ねおきねむり。
身体が暑い。痛い。
身体の芯から手足の爪先まで、血液が沸騰しているかのように熱が疼く。その熱さの中心が身体に亀裂を入れるように走っている。
だけれど目の前は真っ暗なままで、熱さで痛覚がわからず、自分が寝転がっているのか立っているのか平衡感覚すらおかしくなって。まるで宇宙に投げ出されたようだった。
とにかく熱くて、わけもわからず手足をばたつかせた。
「———ッ!!」
そして振り上げた手は、僕に被っていた布団を弾き飛ばした。
「………あれ」
ベットの上であった。
「夢?」
今の状況からするに、先ほどの灼熱地獄は夢の出来事だったらしい。しかし、未だ身体を焼いた熱さと体の割れたような痛みの残滓が残っている。
汗で体に張りついてくる寝巻きと湿ったシーツがやけに鬱陶しかった。
これが、僕、浅川マサトの日常と共存する冒険譚の幕開けだった。
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過去一に気分の悪い寝起きで、ナイーブな気分になりつつも、スマートフォンで時間を確認。
残念ながら今日は学校に登校するべき日であり、そして時刻は自分がどう急いでも遅刻することを示していた。
表示された時刻に、寝起きの頭は必死に考え、そして導き出した答えは…諦めだった。
遅刻も遅すぎると急ぐ気がなくなるよね…。
遅くなろうとも、学校へは向かわなければならない。ので身支度を済ませて、玄関先で靴を引っ掛けてつま先を地面にコツコツと当てて履き直す。
「…いってきまーす」
うちの両親は共働きだ。だからわざわざこう言っても返事は帰ることはない。
これは上にいる愚妹に言っているのだ。あのニートめ。学生は学校に行くのがお仕事でしょうが。
ともかく、学校へいこう。
遅刻届けを書かなければならないが、原因は夢想してましたとでも書こう。小さくそう決めて、学校へ步を進めた。
職員室で届けを受け取り、先ほど決めたことをさらさら〜と書き提出する。なにか言われる前にさっさと教室へ向かった。
登校した時間は休み時間を狙ったので、特に言われることもなく席に着く。なぜ自分の席は最前列の教卓前なのだろう。
「よう。よく寝たか?」
「寝坊じゃねーよ」
自分の席に不満を抱いていると、一人話しかけてきた。僕の数少ない友人のひとり。そして同じく最前列仲間、さっぱりとした髪と焼けた肌の特徴的な井川ダイチだった。
「僕は寝坊したんじゃなくて、夢想してたの。なかなか苦しい夢だったよ」
「夢じゃねぇか」
そんな話はいいんだ。重要なことじゃない。
「次の時間割は?」
「次松さんでしょ〜」
松さんか〜。松さん…か。
つまり数学である。下手な教科より苦手だ。最高点が半分を超えない実力を舐めてもらっては困る。
「見た目は熱いけどな」
「お前楽しそうだな…僕は数学ってだけでグロッキーだよ…」
そんなことを話していると休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。と同時に教室の扉がピシャリと開く。
休みが終わった瞬間に教室へ入ってくる。今のところこの人が遅刻したところを見たことがない。
だからこそ少し苦手だ。
時間に厳しい人は、時間にルーズな人に厳しい。僕は遅刻常習犯な訳ではないが、遅刻したその日に授業とならば、嫌な気分にもなるだろう。
僕は数学が苦手と同時にこの人も苦手なんだ。
教卓に教科書などを置いて、出席を適当に取ると挨拶を省略して授業を始めた。
黒板に書かれた文字を三行ほど読み、理解できないことがわかると自分の意識は黒板から離れた。
ダイチの言っていたことにも一理あるかななんて考えて。
松さん、もとい松平ハナ。先生たちの中でも頭一つ低い身長。地毛なのか薄い茶髪。そして赤縁のメガネ。
そしてそんな要素をぶち壊す赤ジャージ。
なんでこの人年中ジャージなんだろう。
流石に式典とならば正装を着ていたが、この人は先生が先生の授業を評価する、授業評価のときでさえジャージを身につけていた。
年中ジャージなのは良しとしても、この人は曜日によってジャージの色が変わる。
笑わせに来てるのか? それも曜日によって色が決まっているので、曜日のわからないときは松さんを見つければ解決と、生徒たちの中では暗黙の了解となっている。
今日は赤だから火曜かな。
「おい」
「へぇあ!?」
意識が別のところに遊びに行っていたからか、不意打ちを食らったように体が跳ねる。
「浅川。どこを見ていた?」
「あ遊んでないです! いや、目がちゃんと覚めてなくて。すみません!」
頭を思い切り下げる。許してくださいなんでもしますから。
「いや、そういうことじゃなくて…」
なにか言っているが、ただでさえ点数の悪い数学でこれ以上評価を落とされたら留年を覚悟しなければならない。僕は必死だ。最低限卒業は目指しているのだから。
「…まあいいか。あとお前遅刻届け再提出な?」
まあ良くないんですけど?
/////
届けを二回ほど書き直す羽目になり、そのまま手伝いまで押し付けられて帰り道は一人になった。
家に着くなり、自室のベットへ体を投げる。朝のうちにベットは乾かすなりしておけばよかったが、自然乾燥により朝のべったりとした汗は見る影もなかった。汚いから洗濯やら干したりするべきなんだろうが…。
うん。面倒くさいし明日干そう。
朝の体調不良もわからないけれど、ウチ、浅川家の教えは悪いものは寝て治せだ。朝体力も使ったし、ちょうど眠気も襲ってきた。
あくびが喉奥から出てきて、目から少し涙が出る。なんだかよく寝れそうで、僕はゆっくりと目を閉じた。
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人は、どうしようもないことに遭遇したのなら、どうすれば良いのだらう。
数時間前は、ベットの上で目を閉じていたはずで。
こんな、人通りのある通りで寝ていたはずがなくて。
数時間前は、日本のよくある民家にいたはずで。
こんな、社会科の資料で見たイタリアの街のようなところには来たこともなくて。
往来する人々は、およそ見慣れない格好をしていて、対して自分を見ると同じような格好になっていて。
「異世界転生…ってやつ?」
目の前を、巨大なトカゲ風の生き物に引かれた馬車的な乗り物が横切っていった。