57. 宝石商との宴
ルイとアリエルがモント・ギャラガーの店を訪れた翌日の昼、その店にエドが顔を出した。
エドが店のドアを開けると、モントはニヤリと笑った。
「おう。これは珍しいお客だ」
モントの顔を見るとエドは、
「皇室より使いとして参りました、エド・ラングラーにございます。ルイ皇太子殿下より、昨日の宝石代の支払いを届けるよう命を受けております」
と深々と頭を下げた。
「仕事が早いな。で、皇帝の側近でもそれだけのためにわざわざ来たわけではないだろう? 要件はなんだ?」
とモントは満面の笑みを浮かべた。まるで、エドのことを知っているような口ぶりだった。
それでもエドは表情を変えることはなかった。
「ルイ殿下とアリエル殿下が明日の夕食にギャラガー殿をお招きするようにとの伝達を仰せつかっております。こちらが招待状でございます」
そう言うとエドはルイとアリエルの連名の署名がなされ、封蝋が押された手紙を渡した。
モントはその手紙を手に取ると、封を開ける前に
「なるほど、承知したと伝えてくれ」
と迷いなく答えた。
エドは、にっこりと笑った。
「早々のご快諾、感謝申し上げます。お二人もお喜びになられます。では明日の夕刻、馬車でお迎えに上がらせていただきます」
「いや、迎えは目立つから結構だ。私が所定の場所に出向こう」
とモントは答えた。
「お気遣い、痛み入ります。では、明日お会いできるのを楽しみにしております」
と伝えると、エドは店を出た。
ルイとアリエルとの食事会の当日、空に星が登り始める頃、モントは帝都にある屋敷にやってきた。モントが門の前に現れると、丁重にもてなされ、すぐに屋敷に通された。
その日はエルとエミリーに加え、離宮に残っていたアリエルの部下のマリーとシモンも呼び寄せられた。城からはエド、サイモン、アレン、ハラス、そしてオリバーも来ている。
離宮とは違って美しいバンケットがあり、招かれたものは皆そこに集められ、それぞれの席で談笑をしている。
モントは一番奥の席に通された。
皆が席に着くと、ルイにエスコートされたアリエルがバンケットに現れた。
「ギャラガー氏、本日は良くぞ訪ねて来てくれた。ゆるりとくつろいでいかれよ」
と言いルイは頭を下げた。
「皆もよく集まってくれた。今日は楽しんでいってくれ」
ルイがそう言うと皆嬉しそうに頭を下げた。
「ギャラガー様、お忙しい中本日はようこそおいでいただきました。ささやかですが歓迎の意を込めて宴を用意しております。どうぞ楽しんでいってくださいませ」
とアリエルは膝を曲げた。
ルイがワイングラスを高くあげ、
「トルアシアとアルメリアの永久和平に」
と言うと皆それに続いた。
ルイとアリエルはテーブルの奥座に座るモントを囲む形で腰を下ろした。
「ギャラガー様のことは概ね存じております。元々は皇室に縁の深い公爵家の出身であれらること、その爵位を譲られてアルメリアに来られたこと。私の父の話では旅の宝石商として様々な国を旅しながら珍しい宝石を集めておられたと聞いております。だから、まさかこの取るアシアでギャラガー様にお会いすることができるなんてとても光栄です」
とアリエルは嬉しそうに言った。
「それで、二人は私に何を望んでいるんだ?」
とワイングラスを持ったモントはニヤリと笑いながらルイとアリエルの顔を交互に見た。
アリエルは真剣な目でギャラガーを見つめた。
「本日ここにいるのは本当に気心が知れているものです。そして、ここにいるものたちは皆、この国で起こっている宝石の密輸や闇商売について案じている者たちでもあります。どうか、ギャラガー様にお力をお借りしたくて及び立てしてしまいました。どうか、わたしたちにお力をお貸しいただけませんか?」
「私からも頼む」
とルイも頭を下げた。
「……なるほど。そう言うことか」
そう言うとモントは食卓についている者たちを見渡した。
皆談笑をやめ、真剣な眼差しをモントに向けた。
「見ての通り俺はしがない宝石商だ。政なんて俺には興味がない。第一俺は家を捨てた人間だ。面倒な関わりはごめんだね」
モントは一気に捲し立てるとグラスのワインを飲み干し、グラスを勢いよくテーブルに置いた。
ルイもアリエルもモントから目を逸らさず、じっと彼を見つめていた。
モントは続けた。
「だが、確かにこの国の貴族たちは腐り切ってやがる。俺はそれに嫌気がさして家を捨てた。その後色々な国を渡り歩き、アルメリアの王に出会い、久しぶりにこの国に戻ってきたら、どうだ。さらに腐敗が進んでいて、宝石商は貴族の手下に成り下がって、店先ではロクでもない宝石しか売ってない。そこそこの品は皆闇取引に使われ、法外な値段で売られている。貴族がやってることは何も密輸だけじゃねえぜ」
その場にいた全員が頷いた。
「おおかた大体のことはそっちで調べはついてるんだろう? 俺にしてほしいことがあるなら単刀直入に言ってくれ。できることであれば協力しよう。あんたの父親には返せないくらいの恩もあるしな」
そう言うとアリエルの方を見てウィンクをした。
「ありがとうございます!」
アリエルは潤んだ目でモントに手を差し出した。
モントはその手を強く握り返した。
そしてルイにもその手を差し出した。ルイは迷うことなくその手を握り返した。
「感謝する」
「ああ、ただできることはあまりないかも知れんがな。しかし、このお姫様に迫られたら嫌とは言えない」
と言ってアリエルの方を見た。
「それは、ここにいる者は皆そうですからな」
とエドが言って笑った。
「エド、やっぱり俺のことを覚えていたんだな」
とモントは言った。
「はい。先代のギャラガー公爵には大変世話になりましたから。あなた様が家を出られたことをいつも寂しそうにお話しされておられました。再びモント殿にお会いできる日が来て嬉しゅうございます」
とエドは笑った。
「やったわね! 味方が増えたわ!」
とアリエルは無邪気に笑った。
「じゃあ早速だけどモント様、私たちが洗い出した闇宝石商のリストと、黒いことをやってる一連の貴族のやり口をまとめた報告書がございます。それを見て相違がないか忌憚なき意見をお聞かせていただけませんか?」
「ああ、いいぜ。証拠は掴んでるのか?」
「数日前からルイ殿下と私で帝都の宝石店を調べて回って、贋作や劣化品にも鑑定書を付けさせました。でも、それは軽犯罪だからそれをきっかけにもっと切り込んで行きたいのですが、決め手になる犯罪の証拠はまだ掴めておりません」
「ふむ。なるほど。宝石商が闇で集まっている会合やサロンの情報ならあるぞ。口利きくらいならできるぜ。役に立つか?」
モントがそう言うと皆一様に大きく頷いた。
「マリー、シモン」
とアリエルが声をかけると、二人はアリエルの方を見て、みなまで言うなという表情で目配せをした。
「それから……」
とアリエルは再び口を開いた。
「なんだ? まだあるのか?」
「ええ、どちらかというとこれが本題なのだけど……」
アリエルが言い淀んでいるとルイが口を挟んだ。
「街で、品質は良いが見た目が冴えない宝飾品をしこたま買い付けてきた。腕の良い職人に仕立て直してもらい、売却したいそうだ。手を貸してくれるか? もちろんタダでとは言わんぞ」
とルイはモントの目を見た。
「なんだ、そんなことか。俺にも手持ちの職人ギルドがある。そこでなんとでもなるぞ」
とモントは笑った。
「お願いしてもよろしいの? 実はこの屋敷に工房を作って職人を雇おうと思っていたところだったの。とても助かるわ!」
とアリエルは目を輝かせた。
「そんなことまでしようとしていたのか?」
とルイは驚いた顔をしてアリエルを見た。
エミリーはだから言っただろうという顔でアリエルの方を見つめている。
「安心してちょうだい、エド。これでモント様に手数料をお支払いしても、十分すぎるくらい利益は出るわ。だから今回使った皇室予算は利息をつけて返せるわよ!」
とアリエルはエドの方を見て微笑んだ。
「……そんなことを企んでいたのですか……」
エドは呆れた顔をしてアリエルを見た。
「ふふふ」
「エド、お前だって金を出せと言った時、青い顔をしていたではないか」
ルイがそう言うと皆が笑った。
それからは皆、心置きない時間を過ごした。
食事会が終わると、アリエルはその夜、闇に紛れてマリーと入れ替わるように離宮に戻った。皇室での晩餐会が直前に迫っていたためだ。
久しぶりに離宮のベッドに潜り込み、ここ数日に起こったことを反芻していると、ルイがいないことがなんだか寂しく思えてきて、照れ臭さを払拭するように目を硬く瞑って誤魔化すことにした。




