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里程標  作者: 月宮東雲
2/5

第一標 惨劇の中、僕は水槽の中だった。

…暗闇の中、闇に研ぎ澄まされた聴力で水槽の中にいる少年の耳に会話が飛び込んで来た


「もう直完成だ。」


満足げな顔で頷き、白衣を着た恰幅のいい男は水槽の中にいる少年を見た。

少年は目を閉じ、膝を抱えるように水槽におさまっている。


「この計画も失敗ではなかったのですね。」


別な白衣を着た痩せ型の男は笑いが隠せないようで水槽に映る自分の顔を見ながらニヤニヤと笑っている。


―完成…?計画?…何の話だろ…。


水槽の中の少年は暗闇の中聞こえてくる声に耳を傾けた。


「もう出してもいいでしょう?出し惜しみなどせず…」


痩せ型の男は我慢ができないらしく、焦れったそうに恰幅のいい男を見た。


「いや、とんでもない!今出せば彼は外気に触れ、溶けてしまうだろう」


恰幅のいい男は水槽から目を離し、叱るように痩せ型の男に言った。


「そうすれば我々どころかあなた達も損をしてしまいますからね。」


表面上はニコニコしていたが痩せ型の男の心中はハラワタが煮えくりかえり、舌打ちと相手の悪態をついていた。


「盗難防止ですよ。盗まれるとコトですから…。」


恰幅のいい男は皮肉な笑みを浮かべ、痩せ型の男を見た。痩せ型の男の方も皮肉な笑みを浮かべかえした。


―ここは…


少年はゆっくりと目を開きはじめる。視界は広がり、訳の分からない、やたら光をピコピコと点滅させる機械などが飛び込んで来た。どこかの研究施設らしいことが分る。


目の前で恰幅のいい白衣を着た男と痩せ型の白衣を着た男が何かを話し合っていた。


―僕は水槽の中にいる…

その少年には過去と記憶というものがなかった。何故なら、彼は0から造られたものであり、普通の人間ではなかったから…。

恰幅のいい白衣を着た男は痩せ型の白衣を着た男を連れて出ていった後、少年はゆっくりと落ち着いて色々と考えごとをしはじめた。


―僕の生まれはここであり、何かの実験体。名前は分からない…僕の命は先程のような人たちに握られていて、生命はこの装置で維持している。


少年は再び目を閉じた。 2人の男が遠ざかり自動ドアの機械モーター音が聞こえ、ドアが閉まると静かなモーター音しか聞こえなくなった。

 少年は研究室内の水槽の中で一日を過ごした。水槽の中にいるため、できることは考えごとをするか、研究室内を観察するしかない。

だが、最近することを新に見つけた。少年が目を覚ました時、あの時は何やら偉い人の訪問で研究所所長と訪問者以外は人払いをされ、いなくなっていたのだ。そして今、研究室の中は多くの研究者で賑わっていた。

中でも少年の心を惹いたものは少年のことを研究しているという研究主任だった。

研究主任は優しそうな30代のおじさんで、毎日少年に語りかける。最初に語りかけてきたのは少年が目を覚ました翌日だった。


「はじめまして、君のことを研究しているグループの主任のシンジだ。…眠っているのだろう…。まぁ、とにかくしばらくよろしくな。」


主任はいつもリストボードを片手に持ち、少年を見ては何か記入していた。

少年の名前は存在しなく、唯一あると言っても実験体名といったところだった。


「GH122295…、まだ目が覚めないかな?僕は君には早く外の世界を知ってもらいたくてワクワクしている。外は自然が少ないが少ないなりにまたいい自然ができているのだ。」


―外の世界?窓のないこの研究室。外はどんな風になっているのだろう?


いつしか少年は外へ憧れを持つようになっていた。


「今日も眠っているか…。君はいつ目を覚ますのだろうな?…聞いてくれ。今、君と同じ人造人間を造っている。順調なんだ。直に弟ができる。今度は妹でも造ってあげようか?ははは。」


―弟か…。楽しみかも


こうして少年は水槽から出られないものの、楽しみを見つけていた。聞いたことを期待を膨らませながら考えることで退屈な時間をつぶすことができるのだ。

主任は忙しそうに他の研究員に指示を出していた。

主任や他の研究員は時々いなくなるが研究室が空になることはないし、暗闇に包まれことは決してなかった。それだけ忙しく働いていた。それがある日、全ての電気が消灯した。水槽の青緑色の光が暗闇を照らしていた。よく分らない機械のランプが点灯や点滅していた。

今までは気付かなかったが、少し離れた場所に少年と同じ水槽に入った、“弟”という少年が眠っていた。

ふと気付くと主任がゆっくりと少年のいる水槽に近付いて来ていた。少年は目を開けていたが主任は気付いていないようだった。それだけ主任の様子はおかしかった。


「…GH122295。君の運命を聞いて欲しい。」


主任は静かに言った。希望や期待のこもったいつもの声は完璧に死んでいた。少年は耳に気をこめ、集中した。


「君は見たことがないかもしれないが、いつの日にかこの研究室に偉い人と所長が来たことがあるんだけどね…。」


少年は記憶を取り出した。あの目覚めた時にいた痩せた男と太った男のことだろう。


「その来訪者がある宗教団体の幹部なんだけど…君はその団体に買われたんだ。だから君は直に、そこへ行かなくてはいけないんだ。」


まったくもって理不尽な話だった。実験体として存在が生まれただけではなく、売り飛ばされたのだ。人間として生まれたわけではなく、人造人間として生まれたのだから仕方ないといえば仕方ないことだったが…。


「僕も君と別れるのはとてもとても辛い。…君は五月蠅いのと離れられ、嬉しいのかな?…とにかく近い内に君とはさよならなんだよ…。」


主任はしばらく黙ってぼんやりと少年を見つめていた。できれば少年は否定したかった。「主任と 過ごした日々は楽しかった」と。ただその主任との壁は厚く、少年を包みこむ液体とガラスが二人を邪魔していた。


「…おやすみ、GH122295。」


主任は少年に背を向け、研究室を出ていった。入口の自動ドアの閉まるモーター音はドアが閉まると同時に消え、研究室は謎な機械の低いモーター音以外聞こえなくなった。

しばらくして少年は目をつぶり、眠りにつこうとした頃、入口の自動ドアが開く音がした。


―主任かな?


少年は顔を上げ、訪問者…というより侵入者を見つめた。しかし、それは主任ではなかった。白衣を着たただの研究員だった。

研究員は“弟”の方に行き、機械を操作した。青緑色の液体の中に紫色の液体が注入され、薄紫色に染まったがそれは一瞬のことですぐに元の青緑色に戻った。

研究員はその作業を終えると研究室を出ていった。


―何をしてたんだろう?


少年の疑問は次の日、惨劇となって解決した。

朝、電気が点灯し、爽やかな顔をした研究員たちが入ってきた。どうやら今までは仮眠だったが、今回はちゃんとした睡眠ができたようだ。


「さぁ、仕上げを始めよう!」


主任ははりきり、指示を出した。

少年は生き生きと働く研究員たちを見て、微笑する。


「主任!GHS545345に異常が!体温が急上昇中です!」


「何が…。」


主任が呟いていると“弟”は目を開き、顔をあげた。包んでいる青緑色の液体は泡立ち、沸騰し始めた。


―何が起きているんだろう…。


「…121…134…157…主任!水温が限界です!」


青緑色の液体はボコボコと泡立ち、白く染めて“弟”まで隠していた。


「冷却をしてGHS545345を救出するぞ!」


研究員たちが慌ただしく動き、機械を操作し始める。研究室はいつもと違う騒然とした雰囲気に包まれた。

そんな中“弟”の水槽から音が聞こえた。もっとも沸騰している音は続いていたのだが、水槽自体が震動する衝撃音が…。


「何だ?」


研究員たちは一斉に水槽の方を見る。水槽は数回揺れると、2カ所からひびが入り、熱湯が噴水となって放出した。


「な…。」



バリーンッ。



水槽が割れ、液体と共に“弟”が出てきた。

“弟”は周りを警戒するように見回し、体を起こした。

研究員たちはみんな目を見開いていた。コンピューターを操作している男も“弟”とモニターを見比べ、震える声で言った。


「主任!制御できません!」


「取り押さえろ!彼を外に出しては駄目だ!」


主任の言葉で研究員たちが次々と“弟”へ襲いかかった。…だが、“弟”の両腕は突然刃へと変化し、研究員たちを突き刺した。

研究員たちは呆然とし、ある者は逃げまとい、ある者は攻撃を仕掛け、散っていった…。


―主任、逃げて下さい!


少年は水槽の中で叫んでいた。だが、遠く離れた主任には届かない声だった…。

少年のいる水槽の近くに研究員の男が慌てて逃げてきた。


「そんな…そんなつもりはなかったのに…。」


―そうだ。この男が昨夜…。


少年が恨みや憎悪を覚えた瞬間、男は“弟”に刺され、息絶えた。

そんな“弟”に主任は近付いた。


「さぁ、君がいるべき場所へ帰ろう。」


主任は“弟”に向かって手を差し出した。


―主任ッ!!


…その後、科学特捜部が防護服を身につけ、やってきたが“弟”は銃弾を全く気にせず科学特捜部に突っ込み、逃走した。

研究室の被害は大きく、閉鎖となり、少年は一人水槽の中で日々を過ごすことになった。今までのように主任は話しかけてくれない。研究員たちも愛想よく笑ってはくれない…。


―こんなことになるんだったら、目を開けて皆と話せばよかった…。


そんな後悔を少年はし続けた。

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