77. 旅先にて
ルイがモンテッサへの視察に出発したという知らせを聞いた翌朝、まだ空が明ける前にアリエル達の部隊も西海岸に向けて出発した。
アリエルも騎士団の制服を身につけ、髪も一つにまとめている。短剣は胸にしまい、軽量でアリエルでも比較的扱いやすい長剣を腰に刺した。アルメリアから連れてきていたアリエルの馬に、帝国の刻印が刻まれた鞍も付けた。
アリエルの護衛も帝国の制服を身にまとっているため、傍目からは帝国の騎士団にしか見えない。その中にアリエルが混じっていてもおそらく誰も気が付かないだろう。
ルイの従者の一人が先導する形でアリエルの部隊に加わったため、地図を頼りに進むよりもずっと楽に進むことができていた。
まだ薄暗いうちに帝都を抜けると、舗装された田舎道が続き、山に近づくと徐々に舗装が荒くなっていった。
だんだんと山は険しくなり、なんとか馬が一頭通り抜けることができるくらいの狭い険しい山道を一列で走り抜けた。
小休止を挟みながら、一日中走り続け、三つほど山を越えると、夜になる前にアリエル達の小隊は西海岸の街の丘にある御所邸に到着した。
「別荘というよりも、もはや宮殿ね……」
馬上にいたアリエルは、別邸を見てつぶやいた。
「避暑地として、使用されているそうです。夏の間、ルイ殿下も時々こちらにいらっしゃることがあるそうです」
とアリエルの後ろにいたシモンが付け加えた。
「素敵なところなのは確かだけれど、とにかく今は一刻も早く馬から降りて、平らなところに座りたいわね」
そう言うとアリエルは笑うと、皆一斉に頷いた。
アリエルが小隊と共に別邸の正面入り口から中に入ると、ルイの従者に客人用の部屋に通された。
客間にはアリエルの寝間着や簡単な訪問着が用意されていた。
アリエルは騎士服のまま、ゴロンとベッドに横になって目を瞑った。ウトウトしていると、扉を叩く音が聞こえた。
アリエルが扉を開けると、そこにはルイが立っていた。
「ご挨拶が遅れ、申し訳ありません。ただいま到着しました」
とアリエルは慌てて頭を下げた。
「いや、そんなことはいいんだ。リー、何事もなく到着して、本当に良かった」
ルイはそういうとアリエルを抱きしめた。
「はい。ルイ殿下のおかげで、少しですがこの国の景色を見ることができ、とても勉強になりましたわ」
とアリエルは嬉しそうに言った。
ルイはアリエルの前で跪き、アリエルの手を取った。
「リー、今回はあなたに過酷な旅を強いることになってしまい、本当にすまない。ここでは人払いをしているため、限られた者しかいない。だから、あなたの身支度を手伝える者がいないのだが、少しの間だけ辛抱してもらえるだろうか?」
ルイはそう言うとアリエルの顔を覗き込んだ。
「嫌だわ、殿下。どうか頭をお上げくださいませ。元々無理を言い出したのは私です。付き人のいない旅くらいこれまでも何度もありましたから、ちっとも気にしておりません。だから、私のことはどうか気になさらないで。それに、私は今回の旅でこの国を見て回る機会をいただけたことに、とても感謝しているんです」
とアリエルは嬉しそうに言ってルイの手に自分の手を重ねた。
「たくましい人だな」
と言ってルイは笑い、アリエルの手の甲にキスをした。
「食事を取ったら、ゆっくり休んでくれ。入浴の準備はできている。付き人はいないが、あなたが自由に使えるように配慮はしてある。必要なものはおそらくすべて揃っているはずだ」
「殿下のご厚意に感謝いたします」
アリエルは膝を曲げた。
「今日は誰もいないので、気を回す必要はない。安心して、ゆっくりと休め」
ルイはそう言うと名残惜しそうにアリエルを抱きしめ、静かに部屋を出た。
翌日、朝食を摂り終えたアリエルは、再び騎士隊の制服に身を包んだ。
準備を終えたアリエルは、シモンと数人の護衛たち共に騎士隊の宿舎に向ったのだった。宿舎ではルイの騎馬隊もちょうど出発の準備を終えたところだった。
隊の中心にいたルイは、アリエルを見つけると、目配せをしてアリエルを呼び寄せた。
「皆、今日はアルメリア王国第四王女であり、私の婚約者でもあるアリエル王女殿下も私の隊に合流する。アリエルに危険が及ばないよう、命に替えても死守しろ」
ルイは全員を一瞥し、厳しい声を出した。
アリエルは騎士隊の前に出て、膝を曲げた。
「アルメリアより参りました第四王女のアリエルです。ルイ殿下にご紹介いただきました通り、今回、私もこの任務に同行させていただきます。足手纏いにならないよう、尽力するので、どうか、お力添えくださいませ」
そう言うとアリエルは、にっこりと笑った。
アリエルが挨拶を終えると、隊列を組み、別荘を出発した。
昨日までの道とは打って変わり、海岸沿いの道はなだらかで、緑豊かな丘からは常に海岸が見えた。
ルイとアリエルは隣り合って馬を走らせ、時折、たわいない会話を楽しんだ。
ルイは、アリエルの馬が遅れを取るのではないかと心配していたが、すぐにその心配が無用だと言うことに気づいた。
一隊は小さくまとまりながら、海辺の景色が続く道をかけ続けた。
*
穏やかな天候に恵まれたこともあり、騎士隊は予定よりも早くルノー公爵家の領地にある屋敷に到着することができた。
ルノー公爵夫人が幸いにもモンテッサの領地の屋敷に滞在しており、アリエル達も屋敷で宿を借りられることになったのだった。ルノー家は協力的で、事前におおまかな事情は伝えられていたため、信頼のおける者だけが屋敷に集められていた。
モンテッサの丘の上に立つ屋敷は、帝都のルノー家の屋敷とは比べものにならない程立派で、気品と重厚感のある城造りの宮殿だった。
アリエル達の騎馬隊がルノー家の屋敷の門をくぐり、広い庭園を抜けて入り口まで進むと、ルノー公爵夫人が屋敷の外で出迎えてくれた。
「ルイ殿下、アリエル、久しぶりね。遠いところ、良く来たわね」
ルノー公爵夫人はそう言うと、嬉しそうに微笑んだ。
「祖母君、ご無沙汰しております。この度の突然の訪問、ご快諾いただき感謝申し上げます」
ルイは馬から降りてそう言うと、膝を折った。
「ルノー公爵夫人、ご無沙汰しております。また、お会いできて光栄でございます。突然の私達の滞在を快くお引き受けくださり、心より感謝申し上げます」
アリエルも馬を降りて頭を下げ、膝を曲げた。
ルノー公爵夫人はアリエルの姿をまじまじと見て言った。
「まあまあ、アリエル。今日は勇ましい格好をしているのね。だけど、あなた、泥まみれじゃない! 詳しい話は一旦着替えてからにしましょう。すぐに着替えの用意をさせるわ。心配しなくとも、ここにはおかしなことを吹聴する者はいないから、安心して過ごしてちょうだい」
夫人はそう言うと、そばにいた執事に耳打ちしてアリエルを屋敷の中に押しやった。
「ルイ殿下も、騎士隊の皆様も長旅でお疲れでしょう。ひとまず屋敷でお寛ぎください」
そう言うと夫人はすぐに使用人達に指示を出し、隊を屋敷の中へと案内させた。
ルイが応接間で出されたお茶を飲み、一人でくつろいでいると、夫人と共に身支度を整え、淡い桃色のドレスを着たアリエルが現れた。
「娘のものだけれど、袖を通してもらったら、アリエルにピッタリだったの。騎士服よりは素敵でしょう?」
と夫人は得意げにルイとアリエルを交互に見ながら言った。
「そうか、母上のドレスか。アリエル、とてもよく似合っている」
ルイはアリエルを見つめて嬉しそうに笑った。
「今日は簡単な晩餐を用意しているの。用意ができたらバンケットにいらして。それから、あなた方のお部屋だけれど、二階の一番奥の客間を使ってちょうだい。娘が結婚して間もない頃、皇帝と一緒に滞在した時に使った部屋よ。着替えや必要な物は全て用意してあるわ」
夫人はそう言うとルイに向かって、目配せをした。
「お気遣い痛み入ります」
ルイは苦笑いして答えた。
その夜、ルイとアリエルはルノー夫人と夕食を共にすることになった。
アリエルとルイは豪奢で柱の隅々にも彫刻が施され、分厚く美しい刺繍が散りばめられた絨毯ある美しいバンケットに通されていた。
三人は久しぶりの再会に話が弾んだ。
「あなた達がここに来た理由は詳しくはわからないけれど、明日はモンテッサに視察に回るのかしら?」
と夫人は尋ねた。
「ええ、そのつもりです。明日、視察を済ませたらその足で帝都に戻ります」
ルイがそう答えると、夫人は少しがっかりした顔をした。
「せっかくこうして孫達が訪ねて来てくれたのに、すぐに戻ってしまうのね」
「おばあさま……今回は、任務ですから」
アリエルも残念そうにそう答えた。
「そうよね、遊びで来たわけではないものね。あなた達の仲睦まじそうな顔を見るとつい嬉しくなってしまったの。ごめんなさいね……いつかまた休暇に来てちょうだい」
夫人は寂しそうな笑顔を見せた。
しばらく沈黙が続いていた時、ルイが口を開いた。
「祖母君。では、お言葉に甘えてもう一晩だけ世話になっても良いだろうか?」
「よろしいのですか、殿下?」
アリエルも嬉しそうに微笑んだ。
「ああ。ここまで順調に来ている。アリエルも連日の移動に疲れているだろう? 明日の視察後の長駆はかなり負担がかかるはずだ。ここは祖母君のお言葉に甘えて、明日の視察後は休息を取らせてもらおう」
ルイは優しい笑顔をアリエルに向けた。
「……ルイ殿下……お心遣いに感謝いたします」
「よかったわね、アリエル」
夫人はアリエルにウィンクをした。
食事を終えたアリエルは、使用人に手伝われて入浴を済ませ、用意されていた二階奥の客間に行くと、すでに入浴を済ませたルイもくつろいでいた。
夜着にガウンを羽織ったルイはソファに座り、前皇后が遺書の代わりに残した児童書を手に取っていた。
「この本を、ご持参されていたのですね」
アリエルはルイに声をかけた。
「ああ、なぜだか気になったので、持ってくることにした」
ルイはそういうと、アリエルに隣に座るよう促した。
「リー、よくこの暗号がわかったな?」
ルイは本のページをなぞりながら言った。
「私の国にも同じ本があり、読んだことがあったのです。だから、皇后の遺品の中にその本を見つけた時、なんとなく懐かしくなって手に取ったのだと思います」
「ずっと、私の中での母は、夢見がちで儚い人だという印象だった。しかし、それだけはなかったのだな……」
ルイは、愛おしそうに本に目を落とした。
「私の知る限り、前皇后は、限りなく強く、聡明な方だと思います」
アリエルはそう言ってルイを見つめた。
「ああ、私もそう思う」
ルイは嬉しそうに笑った。
「リー、連日の長旅で疲れただろう。明日も早いから、もう休もう。あなたをどうこうする気はないが、私もあなたの隣で休んでも良いか?」
ルイはアリエルの長い髪の毛に指を絡ませながら聞いた。
「殿下が隣にいてくれると、よく眠れる気がするわ」
アリエルがそう言ってはにかんだ顔を見せると、ルイはアリエルを抱き上げた。
アリエルはルイの首にそっと手を回し、顔を胸に埋めた。二人はそのままベッドに潜り込み、深い眠りに落ちていった。
ここまでお読みいただきましてありがとうございました。
不定期更新になってしまっておりますが、読んでいただいている方がいてくださって嬉しいです^^
また次回もよろしければお付き合いくださいませ。




