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60. オペラ劇場にて

 日が暮れた頃、ルイ達を乗せた馬車は帝国劇場に到着した。


 帝都の中心地にある、その劇場は豪奢で芸術的な彫刻を施された建築美の美しい建造物だった。


 人気の脚本の千秋楽ということもあり、貴族達で賑わっていた。


 帝国劇場の周辺には多くの馬車が停まっていたが、ルイ達を乗せた帝国刻印の入った馬車が現れると、劇場の係の者が道にあった全ての馬車を移動させた。


 それからルイとアリエルの乗った馬車の前にレッドカーペットを敷いた。オリバーからの指令なのだろう。


「仰々しいな」

 車窓から様子をみていたルイは苦笑した。


「ですわね」

 とアリエルも微笑みながら相槌を打った。


 先に馬車から降りたルイに手を引かれ、アリエルも劇場の前に降り立った。


 その場にいた者は皆、足を止めてこちらを凝視している。


「ではリー、私たちがどれ程愛し合っているか、見せつけることにしよう」


 とルイはいたずらそうに笑って耳打ちした。


「ふふ。おまかせくださいませ、殿下」


 そう言って微笑むと、アリエルはルイの腕にそっと自分の腕を絡めて体を寄せた。


「では行こう」


 二人がレッドカーペットを歩くと、その場にいるものは皆、頭を下げた。


 そして突如現れた美しい皇太子とその隣にいる美貌の女に目を奪われていた。


 劇場の中は、繊細な彫刻を施された柱が並び、天井にはクリスタルのシャンデリアが並びきらびやかに輝いている。大きくひらけたホワイエには2階に続く白い大理石の階段がのびていた。


 アリエルは立ち止まり、天井を見上げた。


 その様子を、ルイは横目で追った。


 城で初めて会った夜も、彼女はそうして城の芸術美を楽しんでいた。天を仰ぐアリエルの姿は夜の劇場に映え、一枚の絵画のようだった。


「すごく、すごく素敵だわ、殿下」

 そう言うとアリエルはルイに満面の笑みを向けた。


 初めて会った時も、ルイはその笑顔に心を奪われたのだった。


「ああ、私もこの劇場がとても好きだ。あなたに見せることができて嬉しい。今日は皇室の席を取ってある」


 そう言うとアリエルが掴んでいる自分の腕に、もう片方の腕を添え二階へと進んだ。


 階段を登り専用の通路を進むと、舞台が正面から見える、皇室のためだけに作られた特別なボックス席が用意されていた。


「リーこちらへ」

 そう言うとルイはロイヤル席のソファにアリエルを座らせた。


 アリエルは着座するとすぐに早速オペラグラスを取り出し、桟橋席にいる貴族達を見渡した。


 知った顔がいくつも見える。アリエルはハンプシャー家の存在、スミス家の存在を探した。そしてすぐにハンブルグ家の嫡男イーサンとその婚約者、そして次女のカレンの居場所を特定した。


 アリエルはルイに目配せをすると、ルイも頷いた。


「リー、ここからはオリバーに任せることにしよう。私たちの最大の役目は仲の良さを見せつけることだ」


 そう言うとルイはアリエルを抱き寄せ、唇の横にキスをした。


「ここからはすべての席が見渡せる。それはつまり、劇場の誰もが私たちを見ることができる、ということでもある」


 ルイがそう言うと、アリエルは頷きそっとルイの頬にキスをした。




 今日が千秋楽ということもあり、劇場は湧きに湧いた。アリエルも何度も涙を流し、何度も笑った。その様子をルイは愛おしそうに眺めていた。


 幕間にシャンパンが振舞われると、アリエルはシャンパンそっちのけで、真剣にルイに感想を語った。ルイはそんなアリエルの姿がとにかく可愛かった。


 これまで諜報員として国を背負い、仕事に明け暮れていたアリエルが、娯楽に触れる機会などないことは容易に想像できた。


 二人は芝居を最後まで鑑賞した後、席を立った。ルイとアリエルが大理石の階段の踊り場に立つと、その場にいたものが一斉にこちらを見た。


 二人はその視線を感じながらゆっくりと階段を降りた。ふとアリエルは強い視線を感じ、その先にいる人物を探した。


 それはハンブルグ家の舞踏会で、アリエルが一服盛ったイーサンだった。


 イーサンはこちらに気付き、婚約者と共にこちらを見ている。イーサンは怒りに満ちた目でルイとアリエルを睨みつけていた。


 アリエルは、ルイの腕に手を絡ませていた手を強く握り、寄り添いながらそっと耳打ちした。


「殿下、イーサンが呪い殺しそうな目でこちらを見ております」


「……仕方あるまい。それにあの男の素行は、私にどうこう言えるほど清らかではないだろう?」


 ルイはアリエルの腰を抱き、体を寄せて囁いた。


「……ふふ」


 アリエルが吹き出したのでルイも自然と笑みが溢れ、二人は微笑み合った。


 そんな二人の仲睦まじい様子を、その場に居合わせたものは皆黙って見つめていた。


 二人は人々の視線を気に留めることもなく、そのまま劇場を出て馬車に乗り込んだ。


 馬車が走り出すとアリエルは張り詰めていた気が抜けたようだった。


 車窓から夜景を見ていたアリエルはポツンとつぶやいた。


「……夢のような時間だったわ。こんなに楽しい夜は初めて……」


 ルイは隣に座り直し、アリエルの肩を抱いた。


「これからもっと、数えきれないくらい楽しい夜が来る」

 そう言うとアリエルは目を潤ませて小さく頷いた。


 二人を乗せた馬車は静かに屋敷に向かった。


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