第二標 檻からの脱出
数日たったある日、この閉鎖された研究室に侵入してきた者たちがいた。
自動ドアの電源は切られているため、手動でこじあけなければならない中、無理やりドアをこじあけ彼らは侵入してきた。
そこで入って来たのは白い法衣とマスクをまとった5、6人の集団だった。
手には自動銃が握られている。
「ここの研究室だけ閉鎖されてるって話だぜ?」
「数日前に事故が発生したとか…。」
「神人は無事なんだろうな?」
男たちは周りに警戒しながらゆっくりと奥へと進む。
「あれだろ?…うわっ、血痕だぜ…かなりの。」
「どうやら事故は本当だったようだな…。確か神人の暴走のせいだとか…。」
男たちは少年のいる水槽へ近付いてきた。少年は眠ったフリをするため目をつぶった。
「俺たちも危険じゃねぇのか?」
「だから銃を…」
「馬鹿者!銃は邪魔者排除のためだ。神人には一発たりとも発砲するなよ?」
「神人は神聖なるもの。神の子。彼が我々セントレイ教の祭壇に立つのだ。」
少年はこの時やっと彼らが以前主任が言っていた宗教団体だということがわかった。だが、なす術もなく、ただ連れて行かれるのを待っているしかないのだ。
「どうやってこの装置から連れて行こう?」
「銃で慎重に割るか。」
男は少年のいる水槽に狙いを定めた。他の男がその狙っている男の頭を叩いた。
「馬鹿野郎!神人に当たったらどうするんだ?」
バン。
発砲音が響き、セントレイ教信者の1人が倒れた。倒れたところから血がじわじわと広がっていく。
「何だ?」
セントレイ教信者たちは銃を構え、騒ぎはじめた。
「ドンピシャ。」
入口のドアの陰からから少年が現れた。手には小型銃が握られている。どうやらこの少年がセントレイ教信者の1人を撃ったようだ。
「は?」
セントレイ教信者たちは銃を構え、少年を睨みつけた。少年がドアの陰から姿を現した。格好は研究員と同じ白衣を着ていた。
「直に科学特捜部っつう武装した仲間が来る。覚悟しな?そんなショボい銃弾なんか効かないぜ?」
「な…。」
信者の1人は銃で少年に狙いを定めると発砲した。少年は簡単に弾丸を避けると走りながら奥へ発砲した。
「…しまった…神人に当たる…撃つな!」
信者の1人は少年の策略に気付き、慌てて仲間を制した。少年の銃弾に当たった1人は倒れぎわのため狙いは大きく反れ、機械に当たり、“弟”のいた水槽が爆発して弾けた。
「奴はこれが狙いだったんだ!俺たちは抵抗できない…。」
自分たちの立場を理解し、セントレイ教信者たちは銃を構えてはいるものの発砲できずに逃走した。
だが、少年は一人も残さず射殺した。
「悪ぃな。恨むなら戦争ふっかけてきた俺のダチを恨め。…あいつも人望あんだな…。」
少年は銃弾をこめ、水槽の方を向いた。目は殺気立ち、銃口は水槽へ向けられていた。
「我々、人間が神の化身なのにさらに人間より上を造る…ロボットだって神に対する冒涜だぜ…」
少年はハッと軽く笑うと水槽に向かって撃ちこんだ。
水槽のガラスは一ヶ所にひびが入ったかと思えば、歪な形に割れ落ち、中の青緑色の液体は流れ出た。
「大丈夫か?」
少年は水槽の中から流れ落ちて来た(?)少年に手を差し延べた。
「俺はランシュ。」
「えと…僕はGH122295と呼ばれていたよ。」
少年はそう言うとランシュは焦れったそうに言った。
「そんな名前呼びにくい!…えー、あー、ユシェでどうだ?ここの国の言葉で光を意味すんだ。」
ランシュは少し考え込むと少年に名前を授けた。少年は少し考え、名前を呟くと頷いた。
「ユシェ…僕の名前はユシェか。うん、ユシェ。」
ランシュはニッと笑い、ユシェの手をとった。
「行こうぜ?お前の求める新天地へ…。」
研究室は機械のモーター音以外何も聞こえず、静まり返っていた。その研究室の中にいるのは、ユシェとランシュの少年2人、そして血まみれで一目で心肺停止が確認できる転がった男たち6人だけだった。
「…ところで全裸で逃げるには目立ち過ぎるからな、何か服…と言ってもアイツらの服も目立つしな…。」
ランシュはユシェを見て目を背けると男たちを見てため息をついた。少し考えたあと、ランシュは白衣を脱ぎ、ユシェに渡した。
ユシェは渡された白衣を着込んだ。
「白衣は渡せんだがな…他はちょいと。…格好微妙だな。」
ランシュは顔を赤らめた。ユシェは首をかしげ、ランシュをしげしげと見ていたが、しばらくするとロッカーに近寄り、ロッカーを開けようとした。
が、ロッカーは開かず、鍵がかかっているのに気付いた。
ユシェはロッカーをしげしげと眺めていたので、ランシュはユシェがこれからどうするのか興味しんしんで見つめた。
すると、ユシェは番号制のロックを何回か押すとロッカーは簡単に開いた。
「何…。」
ランシュは呆然として、口を開けっ放しにした。ユシェはロッカーから服とズボンを取り出した。そしてズボンをはき、服を着た。
「お前そこの番号知ってたのか?」
ユシェは首を横に振った。
「ううん、知らないよ。ここの人はGHS545345暴走事故で亡くなったから。拝借します。」
「じゃあどうやって開けたんだ?」
ランシュはロッカーを念入りに調べながら言った。特に裏技を使用できる代物でもないようだ。
「僕なんだかこの目で数字が見えるんだ。」
ユシェは自分の目を指差した。ランシュは目を大きく見開いた。
そんなことがありえるのだろうか?もし本当ならば、彼の前では政府の機密書類や銀行の資金は簡単に開けられる入れ物にしまっているに過ぎない、ということだ。
「…だから奴も欲しがるのか…。よし、行くか。まずはこの檻の中から脱出することが先決だ。」
「うん。」
ランシュは小型銃を片手に駆け出した。ユシェはランシュのあとを追って走った。
ーこの人が僕を外の世界へ連れてってくれる
「こっから先、二重の追手が来るから気をつけろよ?俺の側から離れんなよ?」
ユシェは頷き、ランシュに寄り添った。
研究室から出て、ランシュが辺りを見回し、駆け出した。
「話には聞いてたがその暴走事故で何が起きたんだ?政府は公表しないし、証言者がいないという奇怪な事件だ。」
確かにそうだ。ユシェが見ている限り、深く関与したもの(取り押さえようとした、通路を阻止した等)は全員死亡。
その他は意識不明の重体というところであろう。ユシェはランシュにあの時の出来事を全て話した。ランシュは黙って聞き、その間小型銃を弄んでいた。
「研究関係者は皆、国立病院に入院した。何人か助かったんじゃねーかな?意識不明だろーけど。」
ランシュは小型銃を構えた。向こう側から書類を大事そうに抱えた研究員が現れた。
「殺すの?」
小声でユシェがランシュに訊く。ランシュは優しく笑い、ユシェの背中を軽く叩いた。
「弾の無駄遣いと殺生はしないさ。」
研究員はよほど急いでいたらしく、ユシェとランシュにさほど気にしないで通り過ぎた。
「折角頑張ったレポートをおじゃんにしちゃ可哀相だからな。その代わり…。」
ランシュは壁にベッタリと背中をつけ、顔を出して通路を睨んだ。防護服に自動銃という武装をした2人組が小走りに近付いて来た。
「あの怪しい宗教集団がここに侵入して来た。警戒しろよ?」
「何人かやられたんだろ?もちろんだ。」
2人は角でランシュとユシェに銃を向けた。
「動くな!お前、閉鎖された研究室の実験体に似ているな?」
「…厄介だな。」
ランシュが呟く。
「あん?」
ランシュは下に向けていた小型銃の銃口を上げ、科学特捜部員の頭につきつけた。
「武装されてても0距離は…無理だよな?」
男は恐怖で目を見開いた。開いた口が塞がらないようだ。
ドン。
血飛沫をあげ、男は崩れ倒れた。
「この野郎ー!」
もう一人の男が自動銃をランシュに向けた。
「遅ーよ。」
ドン。
ランシュは左手に小型銃を持ち直し、男に弾丸を撃ちこんだ。男は倒れたまま動かなくなった。
「こういう奴には気をつけないとな。」
ランシュは銃弾を詰め直し、先へと進んだ。
「ここは国立研究施設だからな。特にここらの実験棟は何回か事故を起こしているし、危険物をかなり取り扱う。だから警備は厳しいんだ。しかもセントレイ教の馬鹿共が潜り込んでいるから尚徘徊してんだ。」
「ランシュは何でそんな中来たの?」
ユシェはランシュになんとか追いつきながら訊いた。今まで歩行(走行)したことがないので突然やるのも大変だ。
「…どうやらその話は後だな…。」
ランシュは苦笑した。狭い通路を6人の科学特捜部員がゾロゾロと左右の通路からランシュとユシェに向かって迫ってきたからだ。
「銃弾補給間に合うかな?」
ランシュは冷や汗を右腕で拭い、小型銃を構えた。