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70.  深夜の密談

 アリエルが城の居室に移ってから二日が経った。その日も月が高くのぼり、夜も更けてきた頃だった。


 ルイ、マティスそしてオリバーは、いつものように騎士棟の地下にある会議室のテーブルに向かい合って座っていた。


 三人は、他国との戦争、領土を跨ぐような国内での紛争や、辺境の争いにより使われた軍事費の調査に時間を割いていた。


 消耗した武器や医薬品の数、死傷した馬の数、そして戦闘に加わった者の名簿と死傷者の数の精査に追われていた。過去十年に絞ってみても、あまりにも膨大な量だった。


「……まだ、先が長いな……」ルイは呟いた。


 マティスとオリバーは黙って頷いた。


 今回の精査を通じて、記録様式の穴や不具合をまとめ上げ、記録内容の統一やその方法について、詳細にまとめた改善案をすでに提言していた。


「今後の課題として、記録書式の統一が急務ですね」

 とマティスがポツリと言った。


「ああ。兵士名簿の確認だけでも膨大な時間がかかる。しかし、今のところ資料があるだけましだろうな。お前の提案した様式が普及すれば、記録の精度が格段に上がる。よく考えたな」

 ルイは誇らしげにマティスを見つめた。マティスははにかんで笑った。


「ところで、あと何年分精査が残っている?」

 ルイは尋ねた。


「……七年分です」マティスは遠慮がちに答えた。


「……長いな……」

 ルイが呟くと、オリバーも首を縦に振った。


 三人は再び黙り込み、黙々と作業を続けていた。その時だった。

 コンコンと扉をノックする音が聞こえた。


「僭越ながらルイ殿下に申し上げます」

 ルイの従者の声だった。


「発言を許す」

 ルイは低い声で答えた。


「アリエル殿下がこちらにお越しでございます。お通ししてもよろしいでしょうか?」

 従者は静かに声をだした。


 ルイは即座にオリバーに目配せをした。


 オリバーが会議室の扉を開けると、厚手のエンパイヤドレスにストールを被ったアリエルが、毛布と大きなランチボックスを抱えて立っていた。


「皆さん、ごきげんよう」

 アリエルは微笑むと、静かに会議室に入った。


 ルイは立ち上がるとアリエルに駆け寄った。


「リー、具合はもういいのか?」

 そう言うとアリエルの肩を抱き、頬をなぜた。


「ええ。殿下にご用意いただいたお布団の寝心地がとっても良くて、ぐっすり眠ったらとても元気になったの」

 とアリエルは嬉しそうに笑った。


「遅くなって、ごめんなさい。今日から私もようやくこちらに加わることができるわ」

 アリエルはそう言って笑顔を見せると、マティスとオリバーを見た。


「よろしいのですか、アリエル殿下?」

 マティスは目を大きく開いて嬉しそうな声を出した。


「ええ、もちろん。宝石の件は部下に任せて、国防費の精査に時間を割けることになったの。若輩者ながらお力添えできると光栄ですわ」

 と膝を曲げた。


「百人力です!」とマティスは満面の笑顔を見せた。

 オリバーも嬉しそうに頷いている。


 アリエルはルイの隣に腰を下ろし、手にしていた毛布を膝にかけてから尋ねた。


「では、マティス殿下、二度手間になるかもしれないけれど簡単に概略を教えていただけますか?」


 マティスは精査しようとしている国防費の税の項目から、国防費の精査に必要としている記録について、一通り通りの概要を説明した。アリエルはメモをとりながら黙って聞いていた。


「こちらにある記録資料を拝見してもいいかしら?」とアリエルは尋ねると、手渡された戦争の記録に目を通していった。


「なるほど……この書類、字が汚くて見づらいわね……」


 アリエルはしばらくの間、書類を見つめ、メモを取りながら考え込んでいた。沈黙の後、アリエルは口を開いた。


「あの、少しだけ提案してみたいことがあるのですが、発言してもよろしいでしょうか?」


「ああ、もちろんだ。話してみてくれ」

 とルイは書類から顔を上げてアリエルの方を見た。マティスとオリバーも手を止めた。


「今、マティス殿下がやろうとしているのは順行で、きっと正しい精査の仕方だわ。このまま最後まで調査すれば、おそらく正しい数字が導き出せる。だから、いずれやらなければならないことだと思うの。


 でも、それでは今は時間がかかり過ぎてしまう気がするわ。だから、今回の場合はちょっと、逆算して数字を算出した方が早い気がするのだけど、どうかしら。まずは死者の数、残った馬、武器、医薬品の数を割り出し、それと充当した数を照らし合わせた方が手っ取り早いんじゃないかしら。


 まずは私がそのやり方で一年分精査してみようと思うのだけど、許可をいただけませんか?」


 アリエルの話を聞いていたマティスはハッとした。


「ふむ。なるほどな。そのやり方だとこれまでのように、わざわざ死傷者の名前を名簿をから拾う必要がないな。マティス、どう思う?」


 ルイはマティスの方を見た。


「……はい。アリエル殿下のおっしゃられる通りです。私は『正しさ』だけに囚われ過ぎているあまり、全てを調査し、必ず正しい数字を導き出すと言うことに固辞していたのかもしれません。私も、アリエル殿下のおっしゃられるように、取捨選択して精査する方が賢明かと思います」

 マティスは深く頷いていた。


「そうだな。私もそう思う。では、一旦アリエルの案で進めてみよう。必要な数字だけを洗い出して、各々でまとめてみてくれ。それを単年ごとに合算しよう。だが、もっと良いと思う方法が浮かんだら遠慮なくそう言ってくれ」


 ルイは事も無げにそう言った。


「兄上、オリバー、申し訳ございません。私の拙いやり方のせいで、兄上の貴重な時間を無駄にしてしまいした」


 マティスは申し訳なさそうに俯いていた。そんなマティスを見てアリエルは微笑んだ。


「マティス殿下、私は十五の頃から諜報員として生きているの。だから殿下よりも少しだけ要領よくやる方法を身につけているかもしれません。


 でも、マティス殿下はご自身で得た知識とご自身の判断でここまで仮説を組み立てて、ご立派に調査の陣頭指揮を取っておられるわ。私が十五歳の頃には、こんなこと到底できませんでした。だからもっと誇りと自信をお持ちくださいませ」


「そうだぞ、マティス。お前は時間を無駄にしたと思っているかもしれないが、私はそうは思ってはいない。今回の調査がなければ見えなかったことが山ほどある。この調査を通じて、我が国の改善すべき点も多く見えた。それはすでにお前が提言しているだろう?


 それに、私もこの戦況報告書を読むことによって、兵法や戦術について思うことが多くある。それにお前との時間は私にとっては確実にかけがえのない時間になっているアリエルの言う通り、お前はもっと自信を持って良い」

 ルイは優しい目で諭した。


「兄上……」

 マティスは嬉しそうに笑った。


「では、少し余裕もできたので、少し休憩しませんか?サンドイッチとお茶を用意しています」

 アリエルがそう言うと、皆笑って頷いた。



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