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62. 第二皇子、動き始める

 ルイとアリエルが劇場を訪れた翌日、新聞社はこぞって号外を出し、ルイとアリエルのことを取り上げた。


「皇太子、謎の美女との堂々逢瀬」


「皇太子熱愛!?お相手は謎に包まれた美しき伯爵令嬢か」


「皇太子の恋人である謎の美女の正体とは?」


「捨てられた病床の婚約者? 皇太子は美女にお熱?」


「泥沼の三角関係! 皇太子は麗しき伯爵令嬢に夢中」


 有る事無い事が紙面を踊り、帝都中はその話題一色だった。


 マティスは城の執務室でその紙面を眺めていた。ハラスが届けたものだった。


 皇室での晩餐以来、マティスにも執務室が用意された。補佐官としてマティスに付けられたアレンの隣の部屋だ。


 アリエルとルイが提言していた通り、マティスの分析力、洞察力、思考力はずば抜けていた。


 彼独自の視点を持ち、資料を何通りの方向からも読むことで見えないことに答えを見出そうとする能力に秀でている。


 物静かではあるが、兄のルイにも劣らない優秀な少年だった。


「アレン、兄上達はどうやら順調そうだな」


 とマティスは嬉しそうにアレンとハラスに声をかけた。


「どうやらそのようですな」


 アレンが言うとハラスも頷いた。


「オリバーの報告によると、しばらくの間オリバーがハンブルグ家への調略の橋渡しをすることになったのだとぼやいておりました」


「はは。きっとアリエル殿下の入れ知恵だろうな」


「そのようですな。これからは視察と称してかなり自由に動くことができるようになるかと存じます。アリエル殿下達の連絡役はハラスに一任しておりますので、逐次報告できるようになるかと」


「それはありがたいな。私もわからないことばかりだが、どうかよろしく頼む。表向きは皇帝が私に皇位の継承を考えているというように匂わせるように動くことにする。


 が、実際のところはアリエル殿下や兄上では調べきれない国防や税の流れについて調べておきたいと思っているのが本音だ。力を貸してくれるか?」


「もちろんでございます。実はマティス殿下に補佐官をつけるよう、陛下に進言するようにと計らわれたのはルイ殿下なのです」

 とアレンは嬉しそうに言った。


「そうか……兄上が……」

 マティスの顔に笑みが浮かんだ。


「では早速だが、私も視察に動きたい。特に防衛費に絞って調査しようと考えている、すぐに動けるか?」


「はい。現在防衛に関する資料や情報は城の敷地内にある騎士塔で管理されています。直近十年程の武器の数、兵士の登録名簿、戦死者の名簿、負傷者の名簿はおそらくそちらで管理されているかと」


「なるほど。騎士団に、絡んでいる主要な貴族は?」


「騎士団に関しての実権は公爵家の出身者が担っております。そのためスミス伯爵、ハンプシャー侯爵、ハンブルグ侯爵からの干渉は比較的に少ないかと思われます」


「ふむ。主だった公爵といえば、ルノー公爵、ハミルトン公爵、ブラントン公爵、マンチェスター公爵あたりか?」


「左様でございます。現在の軍の総大将はハミルトン公爵、副将にはルノー公爵の嫡男のレオナール殿がついております。オリバーもハミルトン公爵の三男で、小隊を率いております」


「そうか。兄上の話では、ルノー公爵はこちらに全面協力してくれると聞いている。まずはルノー公爵から話をつけよう。エドを通して面会を申し込んでくれ。くれぐれも内密に頼む」


「承知いたしました。早速手配いたします」



 マティスがルノー公爵への面会を依頼した翌々日、秘密裏に会合が持たれることになった。


 マティスは、アリエルが集めた防衛費に関する資料の内容は全て頭に入っていた。


 国家予算資料には他にも怪しい点は多いが、誤魔化しやすい防衛費の改ざんに一番穴がありそうだと踏んでいた。


 会合は騎士棟の地下にある最奥の個室で行われることになっていた。皇室の居室区域にある地下通路から直接繋がっていて、そこにたどりつくまで、誰の目にも触れることなくたどりつける場所だった。


 皇室の中でもこの地下室の部屋の存在を知っているものは限られている。


 マティスはアレンに先導される形で地下室の部屋にたどり着いた。


 地下室の扉を開けると、そこに会議用のテーブルと椅子があり、すでに皇帝とハミルトン公爵、ルノー公爵、ルノー公爵の嫡男、そしてエドが着座していた。マティスがくることはすでに皆知っていたようだった。


「おうマティス、待っていたぞ。まあ、座れ」

 皇帝はそう言うと、マティスを隣に座らせた。


「父上もいらっしゃるとは予想しておりませんでした」

 マティスは驚き、そして嬉しそうに父である皇帝の隣に座った。


「マティス殿下にご挨拶申し上げます」

 とハミルトン公爵とルノー公爵の嫡男は席を立った。


「マティス、久しいな。しばらく見ないうちに見違えた」

 とルノー公爵は笑顔を見せた。


「第二皇子のマティスです。どうぞよろしく頼む」

 とマティスは席を立ち全員の顔を一瞥した。


「皆、大方の事情は知っている者達で、数少ない協力者でもある。お前が極めて優秀だと言うことは、ルイやエド達から伝え聞いておる。よく、この短期間で色々と調べたな」


「はい。その……兄上や周囲の者が協力してくれましたから。私の力だけではありません」


 マティスは照れくさそうに言った。


「良き理解者を得たな」

 と皇帝は笑った。


「では、早速始めることにしよう」


 皇帝の一言で会議が始まった。


「ここにいるものは大体の状況をすでに把握している。だから詳しくは話さん。これから表向きには私とルイの関係がこじれ、私がマティスを推す動きがあるように振る舞っていくことになるだろう。だが、実情は少々違うことは皆理解しているな?」


 皇帝がそう言うと皆は大きく頷いた。


 今回の調略について、大まかなことは皆理解しているようだった。


「今回の調略で私がマティスを表向きに推すことにより、生じた利がある。それは、これまで切り込めなかった国税の不正調査に手をつけることができることだ」


 皇帝はマティスの方を見た。


「マティスはまだ幼いが、非常に頭が切れる。大体の国家予算の流れ、国の現状、私欲に目が眩んだ貴族が行っていること、その辺りは全て理解し、自分なりの解釈と正義を持っている。そこでだ、今回マティスに国防費の改竄や不正調査を一任しようと思う。協力してくれるか?」


 マティスは驚いた顔で皇帝を見た。


「……父上」


「これがお前の初仕事となる。マティス以上の適任はいないと考えている。異論のある者はいるか?」

 皇帝がそう言うと、全員が首を横に振った。


「私には異論などございません。マティス殿下、ご立派になられましたな……」

 とエドの目に涙が浮かんだ。


 皆も一様に頷いている。


「もちろん、困ったことがあれば私やルイを頼れ。初めから全て自分だけでうまくやろうと思うなよ。少なくともここにいるものは皆、お前に協力してくれるはずだ」


 皆大きく頷いている。


「はい。ありがとうございます、父上」


 マティスの強い眼差しが皇帝を捉えた。


「皆、どうか力を貸してくれ」


 皇帝は立ち上がり全員を見た。


 全員が椅子から立ち上がり、深く頭を下げた。


「では、後の詳細はお前達に任せることにしよう。エド、後ほど報告を」


 そう言うと皇帝は従者と共に部屋を出た。


「改めて、第二皇子であるマティスだ。若輩者だが、どうかよろしく頼む」


 マティスはそう言って深く頭を下げた。


 これまで表に出ることはなかったが、皆マティスに対して好意的であった。おそらく皇帝やルイ、エドの計らいなのだろう。


 マティスは夢中になってこれまでマティス自身が調査したことの結果や、防衛費の中で矛盾を感じる点について説明した。そしてこの矛盾が生じている点に突破口があるということを伝えた。


 皆、マティスの話に真剣に聞き入っていた。


 そして、実際の名簿や帳簿を遡って確認する必要があるということで合意した。

 直近で騎士棟への視察をすることが決まり、会議は解散となった。


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