75. ブルーサファイアの謎
翌朝、病床の王女となったアリエルは、出所不明のドレスと宝飾品、前皇后と現皇后に関する資料をしこたま馬車に積見込んで離宮に出かけた。
アリエルは離宮に着くとすでにエドが到着していた。
エドと共に執務室に入り、シモンを呼んだ。
三人分のお茶を準備し、執務室に入ってきた。
「例の、リチャード家の資料は集まったかしら?」
「はい。ご用意ができております」
「シモン、詳細は資料で確認するから、簡単に説明してもらえるかしら? エド、シモンの説明で不足や誤りがあったら指摘してちょうだい」
「承知いたしました」
二人は頷いた。
リチャード家は先の戦争で武勲を積んだ功績を讃えられたことがきっかけで、爵位を与えられた家系だった。
騎士出身だった初代当主が大きな武勲をあげたことで、爵位と、農業が盛んな領土を得ることができた。小麦と酪農を主とした領土だったが、目立った税収があるわけではなかった。
しかし、野心家だった先代が博打で人財産を築き、そこから急速に発展を見せたのだった。
「元々、リチャード家は、農業よりも、裏家業である賭博の胴元で稼いでいました。まあ、この国でも賭博は違法ではではありませんからね。現在は金融業が事業の柱となっています。表向きには法に沿った低金利で金を貸しているようですが、裏ではそれ以上の金利での金貸しをやっているようです」
「ふーん。まあ、平たく言うと高利貸しってことね。あまりお綺麗なお家柄とは言えないから表には出てこないのね」
「おっしゃる通りです。表向きにはハンブルグ家、ハンプシャー家に次いで、この国で三番目に資産を保有しているようです」
「つまり、実質のところ一番資産を持っているってことかしら?」
「……おそらく」
「どうせハンプシャー前侯爵も、賭博か何かで借金があったんでしょ。だから借金をカタに悪魔に魂を売って、ハンプシャー家を乗っ取ったのね、きっと」
アリエルは呆れたように言った。
「……お察しの通りかと」
とシモンは答えた。エドは罰が悪そうに黙っていた。
「で、ハンプシャー家、ハンブルグ家、スミス家のそれぞれと裏で繋がっているわけね。リチャード家としては、別この御三家が揉めて仲違いしたところで、それほど問題はないと見ているのかしら?」
「申し訳ありません。表向きには目立った動きはないため、それぞれの貴族との繋がりについてはまだ掴みきれていないのが現状です。ただ、これまでの流れを見ると、宝石の密輸の件では、密輸を行う貴族の人材を斡旋しているのはリチャード家の可能性が高いかと」
シモンは資料を見ながら答えた。
「なるほど。どうせ借金のカタに汚れ仕事をやらせているんでしょうね。闇金の債権者名簿があるといいんだけれど。流石にそれは難しいわよね……」
「……残念ながら、屋敷や領地は警備が厳しく、なかなか入る隙がありません」
「仕方ないわ。裏社会に精通している一家ですもの。表に出ているハンプシャー家、ハンブルグ家とは違って、そう簡単に切り込めそうにないもの。おそらく私一人の力で何とかなる相手ではなさそうだわ。下手に手を出すと、私たちが全滅しかねない。闇雲に裏社会の人間に首を突っ込むのは得策とは言えないでしょうね」
「はい。私もアリエル様と同じ意見です」
エドは言った。
「組織の規模が私たちとは違いすぎて、裏工作では勝てる気がしないわ。だから、正々堂々とお日様の元に引き摺り出してやりましょう。焦らずに期を待ちましょう。それまで、徹底的に調べて少しでも多くの情報を握るわよ。
役人の中で賭博にハマっている者、借金があるものを調べてもらえるかしら? シモンは引き続きリチャード家とハンブルグ家、ハンプシャー家、スミス家の関係性を追ってちょうだい」
「御意」
二人は口を揃えて言った。
「なんだかんだ闇金は、闇で裏社会は裏よ。闇も裏も、消すことができないものよ。でも闇も裏も決して表には出られないものでもあるわ。そして、光がないと闇は存在できないわ。だから光が弱くなると、闇も必ず弱くなる。
今、光が当たっているハンプシャー家とハンブルグ家、スミス家が解体すると、きっと必然的にその闇も力を失うはずよ。それまで根気強く待ちましょう」
アリエルは言った。
「……アリエル様は、王の器ですね」
ふとエドが呟いた。
「嫌だわ、エド。意外と頭が硬いところがあるのね。本当に大きな器を持っているのは、私ではなくルイ殿下だわ。
あんなに、男尊女卑なく人を尊重して信頼できる方って他にはいないわよ。きっと殿下は、現皇帝以上にこの国を良い方向に導く器を持っている方よ。トルアシアは何者にも変え難い王を得たわね」
アリエルがそう言うと、エドはハッとして答えた。
「アリエル様のおっしゃる通りですな。ルイ殿下ほど、陛下の後継者に相応しい方はおられませんね」
「ふふふ。そんな方に嫁げるなんて、私はとても幸せ者ね」
アリエルがそう言って微笑むと、シモンもエドも黙って頷いていた。
*
昼を過ぎた頃、モントが離宮を訪ねてきた。
病床の王女となっているアリエルの姿を見ると豪快に吹き出し、
「王女ってのも、なんとも大変なもんだな」
と言って笑った。
「ふふふ。ところで、モント様、この宝石とドレスを見ていただきたいの」
そう言うとアリエルは前皇后の遺品の中から、出所のわからなかった宝石とドレスをモントに見せた。
「ふむ。ちょっと見せてくれ」
そう言うとモントは一つ一つを手に取ってじっくりと鑑定し始めた。
「ドレスについては、専門外だから俺は何もわからん。この宝石の中にもわかるものとわからないものがある」
とモントは言った。
「このダイアモンドとルビーのイヤリングと指輪、それから真珠の首飾り、エメラルドのブレスレットは、おそらく皇后のために仕立てられたものだろう。石も飾り細工も文句なく一級品だ。おそらく、お抱えの宝石商の職人に作らせているはずだ」
モントは一つずつの宝石をしっかりと見極めてから言った。
「ただ、このブルーサファイアのブローチは違う。これなんだが、同じようなものがいくつも出回っていたのを見たことがある気がする」
「全く同じものが出回っていたのですか?」
「ああ、このブローチはおそらく同じものがいくつか作られている。土台の部分が量産できるように、型に流し込まれて作られたものだからな。この国にも持っている人間が何人かいるはずだ」
モントはブローチを手の中でクルクルと回しながら言った。
「そう……でも、皇后が私費で買っているとしても、宝石商がそんな量産品をわざわざ勧めたりするのかしら? それとも皇后陛下はブルーサファイアがお好きだったとか?」
「皇后陛下は、赤や暖色の宝石を好んで付けられておられました」
とサリーは控えめに答えた。
アリエルは再び考え込んだ。
「……守護、天命、正義、幸運……」
モントはポツリと言った。
「ブルーサファイアの石言葉ね?」
アリエルが訊いた。
「ああ。深読みする必要はないかもしれんがな。ブルーサファイアは古代から王族を危害から守る石として使われている。男が愛する女に贈るにしては、どうもしっくりこない気もする。それにブローチというのも何か気になるところではある」
モントがそう言うと、アリエルも頷いた。
「エド、サリー。皇后は宝石を買う時は宝石商を城に呼んでいたのかしら?」
「皇后陛下が私費で宝石をご購入されると言うことは、ほとんどなかったように思います」
とエドは答えた。
「……あの……」とサリーは遠慮がちに口を開いた。
「あの……実は皇后陛下が体調を崩された後、何度か宝石商をお呼びになったことがあって、その時は皇后陛下が直接お部屋に呼ばれておりました。その時は私たち使用人も侍女も立ち会うことはなかったので、おそらくお一人で宝石商とお話しされていたのではないかと。ただ、先日お調べした購入履歴にはその記録はなかったかと存じます」
「そう……うーん、その宝石商からブルーサファイアを買ったのかしら? 好きでもないものをわざわざ買う必要って何だったのかしら? なんだか引っかかるのよね」
アリエルは不可思議そうに言った。
「この件、ちょっと持ち帰ってもいいか? 出所を調べてみる。何か分かったら、こちらからエドに知らせを送ろう」
「ありがとうございます」とアリエルは笑った。
「私たちも、皇室に出入りしていた宝石商を調べてみましょう。みんな、引き続き調査にあたってちょうだい。わかったことがあれば、至急知らせてちょうだい」
「御意」
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