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幼年期、または、産まれる前の夢

「ねぇ、私達、絶対結婚しようね!子供も作って、お家も建てて――約束だよ!」

彼女、ランナはそう言って太陽を背にして笑った。

僕の目には、彼女が太陽よりも眩しく見えた。

そんな、八歳の僕らの、ある日。


いつものように広場で遊んでいた。

隠れんぼをしても、彼女がいつも僕を先に見つけてしまうから、僕が鬼になって彼女を探した。

その時、村の向こうから声がした。

「魔物が……、魔物が出たぁ!」

村中が大パニックになった。

王都にもほど近いこの村で、魔物なんて出たこともなかったから。


大人たちは我先にと逃げ回った。

僕はランナを急いで見つけて、一緒に逃げなきゃと焦っていた。

大人たちでごった返す中、焦っていた僕は、転んだ。

そして、誰か大人に背中を踏まれた。


人生で一番の痛みだった。

下半身が燃えるように熱くなり、そこで、僕の意識は途切れた。


目が覚めたら、家のベッドの上にいた。

母が近くに寄って話をしてくれる。

魔物の襲撃は誤報で、あの後すぐに騒ぎが収まったそうだ。


僕ははぐれたランナのことを尋ねようと、体を起こそうとした。

途端、激しい痛みで動けなくなった。

あまりの痛みに体をよじろうとしても、殆ど動かない。


僕の下半身は、全く動かなくなってしまった。


あの後医者が来て、治す手だてがないと診断されると、親と村長だかの偉い人たちが外で話し始めた。

僕は、ただベッドの上で待つだけだった。


僕は真夜中にひっそりと、どこかの森の奥の小屋に運ばれた。

ただ一つ嬉しいのは、ランナがあの事件の時、なんの被害も受けなかったことだ。

納屋の屋根の上に隠れていた彼女は、大人たちの喧騒にも巻き込まれず、そこで震えていたらしい。

ランナは、いつ会いに来てくれるのだろうか?


一年が経った。半月に一度、母親が保存の効く食糧を持ってきて、僕の手の届く範囲に置いてくれる。

僕もすっかり慣れてきて、ほふくではあるが小屋の中も動けるようになった。外は危ないから、出てはいけないと母親にも言われている。

三年が経った。11歳になった。半成人の年は過ぎ、僕らは正式に婚約出来るようになった。

この三年間、ランナは一度もこの小屋に来てはいない。

母親以外の人間と会うことも無く、ただ日々、痩せ細りながらも命を繋いでいる。

僕のこの命に意味はあるのか、そんなことを時おり考えている。



最悪の気分だ。母親が食糧を持ってきてくれた時、軽く世間話をした。

ランナはどうなっているのか、聞きたかった。

「ランナさん?あの、ランドルフさんとこの?」

母親の口から聞き覚えのない人が出てきたから、誰かと尋ねた。

「ランドルフさん?ああ、ランドルフさんはランナさんと結婚した人よ。こないだ式もしててねぇ、綺麗だったわよぉ」


頭が、とんかちで殴られたかのような衝撃だった。

それから二年、食べ物もあまり食べれなくなって、いよいよ全身が骨と皮だけになって、それでも辛うじて、僕は生きていた。


ある時、半月が過ぎても母親が来なかった。

一月、食糧は持ったが、それでも来なかった。

僕は外に出ようと、這いずって扉まで向かった。


……開かなかった。扉は、外から施錠されていた。

窓もどうやっても出られない高さに、小さくあるだけだった。


その時、僕はローテーブルの上に一本のナイフがある事に気がついた。

前まではなかったものだ。母が、置いていったであろうものだ。


僕は、全てを察して、そのナイフを掴んだ。

ナイフを首筋に当てる。ひんやりとした金属の感触が伝わる。

少し手が震えて、首筋に小さな傷がつく。

その鋭い痛みにナイフを落とし、うずくまる。

うずくまったまま、声を殺して泣いた。

全てを呪った。母も、父も、ランナも、自分自身も、世界全てに呪いの声を上げた。


だからといって何も変わらない。僕は這ってしか動けない。

何もかもが許せない。全てを消し去ってしまいたい。

破滅願望、破壊衝動、怨嗟、全てを世界に、そして、それらごと全て、消し去って終わらせたい。

もう一度、首筋にナイフを当てた。今度は手も震えなかった。


吹き出る血と、薄れゆく意識の中、最後にもう一度、全てを呪った。

そして、僕は死んだ。




暖かい温もりの中だった。ゆっくりと体をよじりながら、僕は目を覚ました。

目を少し開けると、眩しい光が刺さってきて、強く目をつぶり泣き出してしまった。

何かが変だ、何かが……。

声がする。誰か、優しい女の人の声だ。

今度はゆっくりと目を開ける。光に目を慣らすように。

瞼を開くと、そこにはあの日のランナのような、眩しい笑顔をした女性がそこにいた。

「どれどれ……私の可愛いあーかちゃん、泣き止んで……ね、そう、そう」

撫でてくる、優しい手があった。

見れば見るほど、ランナと瓜二つのような、綺麗さがあった。


最後に見る夢がこれなら悪くないかと思って、僕は目を閉じた。




いいニュースと悪いニュースがある。いいニュースは、これは夢じゃないってことだ。

悪いニュースは、これが夢じゃないってことだ。


僕は嫌でも聞こえる、初恋の人と、自分以外の男の情事の声を聞いて、布団を涙で濡らしていた。

カクヨムで完結したので、なろうにも上げることにしました。完結まで毎日投稿します

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