84. 新たな作戦
翌日、マリーは離宮にいたアリエルの執務室に呼ばれた。
執務室の机に腰をかけるアリエルと向かい合ってマリーは立っていた。
「マリー、久しぶりね。あなたに折り入ってお願いしたいことがあって今日はあなたを呼んだの」
マリーはアリエルの言葉に黙って頷いた。
「そろそろ、そちらも動きがありそうな頃じゃないかしら? おそらくこれから闇宝石商に接触する時には人手が足らなくなるはずだわ。陛下からオリバーとオリバーの一隊をそちらに投入する許可を得たのだけど、あなた達の助力になりそうかしら?」
「ありがとうございます」
「よかったわ。今回の陣頭指揮をとっているのは、エル? それともマリー?」
「今回は、私の指揮で動いております。私が主に現場を担当し、エルにはそれに付随する調査や文書の解析をしております」
マリーは静かに言った。
「簡単に今の状況を説明してもらえる?」
「はい。帝都にあるシェリー男爵の屋敷が賭博のサロンとなっていて、そこに紛れる形で闇宝石商のアジトがあります。おそらく、屋敷の地下室と、下水道の通路を結んでいるのだと思われます。私もエルと雇っている男爵の男と共に何度か賭博サロンに潜入しております」
「その屋敷に闇宝石商が集まる日を狙って突入する算段ね」
「そのつもりです。何度か潜入し、大まかな計画は固まりつつあります。オリバー様にお力添えをいただけると心強いです」
「こちらで用意するものはあるかしら? 金に糸目はつけないわよ。必要なものがあれば、遠慮なく言って頂戴」
「ありがとうございます。潜入捜査のためのドレスと宝飾品、賭博用の金貨を用意したいのですが、よろしいでしょうか?」
「手配しておくわ。では、オリバーとその部隊をマリーの下につけることにするわね。ただ、オリバーはお坊ちゃんだから、最初はあなたの指揮下に入ることに抵抗があるかもしれないわ。あなたにとっては扱いづらい相手にならなければ良いのだけれど……」
「そうですか。今のところ、オリバー様の部下の方は皆、我々の指示に従ってくださっております」
「そう。それなら、よかったわ。とりあえずもうすぐオリバーが来るから、今後のことを話し合いましょう。ここからは危険を伴う任務でもあるわ。あなた達の命を守るためにも、手段は選ばないから、あなたの手足となって動くよう、オリバーを上手く手なづけてちょうだい。ただ、殿下の腹心でもあるから、オリバーの命は最優先に確保してちょうだい」
アリエルがそういうと、マリーは静かに頷いた。
「マリー、私はいつもあなたに無理ばかり押し付けているわ……」
アリエルは申し訳なさそうに言った。
「アリエル様、私はアリエル様にお仕えできることができて幸せに思っております」
マリーは、儚い笑顔を向けてそう言った。その時だった。執務室の扉を叩く音が聞こえた。
アリエルがマリーに合図を送ると、マリーは黙って執務室の扉を開けた。
マリーがドアを開けると、オリバーは一礼して部屋に入った。
「待っていたわよ、オリバー」
アリエルは笑顔で言った。
「ご用命に馳せ参じました」オリバーはそう言って、深く頭を下げた。
騎士服に身を包んだオリバーは、相変わらずさらりとした金髪に青い目をした美男子だった。
「オリバー。堅苦しいことは良いわ、とりあえずかけてちょうだい」
そう言って、アリエルはオリバーをソファに座るように促した。
「マリー、あなたも座って」
アリエルはそう言うと、マリーをオリバーの隣に座らせた。
「改めて紹介するわ。私の部下のマリーよ。今回の宝石密輸の件で、陣頭指揮を取っているわ。マリーがいなければこの件はここまで顕在化しなかったと言っても過言ではないわ。とても有能な私の大切な部下よ」
アリエルはそこまで言うとオリバーの目を見つめた。
「陛下もおっしゃっていた通り、これから宝石の密輸を摘発するために、オリバーにも力を貸してもらいたいの」
「はい。もちろんです」オリバーは屈託なく答えた。
「そう。そう言ってもらえると、とてもありがたいわ。今回の総指揮を取るのはマリーよ。あなたにはマリーの下で、一隊を率いてもらうことになるのだけど、良いかしら?」
マリーは鋭い目つきでオリバーを凝視していた。
「承知いたしました」
オリバーは何の表情も浮かべずに答えた。
「では、ここからの指揮はマリーに任せるわ。オリバーもしばらくの間はこの任務に注力してちょうだい。殿下の補佐業務については、できる限り私が補佐するわ」
「御意」
二人は声を合わせて答えた。
「では、マリー。ざっくりで良いから、これからの計画を教えてもらえるかしら?」
「はい。帝都にあるシェリー男爵の屋敷が、賭博場になっているのですが、その地下室が闇宝石商のサロンとしても使われています。毎月、第二金曜日の夜に宝石商たちが集まり、宝石と情報を交わしていること掴んでいます。私も何度か賭博場に足を運び、ある程度は顔を見知る間柄になっております。
次に闇宝石商の集まりが行われるのは、一ヶ月後の第二金曜日です。その時に屋敷の中からと、下水道の地下道の両方から一気に捕らえるつもりです。屋敷には常に合わせて50人ほどの兵が見張っているので、できるだけ気づかれにくい形で潜入した方が良いかと考えております。計画では、私が貴族子女に扮して、屋敷の中に入り、地下通路への道筋を確保して、地下から一気にこちらの兵を突入させます」
「わかったわ。今回オリバーもいるから、屋敷への潜入はオリバーにも加わってもらえそうね」
「はい。私もそう考えておりました」
「あと一ヶ月で準備ができるかしら?」
「……尽力いたします」
とマリーは答えた。
「そういえばオリバー。あなた、護身術の心得はある?」
アリエルは脈略なく尋ねた。
「多少の心得はありますが、剣術ほどではないかと」
「ということよ、マリー。よろしく頼むわね」
アリエルはそう言うと、マリーの方を見た。マリーは何の表情もなく頷いた。
「アリエル様。一つだけお願いがございます。時間があまりありません。ここから一ヶ月で、オリバー閣下と私の表向きな関係性を築き上げ、尚且つオリバー閣下にある程度護身術も覚えていただくとなると、なるべく共に時間を過ごす必要がございます。
ただ、それには今我々が使用している帝都の屋敷にご滞在いただくのは、あまり得策とは言えないかと」
マリーの言葉通り、帝都の屋敷にはすでにルイが出入りしていたことを知っている者もいるため、オリバーが滞在するのはかえって怪しまれる恐れがあった。
「そうよね……じゃあ、オリバーのお宅にお邪魔するのはどうかしら?」
アリエルは思いついたように言った。
「な、私の自宅ですか?」
オリバーは上擦った声で答えた。
「ちょっと一ヶ月ほどマリーと使用人を一人お邪魔させていただけるかしら? あなたの恋人ってことにしておきましょう」
「ちょっと待ってください! 私はこれまでに未婚の女性を自宅に連れ込んだことなどありませんが」
オリバーは慌てた。
「じゃあ、初めての経験になるわね。別に本当の恋人になれって言ってるわけではないし、任務のためよ。お父様であるハミルトン公爵には、殿下と私で連盟の通達を出しておくわ。良いわね、オリバー?」
「……承知いたしました」
オリバーは力無く言った。
「明日の夜、オペラ座の初日を記念して招待状がなくても参加できる仮面舞踏会が開かれます。オリバー閣下と私は、そこで知り合うことにいたします。そのまま私をオリバー閣下の屋敷に連れ帰っていただくという算段にしたいのですが」
マリーは何でもないことのように言った。
「ふふふ。では、オリバーには、マリーに一目惚れして恋に溺れる男になってもらう必要があるわね」
アリエルはニヤリと笑った。
「そんな色恋沙汰の心配までしていただく必要はないかと。任務はきちんとこなしますので」
オリバーはうんざりしたように答えた。
「あら? でも、私が知る限り、マリーはアルメリアの中でも最も美しく魅力的な女性よ。マリーの手にかかれば落ちない男はいないわよ」
アリエルはそう言うとマリーの方を向いて笑った。
オリバーは隣に座っているマリーの顔を改めて見た。マリーの顔立ちは確かに整ってはいるものの、はっきりとした印象はなく、赤ら顔にはそばかすとシミが目立ってお世辞にもそれほど美しいと思えなかった。
「そう言うことだから、マリー、オリバーよろしく頼むわね。オリバー、不満はあるかもしれないけれど、マリーはとても有能よ。きっとオリバーもマリーから学べることが多くあるわ」
オリバーは、また色恋沙汰が絡むのかと思うと、晴れやかな気持ちにはなれなかったが、任務ということで胎を括る他なかった。




