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最強忍者は異世界を無双する  作者: 春日部 語
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第一章 第1話

 月のない暗い夜、星空を切り取るように、なお暗い森の前に一つの影が立っていた。


 黒装束に身を包み、指先と、僅かに目の回りのみが覗いていおり、森の闇に同化して、その姿は朧気だった。

 影は幕府に使える公儀の隠密であった。

 密命を帯び、城へ潜入し、謀叛の確かな証拠を掴み、その任を終えたばかりだ。

 証拠の血判状は、予め決めておいた連絡用の木のウロに隠してきた。

 もちろん、ウロは仲間の手で巧みに隠されているので、傍目に気付く者はいない。


(さて、行くとするか)


影は森に進み始めた、関所破りのために。


 公儀の隠密である男は、手形を用意する事も可能であったし、変装が不得手である訳でなかったが、潜入を主とする男が堂々と関所を抜けるのは問題がある。

 何より、男は身長が1間(180cm)近くあり(正確には178cm程度)、当時の成人男子の平均身長が160cmに満たなかった事を考えると、かなり目立つ事になる。

 如何様に変装しようと、誤魔化しの効かない長身では、関所での悪目立ちは避けられない。

 必然、関所破りと言う選択になる。

 道もない森や山に分け入り、関所を大きく迂回する関所破りは通常ならば命懸けだ、通常なら成功率はかなり低い。

 だが、男は山を避けず直線距離を突っ切ることによる結果として関所を破る。

 獣道すらない森や山を直線的に突っ切るなど到底現実的ではないし、崖等に行き当たる可能性もかなり高い。

 絶望的な決死行である。

 ましてや今夜は月もない星灯りだけの夜だ、生い茂る木々にそれすら遮られた森は黒く塗り潰されたかのように暗い。


 男は頭巾を外し、顔を覆う布を顎までズラす。

 鉢金を巻いた頭は、短髪であった。


 この時代、短髪など本来は有り得ない。当時は髪型の自由さえない時代であったが、町を歩くことも、街道を歩くことさえない、人の目に触れない男には関係がなかった。

 邪魔にならぬように髪は短く刈り揃えられていた。


 先ほど使った鉤縄はここに来るまでの道中で凄まじい早業で胴当てもどきに編み上げられていた。

 その端、鉤のついた側は右手の袖にあった。

 右手首を器用に動かすと、次の瞬間、鉤は右手の中にあった。

 素早く取り出せる事を確認し、再び袖の中に戻した。念のための保険だ。


 準備が終わると、コッ、コッ、と舌を鳴らし始める。


 反響した音に集中する。


 里に伝わる、音を見る技術だ。

 男は立ち止まった状態であれば、人物の顔さえ判別できた。

 だが、動いている状況ではどうしても精度は落ちる。ましてやこれから男が行おうとしている状況では。


 「枝渡り」と言われるそれは、開祖が考案したと言われている、痕跡を残さず移動する事で追っ手をまく技術だ。

 木の枝のしなりを利用し、足で幹を蹴り、枝から枝に飛び移り、足跡を残さず森や山を移動するのだが、そうそう条件の良い状況が続かないため、通常は5間も移動出来れば良い方だ。


 だが、男のそれは違った。

 飛び移る度に枝に掴まる事などなかった。

 木々の間を高速で弾かれるように跳び交いながら、移動するのだ。

 それは、木々の間をジグザグに跳び交いながらでありながら、直線距離で時速20km程にもなる。

 そして、恐るべきは下り坂である。

 直線距離で時速40km近くに達し、その移動速度では僅かな判断ミスが死に直結する。足に掛かる負担も凄まじいものになる。

 何より、風切り音が大きく、その上、高速で移動しているため、音を見ることが困難になる。

 人間の目で見通すことが不可能な闇の中、それでも男は見えていると言い、それを裏付けるように的確に木々の間を縫っていく。

 時に崖を登る事になることも、谷を降りる事になることも、川を渡る事になることがあっても、一晩で30里(役120km)近くを移動する。

 この場合、特筆すべきは速度ではなく、危険な夜の闇の中、些細な読み違いが死に直結する移動手段を一晩行い続ける精神力、そして、木のしなりを利用しているとはいえ、木を蹴り続ける体力である。

 当然、男以外に出来る者はいない。

 里では男を真似て鍛錬する者も現れたが、ほとんどの者が枝ぶりを入念に確認した上で、蹴るべ木や枝を、その方向までも決めて挑んでも失敗した。

 希に少し跳べても、骨折を伴うような重傷を負った。唯一、10年に一人の逸材と言われた者がかなり近い枝渡りを行えたかに思われたが、次の瞬間には物言わぬ骸となり、そのため里は、枝渡りを禁じ技とした。


 そんな危険な技を繰る男の口角は上がり、大好きなおもちゃを目の前にした子供のように目を輝かせていた。


 森を進み始めて一刻程が過ぎたころ、異変は起きた。


 若木の幹を右足でしならせ蹴り、前方左上の太い枝に目掛けて飛びだした瞬間、強烈な光が目の前に広がった!


 コッ、と鳴らした音からは、先ほどの枝を確認出来ない。いや、感覚的には目の前に大きな穴が空いているように感じられた。


 空中に!? 何もない空間に、穴!?


 右手には鉤縄を、半ば反射的に握り締めていたが、間に合わない。


 先程穴と感じられた空間を通り抜ける。


 空気の膜のようなものに触れたような、形容し難い違和感が全身を包む。五感全てに違和感を感じるが、それを考えている暇はない。

 違和感を感じながらも、舌を鳴らし音で見た周囲の状況は一変していた。

 先程蹴り出した若木が見当たらない。次に蹴るはずだった枝も見当たらない。

 代わりの様に、目の前には太い枝が左から右へ、行く手を遮るように伸びている。

 飛び出すと同時に膝を引き付け、畳んでいた足を下方に蹴り出すようにして伸ばしていく。その反動を利用し、後方に身体を回転させ始める。身体を伸ばすことで、先程まで胸辺りにあった重心を強引に下へ伸ばしたへそ辺りへ移動し、へそを中心に回転する。更に駄目押しで足を振り、上体を逸らしたところで、鼻先を枝がかすめていく。

 同時に鉤縄を投げ、避けた枝に巻き付ける。

 前方上方へ直線的に向かう筈だった力は、男を枝を中心に上方に回転させていく。届く範囲の枝を、トントンと蹴り、避けた枝の上に身体を潜り込ませる。

 枝の上、息を整えながら慎重に辺りの様子を探る。まだ、目は眩んだまま、目を開けることは出来ないが、人の気配はない、空中の穴を通る前も後も。だが、、、

 視力の回復を待ちながら、違和感を整理する。

 先ず、空中の穴を通過したと思しき時に感じた空気の膜のようなものは、空気の違いによるものであるよう思われる。気温差がかなりあるのだ。先程までは指先が悴むほどだったのに、今は夏のように暑い。そして、目を閉じていても分かる、ここは昼だ。今にして思えば、最初に見た強烈な光は、日の光だったのだろう。瞼越しに感じる光は、夏の日射しそのものだった。

 そして、山の山頂と麓で感じる空気の密度(気圧)の違いが、空気の違いとなり、膜のように感じたのだろう。

 嗅いだことのない匂い、鳥の鳴き声や虫の羽音もも、聞いたことがないものだった。


 まだ夜明けまで、一刻程はあるはずだったが、太陽の光は、中天に近いように感じる。


(一体何がどうなった。何者かの仕掛けた罠か?それにしては、妙な事が多い。攻撃をされたようにも感じられない。身体に異常はないし(目は眩んでいるが)、この混乱に乗じて攻撃を仕掛けてくる気配もない。それに、腹の減り具合からみても、先程までと変わらない。気を失なわされて、運ばれたにしては説明かつかないし、何より跳んでいる最中に状況が変わっている。

そう、何より状況が変わり過ぎている。夜から昼へ、見知った九州の森から、日本中を巡った経験を持つ俺が知らない森らしき場所へと。

今が本当に昼ならば、半日近く時刻がズレていることになる。ある国が朝であるとき、他の国では夜であったり、あるいは夕方であったりと、地域によって時刻がズレることは知っている。

そして、時刻のズレが大きいほど、その距離は遠くなる。夜が昼になるほどの距離、一体どれほどの距離だか想像もつかない。

それを瞬間で移動させられたことになる。そんなことができる術があるのか?そんな術があるなら、誰も危険を冒し船で海を渡ったりしないと思うが、もしあったとして、何のために?邪魔者を排除するために、こんな回りくどい方法をとるだろうか?この術で、横方向ではなく縦方向、上空に移動させればその方が確実に排除できただろう、殺すことによって。)


 考えを巡らせるが、男には自らを狙って何かしらの術が使われたと考えるのは無理がある気がしてならない。どちらかと言えば、偶発的な事態。


(神隠し、か…?)


 昔から人が忽然と消える事件はよく起きていた。神や天狗の仕業として伝わっているが、男はもっと現実的なものだと考えていた。拐かしや迷子、事故などが神隠しの正体なのだと。

 だが、この状況を端から見れば、神隠しとして見えるかもしれない。


(竹取の翁は、この逆に遠い異国の幼子を拾ったとか…)


 考えが取り留めもなくなってきた頃、やっと目が回復してきた。


 耳をすます、舌を少し強く鳴らす。人の気配はない。


 割と大きな木の枝の上に居ることが分かったので、枝を掻き分けながらスルスルと登っていく。


 目の届く範囲は全て森だった。しかも起伏はほとんどない。山が見当たらない。

 色々な種の木が見えるが、よく似ているが、日本で見る種とは少し違っていた。

 今登っている木も、葉はケヤキに似ているが、樹皮の様子はずいぶんと違う。

 日はほぼ中天にあった。影は夏のように短い。


 どうやら本当に、遥かな異国へと飛ばされてしまったようだと、男はため息をついた。

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