71. 王女のざわつき
それから数日の間、アリエルは早朝から深夜まで騎士棟の地下会議室にこもり、国防費の精査に追われていた。
以前よりも作業効率が上がったこともあり、アリエルが想像していたよりも早く、全ての資料の精査が終わりそうだった。
今回の調査により、明らかな改ざんがいくつか見つかっている。それも単年度ではない。長年にわたってこの国と取引をしている業者を詰めれば、おそらく改ざんの証拠を掴むことも難しくはない。
ただ、今アリエルの頭を悩ませている問題は、ハンプシャー侯爵家と皇后の関係だった。現皇后はハンプシャー家の出身であり、ハンプシャー家の画策によって皇后の座に就いていた。
そして、ハンプシャー家が、この国の貴族政治の中心に居座っている。犯罪の証拠をあげて反逆罪で爵位と領土を返還させたとしても、他の貴族や国民のわだかまりは拭いきれないだろう。
皇后の実子である第二皇子であるマティスは、この国のために、実の祖父や血のつながりのある親族の不正を暴こうと尽力している。その姿を見ると、胸が締め付けられるのだった。
アリエルは、自分とはあまりにも違いすぎる家族の形に、心が押しつぶされそうな気持ちになった。
アリエルにとって、祖父母との思い出はいつも心を温めてくれるものだった。そして二人はいつもアリエルと祖国アルメリアへの愛で溢れている。
ふと、アリエルは何かを見落としているような気がしてきた。何か、とても大切なことを見落としているのではないか、なんとなく、アリエルはそう感じるのだった。
何の証拠などないけれど、それは直感のようなものだった。
アリエルは居室に戻ると、エミリーを呼んだ。
「エミリー、私は何か皇后のことで、見落としていることがありそうな気がするの」
書斎にある書類をめくりながらアリエルはつぶやいた。
お茶を入れていたエミリーは、アリエルを見つめた。
「……ねえ、サリーが残してくれた前皇后の記録は、今どこにあるのかしら?」
「はい。離宮から、この居室に持参しております」
「前皇后の宝飾品は?」
「ルノー公爵家からお預かりしたものはこちらに、それ以外のものはルイ殿下がお持ちかと」
「……うーん……」
アリエルはしばらくの間、目を閉じて考えていた。
「ねえ、モント様をこちらに呼べないかしら? 病床の王女だって、宝石くらい買ってもいいでしょ?」
「……エド様に通達を出しておきます」
「あとは……現皇后の予算の収支がわかる書類もお願いできる? できれば側室だった頃のものは離宮にあるから、至急取り寄せて。それからここ十年くらいのものを準備させて」
「承知いたしました」
「購入履歴と、取引のある商人がわかるものを準備してちょうだい」
「早急にご用意いたします」
アリエルは前皇后が残した記録をもう一度隅々まで見返すことにした。
なぜか、前皇后と、側室だった二人には不自然なほど接点がない。そう、なぜかそれがとても不自然に見えるのだ。
どちらかが意図して近づかないようにしていたのか、それとも両者がお互いに近づかないようにしていたのか。
いずれにしても、何か見えていないものが必ずある。
ふと、アリエルの頭にあることが浮かんだ。
「ねえ、私、ここまでノータッチだった貴族が一つあることを思い出したの。現皇后の継母の実家でもあるリチャード家。あまり表に出てこなかったから今まで注目していなかったのだけど、何だかすごく重要なことを見落としているようで、今とてもざわざわしているわ。
エミリー、以前調べてもらっていたハンプシャー家とリチャード家についての詳細はすぐに出せる? おそらくシモンが詳しく調べているはずよ。離宮に資料があるはずなの。すぐにシモンをこちらに呼んでちょうだい。
それから、ルノー公爵家から持ち帰ってきた前皇后の荷物の手配と、ブルスト教会にいるサリーも、至急連れ戻して城に呼んでもらえるかしら?」
「承知いたしました。早急に手配を」
「できるだけ早くお願い。私が病気を笠に着てわがままを通していると言うと、きっと怪しまれずに動けるわ」
アリエルは、いつになく緊迫した面持ちだった。
「御意」
そういうとエミリーは静かに部屋を出た。
アリエルは、天を仰ぎ再び考え込んだ。
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