまった。するとユシェはフラフラと倒れこんだ。後ろにあった盾が粒子のように細かくなり消えた。
「大丈夫か?ユシェ!」
ユシェは力なく笑い、手を振って頷いた。
「どうやら体力を物凄く消費するみたい…。もう動けないよ。」
「まだ力を使い慣れていないからだろ?まぁいい少し休むか。」
ランシュは壁にもたれると崩れ落ちるように座った。少し暗くなったこの通路は人気がなく、追手に見つかるという心配も今のところはないようだ。ユシェが驚いたようにランシュを見た。
「それじゃ追手が警戒して出られなくなるよ?」
「バーカ、お前を助けに来たのにお前を置いて逃げてどーすんだよ?俺のしてたことが無意味になるだろうが。」
と、ランシュはユシェの頭を撫で、髪をくしゃくしゃにした。ユシェはただランシュを上目遣いで見ているだけだった。
今はダイ暦2431年。2432年前まではロード暦として栄えていた。2432年前…“総てを統べる神”が治めていたとされる時代。人々は神を崇め、「全ては神のため…そして来世の自分のため」という時代であった。だが、それを認めない革命派の者たちが存在し、2431年前に革命を起こした。
神のいると言われる総本山、神殿を爆破し、焼き滅ぼした。
こうして“総てを統べる神”は死んだ。暦はダイに変わり、神のいない無宗教へ強制されていった。宗教が抑圧されていく中、小さいが確実に力をつけていった宗教が「セントレイ教」。教祖はランシュの親友だという話だった。セントレイ教は死んだ神の時代の復活を目指し、革命を起こそうと企てていた。すでに戦闘組織も構成されたこの宗教は宗教組織と呼べるものだった。
力は拡大し、もう直政府の力も及ばなくなる。革命が成功し、この世界がセントレイ教に占領されることは時間の問題である。
ユシェは神の子とし、この世界に君臨する。人工生命体のため、人間離れをしているし、先程のような能力も持っている。そのためユシェをずっと狙っていたのだ。
ユシェの依頼をしたのはセントレイ教でそれに応じたのはこの国立研究所で、主任たちは優秀な研究員として集められた。中には推薦で参加した者もいたようだが…。
依頼されたユシェ、「GH122295」が悪用され緊急事態に陥った対策用に「GHS545345」“弟”が造られたが、暴走。研究チームは強制解散せざるえなくなった。そして痺れを切らしたセントレイ教はユシェを受け取り…強奪しに来たのだった。
「これがザッとこれまでの流れ。」
ランシュは人差し指を立てて言った。
「…で君が来た理由はまだだよ?」
ユシェは頭を少し上げながらランシュを見た。
「あらすじが必要なんだよ、その話は…。で。」
まぁ焦らすなと言うようにランシュはユシェを手で制した。
で、セントレイ教の教祖は俺の親友だと話したろ?そこが繋がりだ。俺は親友が明らかに間違った方向へ進んでいると思い、何としてもこの革命、作戦を防ごうと考えた。
セントレイ教の要にもなる“神人”ユシェの運送の阻止、それを実行したわけである。結果的にユシェを束縛から救い出すということにつながったわけでもある。
ランシュの場合は政府からの依頼で動く形になっている。単独ではあるが反セントレイ教の勢力が動き、密かに政府が応援しているのだ。ただ大部分は組織化せず単独に動いているため、セントレイ教に消されているのが事実である。
「ザッとそんなもんか…ってうぉい。寝てんのかよ…神人とは言え睡眠を要すんだな…。」
ランシュは微笑み、銃弾の確認をした。ユシェは小さな寝息をたて、あどけない少年の顔をしながら眠っていた。
ーユシェがパートナーってのもいいかもな。
ランシュは宙をぼんやりと見つめた。
ランシュは二年前まで、一人ではなかった。パートナーと一緒にセントレイ教を殲滅し歩き回っていた。
「次で教会へ突入するよ?今日ミラクの奴がいるはずだから。」
ランシュと同じ歳ぐらいで髪を一つに束ね、薄い黄土色のような作業服を着た女の子が小型銃を握り締めながら教会の把手をつかんだ。ランシュが頷くと女の子は勢いよく教会へ突入した。それにランシュが続く。
「ミラク!覚悟しな!」
女の子は祭壇にいる法衣をまとった男に銃口を向けた。周辺には白い三角マスクをスッポリかぶり白い法衣を着た信者たちがいた。突入した瞬間一瞬全ての時が凍った。
「異教者だ!殺せ!」
ミラクはそれだけ言うと信者に囲まれながら奥へと逃げ出した。女の子はミラクを狙い、続けて発砲した。だが、その銃弾は全て信者たちに当たり、ミラクにはかすりもしなかった。すると両脇にいた信者たちが一斉乱射をはじめた。ランシュも応戦しながら奥へと進んだが、女の子の方は銃弾を切らし、銃を投げ捨てた。
「フィーリア!!俺の弾をやるから…。」
ランシュが銃弾ケースを投げようとしたがフィーリアは手で制して落ちていた自動銃を拾った。
「こっちの方が楽。ランシュは自分の敵に専念しなさい。」
ポニーテールを揺らしながらランシュの前を進み、ミラクに狙いを定めて自動銃を構えた。
ミラクの逃げる時、その横顔の口元がニヤリと曲がり、笑ったのが見えた。それの意味が分からずランシュは見逃してしまった…。
「革命の終止符だ。」
フィーリアは引き金を引いた。ポニーテールが揺れる。
バァンッ。
銃弾はまともに発砲せず、フィーリアの両手のところで自動銃は爆発した。それと同時に狙いが定まらないまま飛んでいった銃弾がステンドグラスに当たり、ステンドグラスは粉々になって上空から降り注いだ。両腕を失ったフィーリアはかすかにポニーテールを揺らすと、そのまま前のめりに倒れ、うつぶせになった。
「フィーリア!!」
ランシュはフィーリアに駆け寄った。ミラクは振り返り、嘲笑している。
「この銃はろくに知らない他人が使うと爆発する仕組みになっている。愚かだったな、フィーリア。」
フィーリアはランシュとミラクの幼馴染みで仲の良い女友達だった…。
そう自動銃には仕掛が仕掛けられていたのだ。そしてまんまとハマってしまったフィーリアは犠牲となった。
その後ミラクは逃走、ランシュは瀕死のフィーリアと共に静かな教会に残された…。
人気のなくなった教会は静かで…静かすぎなぐらいだった。完璧に生気があるのはランシュただ一人。あとは信者たちの死体と瀕死のフィーリアだけがその空間に存在していた。
「フィーリア…大丈夫か?」
ランシュはフィーリアを抱え起こし、フィーリアの頭を膝に乗せた。
「大丈夫な訳…ないでしょ。見ないでよ…。」
フィーリアはかすかに唇を動かし、この静まり返った教会でなきゃ聞こえないくらい小さな声で言った。顔は爆発の時の火傷でただれ、目は開いているかいないかぐらい細く、両腕はなくなり、腹部はえぐれて中が見えていた。ランシュはフィーリアを一通り眺め、顔をしかめた。
「すぐに病院へ…。」
「もう直、私は死ぬ…。だからいいの…。でも…私また馬鹿したね。素直にランシュから銃弾貰ってればもっと綺麗な死に方できたかもしれないのにね…。」
フィーリアの声は段々涙声になっていき、かすれていった。目から一筋の涙と共に血の涙が流れた。どこか目の近くでも切れているのだろう。
「ランシュ…ミラクを必ず正しい道に戻してあげて…親友のあなたならできるから…。」
「あぁ。わかってるこんな革命、許してはおけない。」
フィーリアは笑ったようで、かすかに唇が緩められた。
「覚えている?私に二人が同時告白したの…。」
「なんだ、昔のことか。」
ランシュはふと笑った。
「昔じゃなくてほんの数年前でしょ。…私あの時答え出さなかったけど、あれは二人とも好きだったから選べなかった…。今はすぐに選べる。…ランシュだって…。」
フィーリアは震える唇でランシュの名を呼ぶ。ランシュはフィーリアの髪を撫でた。
「ありがとう、フィーリア。」
「ランシュ、渡したい物が…って私両手なくしちゃったんだよね…。」
フィーリアは体を動かしたが両腕がないことに気付き、脱力すると涙声でランシュに言った。
「胸の内ポケットに入っているの…。私の代わりに取って…。」
ランシュはためらいがちにフィーリアの服のボタンをはずすと、胸の内ポケットを探った。フィーリアの胸の膨らみに触れランシュは顔を赤らめた。
温かい…まだ生きている。体温を感じるものは生きている証拠だ。ランシュがフィーリアのポケットから取り出した物は堅い銀色の写真入れだった。
「これは…?」
ランシュが訊いてもフィーリアは答えない。死んだのかとヒヤリとしたが口元が少しだけ動いている。ランシュが写真入れを開くと、中には少年二人の真ん中に少女がいて三人とも笑っている。数年前のランシュとフィーリア、ミラクだ。その頃はまだこれから起きることを知らない子供の頃の写真だった。
「首飾りを外して…。」
ランシュが写真に見入っているとフィーリアが言った。ランシュはフィーリアの首の銀色の鎖を外すと手に取った。小さな銀色のロケットだ。中には同じように子供の頃の三人が笑いながら絡み合い、ふざけあっていた。
「また昔みたいに…仲の良い友達のような…関係に…なり…た…かっ…た…。」
震える唇でゆっくり言うと、ポニーテールを揺らすと頭を垂れ、動かなくなった。ランシュはじっとフィーリアを見ていたが死んだと分かるとゆっくりと地面に横たわらせ、小型銃を握り直し、ステンドグラスに照準を合わし、続けて発砲し、弾がなくなるまで発砲した。
ステンドグラスは粉々になり、赤や緑、青などのガラスの破片がキラキラと光りながら降り注いだ。それはまるで宝石が降り注ぐようだった…。
その後、ランシュはフィーリアを布で包み、背負うと、住んでいるマンションの裏山に行き、そこにフィーリアを埋葬した。そして、二年後…今に至る――