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61. 鍵を握る側近

 アリエルとルイは劇場からほど近い帝都の屋敷に戻った。


 オリバー、エミリー、シモンの三人は千秋楽の後、劇場で行われるセレモニーにも出席する予定になっている。


 アリエルは使用人を部屋に呼び、すぐに煩わしいドレスを脱ぎ捨てた。早速湯あみの準備をさせ、そそくさと湯あみを終えた。


 エミリー達はまだ、しばらくの間戻っては来ないだろう。


 だから今夜は絶好の機会だった。エミリーには町娘のような服はやめろと言われるため、あまり着ることができない綿でできた柔らかい部屋着に着替えた。


 そして、先日一足だけ買うことを許された履き心地の良い革靴を履いた。


 ルイも部屋で着替えてくつろいでいるのだろう。


 アリエルはこっそり厨房からチーズとワインを拝借し、ガウンを羽織ると一人で庭に出た。


 肌寒いが、冷たい風が熱った顔に心地よかった。

 ここでしばらくの間、三人が帰宅するのを待つことにした。


 庭の噴水前にあるガーデンチェアに腰を下ろし、ワインをグラスに並々と注いだ。


「今夜が人生で一番幸せな夜かもしれないわね」

 アリエルは、そうつぶやくと、ワインに口をつけた。


 月が、美しい夜だった。アリエルはぼんやりと月を眺めていた。


 その時だった。暖かい手がアリエルの頬に触れた。


「こんなところにいると風邪を引くぞ、リー」


 ルイの優しい声だった。


 ルイはアリエルの肩にストールをかけて、向かいの椅子に座った。


「屋敷のどこを探しても見当たらないと思ったら、こんなところにいたのか」


「三人の帰りを待っているのです。オリバーにはこれから無茶なことを頼むことになるかもしれませんから」


「たまにはいいだろう。あいつはいつもすました顔をしているからな」


 ルイは意地悪そうな顔をした。


「仲がよろしいのですね」


「そう見えるのか?」


「ええ。良き家臣で、良き友だわ」


「ああ、そうかもしれないな」


 ルイは飾りっ気のなく嬉しそうに笑った。アリエルの好きな笑顔だった。


 それから二人は庭でワインを飲んだ。



 ボトルが空き、月が高くなる頃だった。



 馬車が門を潜り、噴水前で止まった。


 馬車から降りたエミリーは開口一番に声を上げた。


「お二人とも、何でこんなところにいらっしゃるのですか!」


「三人のことを待ってたの。月が綺麗だったから殿下と二人でお月見をしていたのよ」

 とアリエルは笑った。


「で、収穫はあったのか?」

 とルイはニヤリと笑った。


「とにかく中にお入りください。それに、アリエル様、何ですかルイ殿下の前でその格好は」


 エミリーはアリエルの姿を見て呆れた顔をした。


「いいじゃない。これが気に入ってるの。それに殿下は気にしていないわよ、きっと」


「ふむ。先ほどのドレスの貴婦人と同じ人物には見えないな」

 ルイがそう言うと、皆笑った。


 皆バンケットに集まり、酔い覚ましのお茶が出された。


「で、どうだったかしら、オリバー?」

 アリエルは好奇心に満ちた目をオリバーに向けた。


「はい、何とかハンブルグ家の次女、カレンと接触することに成功しました。カレンの話ですと、舞踏会の日以降、ハンブルグ侯爵とイーサンの様子がおかしいということでした。いつになくイライラしていて侯爵夫人や御令嬢当たり散らすこともあるそうです」


「確実に書類の盗難が効いてるわね。ありがとう。他に変わった様子はあった?」


「最近一番変わったことといえば、茶会のたびに必ず出席していたハンプシャー侯爵夫人とその娘が姿を現さなかったそうです。侯爵夫人に聞いても、たまたまよというだけで詳しくは教えてくれなかったようです。ですが、言葉の節々からハンプシャー家に対する警戒心が見えるようでした」


「ご苦労だったな、オリバー」

 ルイが言った。


「ありがとう、オリバー。ところでカレンとの親睦は深まったかしら?」

 とアリエルは聞いた。


「親睦でございますか?」


「ええ、つまりカレンに気に入られたかどうかってこと。どうかしら?」


「……それはまあ、適度には?」


 オリバーは言葉を濁した。


「……まあいいわ。ねえエミリー、カレンの様子はどうだった? オリバーに気がありそうかどうかわかるかしら?」


「はい。カレン様は、最初は控え目にお話しされていたのですが、お酒が回るにつれて大胆な行動が増えておりました。カレン様はオリバー様とお話ししているうち、好意を抱いている印象を受けました。おそらく男性として、かなり意識されているかと」


「そう、さすがね。よくやったわ、オリバー」

 アリエルは嬉しそうに言った。


「どう言うことだ、リー?」


「ハンブルグ家の次女カレンはまだ未婚よ。カレンがオリバーを気に入ったとなると、おそらくハンブルグ侯爵は全力でオリバーを懐柔しにかかってくるはずよ。皇室、特に皇太子と関係性の高いオリバーのことを逃すはずはないと思うの。この機会を利用してハンブルグ侯爵とイーサンと接近できれば御の字だわ」


「……つまり、私はアリエル様の策にハマり、これからハンブルグ家との調略の駒として使われると言うことになったわけですね?」


 オリバーは力なく言った。


「嫌だわ、そんな嫌味な言い方。これからの重要な局面で鍵を握る要職についたと言ってもらえないかしら?」


「……」


「では、次はオリバーを中心に動くことになると言うことだな」


「ですわね」


「まだ、そう決まったわけではありません。それにカレンからの動きがなければどうするのです?」


 オリバーは必死に訴えた。


「あら、その時は礼状でも出せば良いじゃない。その時はもう少しこちらから働きかけることにするわ。その辺りは何とでもなるわよ。これからオリバーにはハンブルグ家にこちらかの情報を漏らすパイプ役になってもらいたいのよ。お願いできるかしら?」


「オリバー、私からもよろしく頼む」


「……わかりました。尽力いたします」


「ありがとう!」

 アリエルはオリバーに満面の笑みを向けた。


「ではこのくらいで解散することにしよう。皆疲れただろう。よく眠れ」


 空が白む頃、ルイの一言でお開きとなった。



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