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6. 病床の第四王女、呼び出される

 城を出てからの日程は目まぐるしかった。アルメリアから密輸された宝飾品は、別の宝石商を介してトルアシアの宝石協会に持ち込まれていた。


 そしてそこで協会がかける手数料が上乗せされた状態で宝石店に卸されていることがわかった。


 そしてその協会が得た手数料はそのままブルスト教会が主催するチャリティーオークションで売られる絵画の購入に充てられていた。


 いわゆるマネーロンダリングで、これにはトルアシアの宝石商だけでなく、宝石協会、ブルスト教会と、そして裏で青写真を描く力のある貴族が関わっていることが明白だった。


 宝石だけでもこれだけの規模で不正が行われているのだから、おそらく別のものについても同じことが言えるだろう。


 他国で起こっていることだからか、この裏で手を引いている貴族と王家との強い繋がりはまだ見えてこない。


 限られた時間の中でアリエルだけで全てを把握するのは難しい。


 今回はアルメリアから宝石を密輸した貴族の男とそのとつながりのある闇の宝石商、そして宝石協会とつながりのある宝石商程度しか目星がつけられなかった。


 しかも、相手は外国籍の商人だから、今回の件はアルメリアだけでなんとかなる問題でもない。


 そのため、一旦この話はアルメリアに持ち帰ることになり、不本意ながらアリエル自身の調査はこれで打ち切りとなった。


 アリエルは改めて二人の部下をトルアシアに送ることにし、帰国後も引き続き、この事件の繋がりを追うことになった。


 *


 調査に取り掛かり、アルメリアで購入されトルアシア帝国に持ち出された宝石を追っていくうちに、宝石商の足取りがわかり始めた。


 今回のこの件に絡むトルアシアの貴族とのつながりがようやく見え始めた頃、季節は夏が過ぎ秋が近づいていた。


 離宮にある大きな執務室で書類を読んでいると、執事が父からの通達を持ってやって来た。


 

 書面には「明日、トルアシア帝国より派遣された皇太子を城に招く。明日の晩餐にはアルメリア第四王女として出席するように」


 と書かれていた。


「アルメリアの第四王女」としてとは、つまり病弱で病に伏せっている王女として出席するということだった。


 アリエルはその伝令に承知したと答えた。


 アリエルはルイのことを思い出していた。


 夜の庭園で出会うまで、何を考えているのか表情からは全く読めない人だった。彫刻のように整った美丈夫だったが、初めて見たときは人間味を感じることができなかった。


 きっと、それはあの複雑な国の政治や人間関係をうまく制し生き抜くために彼が身につけた術なのだろうと思った。


 しかし、あの夜の庭園で出会った時だけは、人間らしく、暖かい笑顔で笑う人だった。


 少しだけど、心が通ったのだと思えた瞬間があった。


 あの時だけは、すごく素敵に見えたわ。アリエルは心の中でそう呟いた。


 ただ、今回彼が派遣されてくる理由は、おそらくアリエルが追いかけている件だろう。


 表向きアリエルが調査していることを知るものは数名に限られていて、全て父と兄の権限で行っていることになっている。


 アリエルは政治面には関与しないことになっている。どれだけ深く関わっていても、表にアリエルが出ることはない。


 アリエルが公の場に出るときはいつも哀れまれるべき「アルメリアの病弱な第四王女」としてだった。別に、それでいいと思っていた。


 アリエルのことは手元に置いておきたい気持ちもあってからか、両親や家族も縁談をむり進めることもなく、結婚についてもとやかく言うこともなく自由にさせていた。


 晩餐会の日、アリエルは「病弱で病に伏せっているアルメリアの第四王女」になるための準備に取り掛かっていた。


 病弱な王女になるためには、ユーリでいるよりもずっと時間がかかるのだ。


 すると激しくドアがノックされ、執事の声が響いた。


「アリエル様。トルアシア帝国の皇太子が、デューク伯爵家の宝石店にいらっしゃっており、ユーリ様を御指名でございます」


 皇太子という言葉を聞いた瞬間、アリエルの心臓は跳ね上がった。


「今、私は病で伏せっている病弱な王女の仕上がりを見せているわよ!」


 と叫ぶと、エミリーが


「では、急いでユーリ様に変更いたしましょう」

 と笑った。


 王都にある、三番目に大きな通りの一角にデューク伯爵家が営んでいることになっている宝石店はいつも用意されてあった。


 表向きは宝石店となっているが、王家の密談に使われたり、調査の拠点としても非常に便利な場所だった。いざと言う時のために、いつもそこに人は配置してある。


 また、ユーリとしてルイに会えると思ってもいなかったため、アリエルの胸は高鳴り、馬車を走らせた。


 あれこれとルイについて思いを巡らせていると、ユーリを乗せたデューク伯爵家の馬車はあっという間に宝石店の前に着いた。


 店の前にはトルアシアの刻印が刻まれた立派な馬車があり、三人ほどルイの付き人らしき人が立っていた。警護のものだろう。


 アリエルは、店の主人に促され、応接室に向かう。


「ユーリ!」


 応接室に入ると、ソファにかけて宝石を見ていたルイが嬉しそうに立ち上がった。


 応接室にも付き人の二人が控えている。ああ、本当にこの人はアルメリアに来たんだ、とアリエルは嬉しくなった。


 息を切らしながら


「ルイ殿下にご挨拶申し上げます。殿下のご尊顔を賜り、恐悦至極に御座います」


 と膝を曲げると、


「そんなに改まらなくてもよい。私が勝手に寄り道ついでに来てしまっただけだ」


 ルイはそう言うと、アリエルの知っているあの優しい笑顔を見せた。


 アリエルは、「この人のこの笑顔を知っている」と思った。


「ユーリ、私は宝石を探している。頼めるか?」


「はい、殿下。どういったものがよろしいでしょうか?」

 とアリエルが問うと、ルイはアリエルの目を見つめた。


「では、エメラルドの髪飾りを」

 とルイは言った。


「承知いたしました」


 ルイはきっとこの宝石を女性に送るのだろうと思うと、少し複雑な気持ちが湧いた。


 アリエルは二つほど、仕立ての良いものを用意させた。一つは豪奢で、エメラルドの周りがダイヤで縁取られており、大きくて存在感のある。


 もう一つは金で作られたくしの部分にエメラルドが一つと同じくらいのダイヤが一つあしらわれた小ぶりなもの。


 アリエルは後者が好みだった。だがどちらも申し分のない品質であることは人目見ればわかった。


「どちらも、贈ばれた方は喜ばれるかと存じます」とアリエルは微笑んだ。


 ルイは「そうか」と答え、しばし二つの髪飾りを見比べていた。


 そして

「こちらにしよう」

 と、小ぶりな髪飾りを選んだ。


 それからしばらくの間、ルイはアリエルとお茶を飲みながら庭園で出会った時のように、たわいのない話をした。


 トルアシアの城のバラ園の様子について、それからアリエルが好きなアルメリアの風景について。


「では、私はそろそろ行こう」

 とティーカップを置いてルイが席を立った。


「お見送りいたします、殿下」

 とアリエルも店の外に続いた。


 もう、ユーリとしては二度と会えないと思っていた人に、もう一度こんな形で会うことができた。アリエルはそれだけでとても嬉しかった。これまでの旅でも幾度も出会いがあり別れがあった。


 一度会ったきり、もう会うことのできない人の方が多いことを、アリエルはよく知っている。


 アリエルはルイとの別れに、胸がすっと寂しくなった。


「ユーリ。これは私からだ。庭園での素敵な時間をくれたお礼に」


 とルイは先ほど店で買った髪飾りを渡した。


「まあ、私こそ共犯者の方に賄賂を贈らなくてはならない身なのに」


 とアリエルは言った。


「はは。どんな賄賂が貰えるのか、それは楽しみになるな」 


 とルイは笑った。


 きっと、ルイももう会えないことはわかっているはずだ。だからこそ、無邪気な笑顔を見せてくれたのだろう。


「殿下。ありがたく頂戴いたします」


 と髪飾りの包みを手に取りアリエルは微笑んだ。


 そしてルイに近寄り、誰にも知られないように庭園でルイに刃を向けた短剣を手渡し、そっと耳打ちをした。


「賄賂にございます」


 そう言ってアリエルはいたずらな笑顔を返した。ルイはその短剣を受け取り、誰にも見つからない様にそっと腰に刺した。


 そしてアリエルの方を見つめた。


「あなたは、本当に美しい人だ」


 寂しそうにそう言って、馬車に乗り込んだ。


 アリエルはルイを乗せた馬車が見えなくなるまでその場に立ち尽くして見送った。


「アリエル様。お時間が」

 エミリーが声をかけた。


「このままでは遅刻するわね」


「はい。お急ぎください。第四王女様にはお仕度が必要でございます」


「わかっているわ。急ぎましょう」


 そう言ってアリエルも伯爵家の馬車に乗り込んだ。

この度はお読み頂きまして、誠にありがとうございました。これまで読み専だったのですが、思い立って作作品を書いてみることにしました。


もし、よろしければ最後までお付き合いいただけますと幸いでございます。


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[良い点] とてもスピード感のある展開で、素晴らしいと思いました。用語の説明など、わかりやすくてとてもうれしいです。 [一言] 自分のような鈍いものでもわかるように状況を説明してくれていてとても助かり…
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