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80. 海岸

 ルイとアリエルはその足でルノー公爵家の屋敷に戻った。

 アリエルは騎士服を脱ぎ、公爵夫人が用意していた前皇后のドレスに着替え、ルノー公爵夫人をサロンに呼んだ。


 ルイとアリエルがサロンで待っていると、公爵夫人は嬉しそうにやってきて、二人の対面に腰を下ろした。


 アリエルを一目見ると、

「そのドレスもとても良く似合っているわ」

 と屈託のない笑顔で言った。


「ありがとうございます、おばあさま」

 アリエルもつられて笑った。


「嬉しいわ。二人がお茶に誘ってくれるなんて……」

 公爵夫人はそこまで言うと、ルイとアリエルの様子がいつもと違うことに気がつき、口をつぐんだ。


「祖母君。ムハンマドという宝石商をご存知だろうか?」


「……ええ、知っているわ。彼は娘が嫁ぐ前から、時々帝都の屋敷に来ていた宝石商よ……」

 公爵夫人は少し強張った顔で答えた。


「今、彼がこのモンテッサの街にいることをご存知でしたか?」

 ルイは強い眼で公爵夫人に迫った。


「……ええ、私が彼らの世話をしたのですもの……何か問題があったのかしら?」

 公爵夫人は不安そうに答えた。


「おばあさまは、ムハンマドについて、前皇后陛下からどのようにお聞きになっておられました?」

 アリエルは優しく訊いた。


「ムハンマドは行商の宝石商で、国内外を渡り歩いて珍しい石を持ってきてくれると、娘が良く言っていたわ。二人は妙に馬が合っていたみたいなの。城に嫁いだ後も、時々娘から手紙の取次を頼まれたりしていたわ。


 娘が亡くなる前、ムハンマドが引退する時はモンテッサで世話をしてやってくれって頼まれていたの。でも、彼らは私たちが屋敷を用意するって言ってもちっとも聞き入れてはくれなかったわ。街外れの土地を貸してくれとだけ言われたから、その土地を譲るくらいしかできなかったの。そうしたら、彼らは粗末な小屋のような家をこしらえて、ひっそりと住み始めたのよ」


 公爵夫人は少し困惑気味に言った。


「娘からも、生活に困ることがないように見てほしいと言われていたのだけど、少し変わっている方でね。この街の人間とも距離を取っているし、もちろん私たちが近寄ることも敬遠されてしまっている状態なの。自分達の存在を、誰にも口外しないようにって、何度も念を押されているのよ」


 公爵夫人は悲しそうに話した。


「そうか……祖母君、これからもムハンマドのことを気にかけていてくれますか? おそらく、ムハンマドは長くは生きられないでしょう。ムハンマドの亡き後も、ムハンマドの奥方のことを時々で良いので見に行ってやってください」

 ルイは優しい声で言った。


「……ええ。約束するわ。あなた方の様子から察するに、やはりムハンマドはただの宝石商ではなかったのね……」


「……今はまだ何も言えませんが、時が来たらいずれお話しできると思います」

 とアリエルは言った。


「私たちにとって娘は、夢みがちな子にしか見えなかったの。でも、今思えばきっとあの子は、私たちには見えないところまで見えていて、その上であのように振る舞っていたのかもしれないって気がするわ。きっと私が思うよりも、ずっと聡い子だったのかもしれないわね」


「ええ、私もそう思います」

 とルイは嬉しそうに言った。


「さて、二人は今日、これから休養の時間が取れるのかしら?」

 公爵夫人は努めて明るい声を出した。


「ええ。明日の朝までは、アリエルのために休養を取りたいと思っています」

 ルイが言った。


「じゃあ、せっかくだから娘が好きだった海を見て来たらいかが? 良い気分転換になるわよ。この屋敷の裏庭からビーチまで繋がっているから、散策にもちょうどいいわよ」


「素敵だわ。行ってみてもいいかしら、殿下?」

 アリエルは無邪気な声を出した。


 その声で、ようやくその場に張り詰めていた緊張が解けたのだった。



 *


 日が暮れる前、ルイとアリエルは二人だけで屋敷の裏庭を抜けて、こっそりとビーチに散策に出かけた。


 浜辺まで歩くと、青く美しい海が見えた。


「ルイ殿下、美しい景色ですね」


 アリエルは笑った。


 ルイはアリエルの腕を掴み、自分の元へ引き寄せて抱きしめた。


「リー、あなたのおかげだ。今回、ここまで来られたのも、今まで知らなかった母上のことをしることができたのも。あなたのおかげだ。改めて礼を言う」


 ルイはそう言うとアリエルを強く抱きしめた。


「私こそ、こんなに素敵な場所に殿下と一緒に来くることができてとても嬉しいのです。ご多忙なのに、無理して旅程を組んでくださったお礼を言いたいのは私の方だわ」


 アリエルはそう言って、ルイの背中に回した手に力を込めた。


「そうか。では謝礼をもらいたいものだな」


 と言うと、ルイはニヤリと笑った。


「私にできることであれば、お申し付けくださいませ」 


「では。今後、私的な場では私のことは愛称で呼んでもらおう」


「まあ、そんなことでよろしいのですか?」


 アリエルは拍子抜けしたような声を出した。


「ああ、そんなことが嬉しいのだ」


 ルイはそう言って無邪気な笑顔を見せた。


 その様子を見たアリエルは、居住まいを正してルイの方に向き直って言った。


「……ルイ様、いえ、ルイ。あなたをずっとお慕いしております。ルイに嫁ぐことができて、私はとても幸せ者だわ」


「……リー。私もあなたを愛している。あなたを私より先に死なせたりはしないよう尽力しよう」


 ルイはそう言うと、アリエルの手を取り甲に口づけをした。


「長生きして、きっと私を看取ってくださいね」


 ルイはそのままアリエルの手を繋ぐと、長く続くビーチをのんびりと歩いた。


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