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56. 皇太子からの贈り物

 アリエルが最後に視察を希望した宝石店は、これまで行った店とは明らかに異なる店だった。


 宝石協会とは何の繋がりも関わりもない店だ。


 その店は華やかな通りから三本ほど奥まったこぢんまりとした通りにあった。見た目は宝石店にはとても見えず、よろず屋のような店構えだった。


「本当にここで良いのか?」


「はい。マリーの調べではこちらの店なのです」


「わかった。では行ってみよう」


 ルイはアリエルの手を取り、自分の腕に絡ませた。


 店は、非常に狭く護衛まではとても入れる余裕はなかった。アリエルは見えないようにドレスの袖に仕込んでいる短剣を、ドレスの布越しに触った。ガラス越しに見える店員は店の奥に座る男一人だった。他に誰かが店にいる気配はない。


「ここはユーリと私だけで行こう。お前達は店の外で待て。何かあったらすぐに来てくれ」


「御意」


 ルイがそういうと、シモン達は深く頷いた。


 ルイはその店の古びた扉を開けた。


 外壁の古めかしさとは裏腹に、店は年季を感じるが手入れが行き、ホコリひとつなくとても清潔だった。何よりも店に入った瞬間に感じた重厚感に、ルイは好感を持った。


 この店では良質な金品を扱っている、何となくそう感じた。


 店の奥のカウンターの前に、店主と思わしき一人の男が座っていた。その男は、これまでの宝石店にいた店員とは明らかに違う雰囲気の男だった。その男は独特の威厳にも似た風貌があり、一見すると地味だが、身につけている服は上等な品だった。


 しかし、その男の後ろ盾まではルイにはわからなかった。


 ルイは店主の男に話しかけた。


「店主、急な訪いを許せ。実はこの令嬢に似合う宝石を探している。見せてもらえないだろうか?」

 店主の男はしばらくの間、ルイとアリエルを値踏みするような目で見ていた。


「これは、珍しい客が来たもんだ。皇太子殿下と御令嬢か。そちらの御令嬢は何が欲しいのだ?」


 愛想のないその店主は、アリエルにぶっきらぼうに聞いた。


「リー、ここではあなたが本当に欲しいと思うものを言えば良い」ルイが耳元で囁いた。


「首飾りが欲しいのですが、見せていただけますか?」

 アリエルは臆することなく店主の目を見つめて微笑んだ。


 店主はアリエルをジロジロと見ると、少しの間腕を組んで考えていた。

「あいわかった。ちょっと待っていろ」そう言って店の奥に消えた。


 しばらくすると、三つの宝石箱を持って戻ってきた。店主はその宝石箱をカウンターに並べた。

「あんたの欲しいものが、きっとこの中にあるはずだ」


 そう言って店主はニヤっと笑うと、一つずつ箱を開けはじめた。


 一つ目の箱にはアリエルが見たこともないほど大きなダイヤモンドの首飾りが入っていた。中心のダイヤの周りにも小さなダイヤがふんだんに散りばめられ、縁取りの装飾も繊細で上品だった。


「素晴らしい品ね……」アリエルは目を輝かせた。


 二つ目の宝石箱の中身はエメラルドの首飾りだった。大きな菱形のエメラルドの横に、小さなアクアマリンが添えられているデザインのものだった。これもアリエルがこれまで見た中で最も透明度が高く、縁取りに使われているプラチナの輝きも美しかった。


「これも素敵だわ」とアリエルは微笑んだ。


 しかし、三つ目の宝石箱を開けた時、アリエルの目はその首飾りに釘付けになった。


 大粒のダイヤが連なり、ダイヤを縁取るプラチナの造形美が見事な首飾りだった。しかしアリエルの目を奪ったのは、首飾りの中央に配置された大きな宝石だった。大きなしずくの形をしたその大きな石は、遠目にはエメラエルド色にも見えるが、店のランプの光の下では青みがかった赤に輝いている。


「……これ、アレキサンドライトね?」


 太陽の光の下ではエメラルドをしているその石は、夜になると青みのある赤にその輝きを変える。アリエルも父からその宝石の話を聞いたことがあったが、本物を見るのはこれが初めてだった。


「とても美しいわ……」

 アリエルは、その首飾りから目が離せなかった。


「リー、これが欲しいのだろう?」

 首飾りを見つめていたアリエルは顔を上げた。


「どうしてわかったのですか?」


「それくらい、あなたを見ていればわかる」


 ルイは驚くアリエルを見て微笑んだ。


「でも、本当にとても高価だわ。それに私、一度手に入れたらきっと手放せなくなる……」


「でも、欲しいのだろう?」


「……」



「店主、着けてみてもいいか?」


「ああ、かまわんよ」

 ルイは、首飾りを手に取り、アリエルの首元にそれを付けた。


「よく似合っている」


「ほう……これは美しい……御令嬢、あんた、本当に美しい女じゃな」


「店主、譲ってもらえないか?」


「ああ、構わんよ」


「……殿下、本当によろしいのですか?」


「なんだ、リー。あれだけしっかり貢げと言っておったではないか?」


 ルイはアリエルを見つめ、嬉しそうにからかった。


「あ、あれは、別にそう言う意味で言ったのではなくて……何て言うか……」


「はは。あなたは本当に欲のない人だな」


「御令嬢、不粋な事を言うもんではないぞ。男は本当に惚れている女にでないと、こんな馬鹿みたいに高い石ころを贈ったりせん。黙って受け取りなさい」


 店主は笑った。

 アリエルはルイの方を見た。

 ルイは優しい表情をアリエルに向けていた。


「……ありがとうございます、殿下。ずっと大切にします」

 アリエルの潤んだ瞳はルイを真っ直ぐに捉えた。




「ところで御令嬢、あんた何者だ?」

 店主は真面目な顔をして尋ねた。


「あんた、ただの貴族の娘じゃないだろう?」

 店主はまじまじとアリエルの顔を覗き込む。


 店主はしばらくアリエルの顔をじっと見ていた。


「俺は、あんたによく似た雰囲気の人間を知っている」

 アリエルはただ黙っていた。


「昔、あんたに似た男に、宝石のついた短剣を譲ったことがある。あんたを見ていたらその男を思い出したわい」


 店主がそう言った瞬間、ルイとアリエルは顔を見合わせた。


「店主の言う短剣とは、これのことか?」

 ルイは腰に刺していた短剣を取り出し、店主の目の前に差し出した。


「ああ、これだ。もしかして、あんた、デュークの娘か……名は確か……アリエルだ」


「ええそうよ。これは私が父から譲り受けたものだわ。そして、私が殿下に贈ったものよ」


「そうかい。納得がいった。あんた、アルメリアの王の娘か」


「ええ。父をご存知なのね?」


「ああ、よく知っている。あの男に宝石を教えたのは俺だ」


「そうだったのね……」



 しばらく考えていたアリエルは思い出したように言った。


「私、あなたのことをとてもよく存じております。父が宝石の話をする時、いつもあなたのことを話してくれていたから。あなたはギャラガー公でいらっしゃいますね?」


「ああ、昔そういう名前だったこともある。今はただのモント・ギャラガーだ」


 そう言うとモントは手を差し出した。アリエルは嬉しそうに両手でその手を握り返した。そしてモントはルイにも手を差し出した。ルイもためらわずにその手を握り返した。


「ふむ。あんた達はここ数日ちょっとした噂になっている。皇太子が病弱な婚約者の王女そっちのけで、貴族の娘にのぼせあがっているらしいとな」


「ふふふ」


「どうやら実情は違うらしい」


「どうか、ご内密に」


 アリエルはすました顔をして膝を曲げた。


「みくびってもらっては困る」

 モントはイッと歯を見せて笑った。


「それに、皇太子殿下はこう見えてなかなか見る目のある男だということがわかった」


 そう言うとモントはルイの肩を叩いた。ルイは嫌な気持ちは湧いてこなかった。こんな出会いもあるのかと、なぜか不思議な縁を感じた。


「また来てくれ」宝石箱を差し出した店主は言った。


「ああ、必ず。近々使いを寄越す」

 そう言うとルイは宝石箱を受け取り、アリエルと共に店を出た。


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