第一章 1話:サタン・ハーデル・グラデル
晩餐会で使用する大広間。中央には細長い白いテーブルが置かれ、背もたれが高い真赤な椅子が均等に並べられている。広間の左右には首を反りながら見上げるほどの巨大な窓ガラスから真っ白の月明かりが差し込む。そして、その窓ガラスに1人の男が外観を見つめながら立っていた。
「大丈夫ですか?ハーデル様」
後方から野太い声で心配をしてきたその男は、魔王軍幹部の1人、クラヒルだ。黒の短髪で口元と顎には
無精髭がトレンドマーク。年齢は800歳を超えており、人間の歳で80歳といったところだろう。
体格が3メートルと大男の彼は、幹部の中でもかなりの強者だ。また俺の側近として幼少期から一緒に居続けたクラヒルは幹部の中でも唯一、心を許している存在でもある。
「あぁ…大丈夫だよ…」
震えている声が自分でもわかる。
魔王になってからまだ1年と経ってない状態で戦争が勃発した。前魔王の親父は補佐役として側にはいるものの、完全な指揮官は全て俺に任せられる。何千万という軍を率いて3界を相手に勝利するのはなかなかの至難だ。クラヒルはそんな俺のプレッシャーを感じとって来てくれたのだろう。
俺の横に静かに並び立つと、しばらくの沈黙の後、口を開いた。
「次期魔王を決めるとき、あなたを強く推薦したのは私です」
「ああ…親父から聞いたよ。別に恨んでるわけじゃないぞ?……いや…ちょっとは恨んでるかもな」
片目でチラッとクラヒルの表情を伺うが、視線は真っすぐのままだった。
「…父上、母上から授かったその力。必ずや発揮できると信じております」
「……任せろ!」
精一杯の苦笑いをして親指をグッド立てた。
たったの一瞬。クラヒルの頬が緩み、「では…失礼いたします」と言い残しその場を立ち去った。
きっと、他になにかを言いたかったのだろう…あまりにもぎこちない会話に違和感を感じたが…
「俺がしっかりしねーと」両手で頬に気合を入れた直後、耳元に紫色の小さな魔法陣が出現した。
「ハーデル聞こえるか?」
親父の声だ。
「親父。どうした?」
「めそめそしてるんじゃないだろうかと思って連絡したが、大丈夫そうだな!」
「うっせ!こなんなんでめそめそできるかっての!」
さすが親父…的ついてやがる…
「はっはっはっ!まぁいい!最後の顔合わせだ!集合だ!」
その言葉と共に魔法陣が消えた。
「なんであんな元気なんだよ」
ボソッと呟きながら振り返り、指で地面にむかって円を空中で描く。
その瞬間、人1人はいれるぐらいの緑色の魔法陣が出現し、
俺はゆっくりと魔法陣の中央に足を運んだ。
転移魔法陣だ。入ったとたん、景色はガラッと変わり、小さな部屋へと転移した。
目の前には親父とお袋が俺のことを迎えるように二人で並んで立っている。
「きたか!」
親父がニコニコしながら口をひらいた。
白髪のオールバックで黄金に輝く金色の瞳に、顔面には枝分かれ状にびっしりと傷跡が入っている。色黒で一言でいえばチャラい親父。ムキムキな筋肉を強調するかのようにピチピチな黒いTシャツをいつも身に纏っており、陽気で俺のことを毎回からかってくる。そんな親父の側にいるのが、子の俺でも自慢できるほどの美人な母親だ。汚れ一つない真っ白な雪のような肌に、薄いピンクの腰まであるサラサラのロングヘアー。腰のくびれがはっきりと目立つほどのスタイルを維持しており、額には二本の黒い角が生え、背中からは黒い大きな羽根が生えている。モデルのようなルックスながら、親父と同等の力をもち、魔界でも1、2位を争う実力者なのだ。
「ここは?」辺りを見回す限り、魔王城でもく、俺が知っている部屋ではない。俺ら3人しかいないようだが…
「ここは中央陣よ」
「中央陣…?ちょっ…ちょっと待ってよ!親父とお袋はこの戦争には関わらないはずだろ」
今回の戦争は俺が魔王即位後の出来事だ。両親を巻き込まないようにしてたのに…
「なんだなんだ?元魔王よりお前の方が強いってか?言ってくれちゃって!」
「そうじゃねぇって…ただ…」
「おえめーより、戦争経験も生きてきた時間も…そして強さも!比べ物にならないから安心しろ」
「ハーデル…母としてはあなたが心配なのよ…私たちのことを心配してくれる気持ちは嬉しいけど、それ以上にあなたのことを心配してるのよ?魔王だとしても私の子なんだから」
そういいながら、両手を伸ばしてきた。きっとハグだろう。
「そういうのいいって!」
「お?なんだお前?母さんのハグ恥ずかしがってんのか?」
嬉しそうに俺の方に腕を回してからかってくる。
「そんなんじゃねぇって!」
腕を振り払ったとたん、お袋の手が俺の手を引っ張りそのまま抱きしめられた。
力強く、けど居心地がいい腕の中は、俺の張りつめていた心をゆっくりと紐解いていく。
まるで時が止まったかのようにゆっくりと時間が過ぎていくなか、徐々に強く抱きしめられるようになっていった。
「お、お袋…?」
「絶対に死なないでね…お願いだから。生きてさえいればいいから」
なんだろう…その言葉は心配という一言ではまとめられない気がする。
親父も手を俺の頭に乗せ何も言わずにゆっくりとほほ笑む。
「クラヒルです。ハーデル様。そろそろご準備を」
部屋の外から声が響いた。
「ああ」
壁に突如として戸口が現れる。
「じゃあ、いくよ俺」
「うん…」か細いお袋の声と共に、緩んだ腕の中から離れ、お互い向かい合う。
「親父、お袋………なにかあれば言ってくれ。すぐ駆けつける。なにがあっても絶対」
「ええ」微笑むお袋をみて俺も自然と表情が緩んだ。
「ハーデル!」
ゆっくりと口を開いたお親父は、拳を前に突き出してきた。気合いをいれるのだろう。
拳同士を当て、お互いの白い歯が見えるぐらい目を細めた。
そして俺は、見守る二人を背に部屋を後にした.
外にでると、肌を直接刺されているかのようなピリピリとした空気と様変わりする。
中央陣キャンプ地。俺が入っていたさっきの部屋は仮設に立てられてもので、
魔法で作られた円形上の光が空中に一定の間隔を開けながら浮いている。
その光の下では物資を運んでいる骨だけになってしまった人や動物のアンデッドたち。
戦闘を主に行う、額から角が生えている魔人や、全身を炎で纏った蜘蛛や、オオカミの胴体にドラゴンの羽根が生えた魔獣たちがあちらこちらで、すでに出陣している軍の控えとして準備をしていた。
その光景に息を飲む。
「ハーデル様…こちらです」俺の隣でひざまずいているクラヒルが発した言葉と共に手で案内された方角には全身がメタルのような黒い鱗で覆われたとてつもなくデカいドラゴン。代々魔王直属に仕える
ブラックドラゴンと言われる種族だ。俺の両親が入っている仮設部屋がおもちゃのように小さく見えるぐらいデカい。1枚1枚の鱗が俺と同じサイズで商業施設をそのままドラゴンにしたような大きさだ。
ドラゴンの方に向かいながらクラヒルに最後の言葉を投げる。
「クラヒルも死ぬなよ」
「わかっております」
決して振り向くことなく俺はドラゴンの目の前できた。
俺と目が合ったドラゴンは大きな頭部をゆっくり下げてきた。
「お初にかかります。ハーデル様。」
力強い低い声で話しかけてきた。
「まさか、戦争で初めましてになるとはな。」あきれ笑いのような表情で俺は話を続けた。
「名前があるんだろう?」
「はい。私はバリスと言います」
「バリスか…いい名前だ…準備はできているな?」
「無論…勝利の準備もできております」
「フッ…」思わず笑みがこぼれる。
大きく深呼吸をし、瞬間移動でバリスの背中に移動する。
「いこうか」
その言葉と共に、大きな羽根を伸ばせる限り広げたバリスは立ち上がり、ゆっくりと飛び上がる。
地上では飛び上がった衝撃で砂埃が巻き上がり、その姿を見上げていた者たちはどんどんと小さく見えなくなっていく。
俺たちがいくのは前方陣。戦争にも掟があり、戦直前には各界の長が自軍の前で顔合わせをしなければならない。戦争にもそういう決まりが事項がいくつもあるのだ。
目的地に向かう途中に地上を見下ろすと、待機している自軍が勢いよく過ぎていく。
バリスの体格からは想像もでいない速度で飛んでいのだ。
しばらくすると、自軍の列が途切れている場所が目に入ってくる。前方陣だ。最前列の前には、
大軍で見えなかった地面がむき出しになっているが、大きな間隔を開けて、向き合うように、また大軍で地面が隠れている。3界の軍だ。
空中で見ると、一目瞭然。壮大な軍の人数だ。3界軍の上空には、バリスと同等であるだろう大きさの
全身が水の鱗で覆われている蛇のような神獣と言われる生物が数体待機をしている。
今回の戦争で魔界を全力で滅ぼそうとしているのがよくわかる。
小さかった自軍や敵軍がどんどんと近づき、ゆっくりと地上に近づく。各界の獣の唸り声が響く中、俺は地面に足をつける。
目先には3界の軍の前に20人ほど、横並びで俺を睨みつける者どもがいた。各界の幹部だろう。
そして、その列の前には1人の人物がどっしりと構えるように立っていた。
上下真っ白なスーツの上から、これまた白い大きなコートを肩からかけており、金髪のアシメントリーに厳つい顔をし、圧倒的な存在感がるこの男は、神界の長、ゼウス・ガブリエット・パールだ。
腕を組んでいたその男は口を開いた。
「黒と白で分かれた髪の毛に、真っ黒な破れかかったような布を着衣している男」
俺の外見の特徴をわざわざ口にだしながら言い続けた。
「お前が、サタン・ハーデル・グラデルか」