8. 皇太子と病床の第四王女の出会い
この度はお読みいただきましてありがとうございます。8話は前半と後半に分かれています。
アリエルを乗せた馬車が離宮に戻ったのは、晩餐が始まる二時間前のことだった。
「エミリー、間に合うかしら?」
「急ぎましょう」
エミリーはそう言うと、侍女を二人ほど呼び、カツラの準備に取り掛かっていた。
アリエルは、公には病に伏せっていることになっているため、いつも公の場に出る時にはそれらしい格好をする必要がある。その姿になるにはそれ相応に時間がかかった。
長い金色の髪を結い、その上に灰色のかつらをかぶせる。それだけでもかなりの時間を要する。
そこから顔色を青白く仕上げ、不自然にならない程度に隈をつけ、ドレスはひとまわり大きめの体のラインが隠れるものを選び、病弱さを引き立たせるところまで終わると、すでに晩餐会が始まる時刻となっていた。
完璧に出来上がった病弱な王女の姿を見たアリエルは
「いつにもまして、完璧な仕上がりになっているわね」
と呟いた。
「あまり褒められたことではありませんが」とエミリーは苦笑している。
「とにかくお急ぎください。ここから本宮まで馬車で20分はかかるのですよ」
「……遅刻ね」
「はい」
アリエルは、エミリーと二人の侍女と共に馬車に飛び乗った。
アリエルが城の会場に着いた時、案の定晩餐は始まっていた。
「今から行くの、やめようかしら」
とふと口に出した。
すると、
「なりません。陛下がお待ちです。ご参列ください。そちらの奥の扉からお入りください」と王である父の側近がびっくりするな形相でこちらを睨みつけて、入り口まで迎えに来た。
そこまで言われると参加しないわけにもいかず、渋々という形で入場する。
ドアを開けると皆の視線が一同にアリエルに集まったのを感じた。きっと怒っているに違いないわ。となかば諦めたように小さくなりながらアリエルは父の方に向かった。
しかし、いかんせん父はアリエルの遅刻を大して気に留めてはいなかった。まじまじと王の顔を見ると、アリエルは王が何を考えているのかがわかった。
「おお、私の可愛いアリエル。こちらに来て、顔を見せておくれ」
と大袈裟にアリエルを呼びつけるとチラリとルイの方に目配せをした。
「なかなか、やるではないか。さすが我が娘」
と耳打ちした。
アリエルが母と兄、姉の方に目をやると皆一様に笑いを堪えているのが見て取れる。
「少々、張り切りすぎましたかしら?」
とすました顔をすると、父は笑いを噛み殺しながら
「殿下、私の愛娘であるアリエルだ。よろしく頼む」
とルイの方へ話を振った。
家族はこの状況を面白がっている。アリエルはこれ以上この事態を悪化させないよう、静かにこの場をやり過ごすことに決めた。
食事の間、俯きながらそっとルイの方に目をやったが、彼はアリエルがユーリであることに全く気がついてはいない様子だった。それどころか、宝石商のデュークが父であることにも気がついていないようだった。
「案外鈍い人なのかしら。それにしても、トルアシアの陛下は、この件について息子に何も伝えていないなんて、意外と策士なのね」
とアリエルは感じていた。
まあ、それでもいいのだけれど。きっと、もう会うのも今回が最後になるはずだから。と鷹を括った。
この度はお読み頂きまして、誠にありがとうございました。これまで読み専だったのですが、思い立って作作品を書いてみることにしました。
もし、よろしければ最後までお付き合いいただけますと幸いでございます。