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94. 突入前夜

 その日以来、オリバーとマリーは毎日早朝に早駆けをした後、訓練場に向かった。男爵邸への突入経路を想定した訓練と、オリバーとマリーの潜入捜査の演習に時間を費やした。


 その合間に時々シェリー男爵邸の賭博会場に顔を出し、残った時間は二人での護身術の訓練に当てたのだった。


 突入作戦の前日、マリーは準備があることを口実に、オリバーだけを訓練場に向かわせた。


 マリーは屋敷に残ると自分の客室で、準備を進めていた。すると扉がノックされ、ジェームスが声をかけた。


「マリー様。旦那様の面会の準備が整いました。どうぞ、応接室までお越しくださいませ」


「ありがとう。今行くわ」


 マリーはそう言うと部屋を出た。オリバーはマリーに惜しみなくドレスや宝飾品を贈り、マリーはその日もオリバーから送られたドレスと宝石で着飾ざられていた。


 オリバーには伝えていなかったが、マリーは兼ねてからハミルトン公爵への面会を依頼していた。公爵が遠征に出ていたことで調整に手間取っていたがようやく実現したのだった。


 マリーはジェームスにエスコートされて、応接室に通された。ジェームスが応接室の扉をノックし、ゆっくりと扉を開けると、ソファに腰をかけたハミルトン公爵がいた。


 ハミルトン公爵はマリーを見ると、驚きながらソファから立ち上がった。


「ご挨拶が遅れ、申し訳ございません。アルメリア国より参りました、アイデール公爵の三女、マリー・アイデールがハミルトン・アレックス公爵閣下にご挨拶申し上げます。この度はお目通しの機会をいただき感謝申し上げます。


 皇帝陛下、皇太子殿下並びにアルメリア国第四王女のアリエル殿下の命を受け、闇宝石商を追うための特殊任務の陣頭指揮を取っております。ご子息であられるオリバー少将閣下にも本任務において甚大なご協力を賜っております。


 ハミルトン公爵閣下には本任務のため、公爵邸への滞在のご快諾及び多大なるご協力に感謝申し上げます」


 マリーはそう言うと、深く膝を折って頭を下げた。


「ハミルトン家の当主、ハミルトン・アレックスです。硬い挨拶はそのくらいにして、どうぞおかけください」


 マリーはハミルトン公爵と向かい合ってソファに腰を下ろした。


「大体のことは陛下とルイ殿下から伺っております。ルイ殿下やアリエル殿下から、あなたが非常に有能な方だ言うことは聞き及んでおります」


「お褒めに預かり光栄でございます。公爵閣下もご存じの通り、本任務には危険が伴います。オリバー少将閣下をはじめ、ハミルトン家が有する大事な部隊を私がお預かりすることをどうかお許しくださいませ。


 ご子息は近い将来、皇太子殿下の右腕となり要職に就かれる重要なお方です。私の命に変えても、必ずお守りすることをお誓いいたします」


 マリーは強い眼差しでハミルトン公爵を見た。


「本件が重要な任務であることは私も理解しております。それに、オリバーは自分の判断で任を受けたのです。騎士である以上、自分の命は自分の責任です。あなたは任務の完遂だけをお考えください」


 ハミルトン侯爵もマリーの目を見た。


「ありがとうございます」


 マリーがそう言うと、ハミルトン公爵は表情を緩めた。


「いやあ、それにしてもマリー嬢がまさかこれほどまでにお美しい方だったとは。アリエル殿下もこの世の者とは思えないほど美しい方だと思いましたが、それにも勝るほどの美貌だ。息子があなたに惚れ込んでいるのも頷ける。息子の嫁に欲しいくらいですな」


「まあ、お戯を。オリバー閣下は、帝国中のご令嬢が妻の座を望まれるお方です。その中でわざわざ私を選ぶ理由がございませんわ」


「ははは。そうですか、どうやら息子の片思いのようでな。しかし惜しい、実に惜しい。気が変わったらいつでも言いなさい」


 そう言ってハミルトン公爵は笑った。



 *


 日が落ちた頃、オリバーは屋敷に戻ってきた。二人はいつも通りに食事を取った。いつもなら護身術の稽古に当てる時間だったが、今夜は作戦の確認をする時間に充てていた。


 二人はオリバーの部屋でソファに隣り合って座っていた。


「恋人として過ごす夜は、今日が最後ですね」


 オリバーは穏やかに言った。


「ようやくここまで来ました。全ては、きっと上手く行くはずです」


「私もそうなるよう、尽力するつもりです」


「オリバーのお力添えのおかげで、計画が想定したよりもずっと順調に進みました。ありがとうございます」


 マリーはそう言うと微笑んだ。


 オリバーは、マリーの前に跪き、マリーの手の甲にキスをした。


「それでは、私の願いを一つ叶えてくれませんか?」


「ええ。私にできることであれば」


 マリーはそう言うと、オリバーの手に自分の手を添えた。


「あなたを抱きしめても?」


 オリバーは照れた顔をしてマリーを見つめた。


 マリーは、帝国中の女性の視線を一身に受け、誰でも選べる立場にいるのに、自分を前に少年のように照れているオリバーが可愛く見えた。


 マリーはにっこりと笑うと黙って頷いた。


 オリバーはマリーをぎゅっと胸に抱きしめた。


「マリー。どうか、あなたに神のご加護があらんことを」


「オリバーにも、神のご加護があらんことを。あなたのことは、必ず私が守ります」


 そう言うとマリーも抱きしめた腕に力を込めた。


 オリバーは本当に言いたい言葉は別にあった。でも、今ここでその言葉を口に出したところで、マリーを困らせるだけだと言うことはわかっていた。だから、その気持ちはそっと心の奥にしまい込んだ。


 それでもこれくらいなら許されるだろうと思い、オリバーはマリーの額にそっとキスをした。オリバーが唇を離すと、再びマリーと目が合った。二人は全てが上手く行くことを願い笑い合った。


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