74. 点と点を結ぶ
アリエルの指示により、サリーがブルスト教会から呼び戻された。エミリーと同じく、アリエルの侍女として城の居室にて給仕する形で調査に加わることになった。
同時に、アリエルが取り寄せた膨大な量の前皇后に関する資料と遺品が居室に運び込まれていた。リビングから、書斎、寝室まで、所狭しと資料が宝飾品が置かれている。
ルイから贈られる見舞いの花も飾られているため、居室は足の踏み場のない状態になってた。
「……ちょっと……思ったよりも部屋が狭くなったわね……」
山積している資料と前皇后の遺品を見ながらアリエルは言った。
「……致し方ありません」
エミリーは呆れ気味に言った。
「……まあ、いいわ。とにかく、調査を始めましょう。しばらくの間、私は昼の間は騎士棟の地下で国税の調査をして、夕方からこちらの資料の調査に当たることにするわ」
「承知いたしました」
エミリーとサリーは頷いた。
「サリー、エミリー、早速で悪いけど、私が地下の会議室で作業している間にお願いしたいことがあるの」
アリエルは山積みになった資料を指差した。
「ここに前皇后の物品の購入履歴があるから前皇后の遺品の宝飾品とドレスを照らし合わせてもらえる? それから購入元と商品の照合をして書き記してほしいの。どこで何を購入しているか、詳細が知りたいのよ。それと、この購入履歴に記載のない宝飾品はひとまとめにしておいてもらえるかしら? モント様に協力してもらって、出所を探るわ」
アリエルは二人に支持を出すと、地下の会議室に向かった。
*
アリエルはその日も一日中一人きりで地下にこもって書類を精査し、日がどっぷりと暮れる頃にこっそりと居室に戻ってきた。
アリエルが居室の扉を開けると、相変わらず足の踏み場はないが、山積みになっていたドレスも資料は、きっちりと仕分けされ、綺麗にまとめられていた。
「仕分けが終わったのね?」
アリエルは嬉しそうに言った。
「はい。サリー様にご尽力いただきました」
とエミリーは言った。
「ありがとうサリー、助かるわ」
そう言うとアリエルは笑った。
「いえ、私も皇后陛下の遺品の整理をしておりましたら、色々と当時を思い出しましたので、作業が捗ったのだと思います」
サリーは恐縮して答えた。
サリーの顔を見て、思い出したようにアリエルは言った。
「……ねえ、サリー。前皇后と今の皇后陛下との間に面識や接点は特にないのよね?」
「はい。私が記憶している限り、お二人が顔を合わせるようなことはなかったかと存じます」
「……そう……」
アリエルはリビングのソファに座り、考え込んでいた。
「二人の間に何か共通点はない? 例えば同じ時期に、同じ宝石商を使っていたとか、同じ仕立屋でドレスを仕立てていたとか」
「共通の皇室の御用達の宝石商は何度か呼ばれているようですが、利用している時期は異なっているようです」
「うーん。やっぱり接点なんてなかったのかしら? なんだか、すごく気になるの。前皇后はおそらく、当時からこの国の情勢を正確に掴んでいたのよ。あんなに頭が良くて聡い方が、側室を黙って放っておくかしら? なんだかすっきりしないのよね……」
アリエルは、エミリー達がまとめた書類を見ながら、ソファにゴロリと寝転がった。
「ねえ、購入履歴にない宝飾品はあった?」
「はい。書斎にまとめております。そちらのドレスと宝飾品は購入履歴にはなく、どなたかからの贈り物か、前皇后の私費でご購入されたものかと思われます」
とサリーは言った。
「ありがとう。追って確認しましょう」
そう言うとアリエルは、書斎の机に座り、エミリーとサリーが皇后の遺品の詳細についてまとめた書類に目を通し始めた。
ここまで調査してきたけれど、アリエルはいまだに皇后のことが掴みきれていなかった。ハンプシャー家の不正は多く出てくるのに、皇后に関しては情報が少なすぎるのだった。
表面的には皇后は公務にも積極的に参加してえるように見える。皇室主催のサロンや茶会など、主要貴族を招くような催事も定期的に開催しているし、皇后としての最低限の外交公務は務めている。
しかし、特定の貴族との関わりはなく、誰かを贔屓するようなこともない。私的に誰かと親しくしている様子もなかった。
そして、気になるのが、ハンプシャー家と皇后の接点が少なすぎることだ。皇后の行動から見ても、皇后が意図してハンプシャー家と関わることを避けているとしか思えない。
「明日、離宮に行くわ。昼間にエドとシモンと話したいの。できればモント様も呼んでもらえるとありがたいのだけど。サリーも同席して頂戴。念の為エミリーはこちらに残って」
アリエルはエミリーとサリーに言った。
「手配します」
「じゃあ、お茶を入れたら、もう下がっていいわ。明日は病床の姿で行く予定だから、早めに支度をお願い」
二人は頷き、アリエルにお茶を淹れると静かに部屋を出た。
二人が部屋を出た後も、アリエルは書類を読み込んでいた。
皇后が購入した宝飾品の購入時期と取引のあった商人を全て頭に入れる頃には、漆黒だった空が少しずつうっすらと白み始めていた。
そろそろ休もうとした時だった。アリエルの居室のドアをノックする音が聞こえた。
アリエルはそっと部屋の扉まで近づき「どなた?」と小さな声で尋ねた。
するとドアの向こうからアリエルが聞きたかった声が聞こえた。
「私だ、アリエル。明かりが漏れているが、まだ、起きていたのか?」
アリエルを心配するルイの声だった。
アリエルはドアを開けてルイを部屋に通した。
「……実はちょっと調べものをしていたの……今、あまり人を招けるような状態じゃないのだけど、よろしければこちらへどうぞ」
アリエルは遠慮気味に言って、ルイをリビングへ促した。
ルイは部屋の惨状に驚いていたが、笑ってアリエルをぎゅっと抱きしめた。
「あなたは相変わらずだな」
「ふふふ。ちょっと狭いけれど、ソファには座れるわよ」
そう言うと、アリエルもルイの背中に手を回して強く抱きしめた。
アリエルはルイに、前皇后と皇后の二人の関係について調べていること、これまで深く調査できていないリチャード家のことについて話した。
「リチャード家か、社交の場でもあまり表には出てこない家系だな。リチャード伯爵の顔はわかるが、私も彼について詳しいことはあまりわかっていない」
「リチャード家は皇后の実家であるハンプシャー家と深く繋がっています。皇后の継母はリチャード家から嫁いできています。元々、ハンプシャー家の正統後継者であった皇后の母が病死したことにより、婿養子である皇后の父のハンプシャー侯爵が後を継いでいます。そのあたりから急激に財務状態が良くなり、家業であった紡績事業ではない収入が格段に増えています。おそらく、全てが計画的に行われてたのかと」
「ああ。そうだろうな。皇后が政治の駒として使われていることは明白だ。しかし、皇后が何も知らなかったと言うことも考えにくい」
「私も殿下と同じ意見です。ただ、これまでの皇后の行動から、皇后がハンプシャー家の計画に加担しているとも考え難いのです。それに、おそらく陛下も皇后とハンプシャー家の間の関係を図りきれずにいるのかと。
陛下も皇后を信じたい気持ちと、そうできない気持ちが常にせめぎ合っている状態なのだろう、というのが私の推測です。
ですので、この件について、もう少し詳しく調べてみてもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わない。よろしく頼む。ただ、アリエル、あまり無理はしないでくれ」
そう言うとルイは、隣に座っていたアリエルを愛おしそうに見つめて、髪を撫でた。
「長居すると離れがたくなるから、私はもう行こう。防衛費の件、驚くほど捗っていた。改めて礼を言う。だからこちらのことは気にせず、あなたは皇后の調査に当たってくれて構わない」
立ち上がってアリエルの手を取った。
「ありがとうございます」
アリエルはルイの手を握ると嬉しそうに言った。
「また、すぐに会いにくる」
ルイはそう言うとアリエルの唇にキスをした。
「きっと、来てくださいね」
アリエルはにっこりと笑うとルイを送り出した。
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