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87. 貴公子の恋人

 翌日、ハミルトン公爵家は沸き立っていた。帝国一の麗しい公爵子息であり、絶世の美男子のオリバーが、恋人を部屋に連れ込んで一晩を過ごしたということが、屋敷中で話題になっていたからだ。


 オリバーが目を覚まして上半身を起こすと、ドレスに身を包んだマリーがソファに座ってお茶を飲んでいた。


「おはようございます、オリバー。もうすぐ帝都の屋敷から馬車が来ます。私の使用人と荷物をこちらの屋敷に入れることを許可していただけますか?」


「おはようございます、マリー。承知しました。あなたの客室を用意しますので、そちらに来てもらうように指示しておきます。これから屋敷の者には、あなたと私が恋仲になり、しばらくの間この屋敷で過ごしてもらうことにしたと説明するつもりです。丁重にもてなすように伝えておきますので、安心してお過ごしください」


「よろしくお願いします」


 オリバーはベッドを出ると、マリーの隣に座った。


「客室の準備ができたら一度湯に浸かり、着替えをされた方がよろしいでしょう」


 オリバーはマリーを気遣うように言った。


「ありがとうございます。助かります」


「一ヶ月間こちらで過ごすにあたり、足らないものがあればすぐに手配しますので、遠慮なくおっしゃってください。客室に案内させますので、何かあればその者に声をかけてください。朝食は私の部屋で一緒に摂りましょう」


「お気遣いありがとうございます。私たち、昨日よりも仲良くなれそうですね」


 マリーはそう言うと微笑んだ。マリーの柔和な笑顔からは、昨日の一分の隙もない姿は想像もつかなかった。マリーはオリバーが想像しているよりも、はるかに強かった。




 オリバーは夜着のまま部屋を出ると、自分の執務室に入り、執事であるジェームスを呼んだ。


「お呼びでございますか、オリバー様」


「ああ。私の着替えの準備を頼む」


「承知いたしました。先ほど、ご宿泊された女性のお付きの方が馬車でこちらに到着しましたが、お通ししてもよろしいのでしょうか?」


「彼女はマリーだ。しばらくの間、彼女にはこの屋敷に滞在してもらうつもりだ。一番大きな客室を準備してくれ。マリーの使用人と荷物もそちらの部屋に入れてくれ。とても大切なお方だ、くれぐれも丁重に扱うよう皆に周知を頼む」


「承知いたしました」


 ジェームスは顔を綻ばせて頷いた。


「彼女が望むようなら、何人か使用人も付けてくれ。それからマリーに必要なものがあれば、すぐに手配を頼む。ひとまず、早急に仕立屋と身の回り一式を整えるための商人を呼んでもらえるか?」


「承知いたしました。旦那様にはいかがお伝えしましょうか?」


 ジェームスは心配そうに尋ねた。


「……父上のことは気にしなくて良い。私から話そう」


「さようでございますか。昨日の夜から、オリバー様の恋人が来られたことで屋敷が沸き立っております。恋人を連れて来られることなど、これまでなかったものですから」


「……全く面倒なことになっているな。とにかく、私にとって非常に大切な女性だ。面倒なことを起こさないよう、しっかり監視するように。彼女を客室に案内してくれ。彼女の支度が終わったら、私の部屋で一緒に朝食を摂るので、準備を頼む」


 オリバーは下世話な話に、苦笑しながら言った。


「はい。承知しました」


 ジェームスは満面の笑みで答えると、そのまま颯爽と執務室を出ていった。



  その日からオリバーとマリーはオリバーの居室にこもり、ひたすら護身術の稽古に没頭することになった。


 二人は湯浴みと身支度を整える時間以外は、食事をする時も、眠る時も常にオリバーの部屋で過ごした。


 そして、屋敷に来て三日が過ぎた時、オリバーはようやく向かい合って対峙していたマリーに触れることができたのだった。


 その日も二人はオリバーの部屋で向き合ったまま立っていた。


 夜も更けかけ、かれこれ四時間以上立ち尽くしていた時だった。微細な物音に反応したマリーは、一瞬そちらに気を取られた。


 オリバーはその瞬間を見逃さず、隙を突いてマリーの間合に入り、ようやく肩に触れることができたのだった。


「お見事でした、オリバー」


 マリーが肩に触れた手を見てにっこりと笑って言うと、オリバーも少年のような嬉しそうな顔を見せた。


「第一段階はこれで、合格したことにしましょう。今日のところはここまでにして、休息を取った方が良さそうですね」


 マリーは全身にびっしょりと汗をかいたオリバーを見ていった。オリバーは黙って頷くのが精一杯なくらい、ひどく消耗していた。


 マリーは客室で湯浴みを終えて夜着に着替えると、再びオリバーの部屋を訪った。オリバーは寝支度を終えて、すでにベッドに横たわっていた。


「疲れましたか?」


 マリーはオリバーの隣に寝転ぶと、優しい声をかけた。


「ええ。正直なところ、私はあなたの前では手も足も出ないのが現状です」


 オリバーは素直に白状した。


「剣術と護身術では、体と思考と精神の使い方が全く異なるからだと思います。オリバーはまだ慣れていないだけです。とても優秀で才能のある方です」


 マリーはオリバーの方を向いて笑った。


「あなたの本音が見えなくとも、褒められて嬉しくなる自分がいます。こうやって私はあなたに懐柔されていくのでしょうね」


 オリバーはマリーの方に向き直って苦笑いした。マリーはそれ以上何も言わなかった。



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