54. 王女の一日
玄関でルイを見送ったアリエルは、再び執務室に戻った。今のうちに離宮から持ち込んだマリーの報告類を見返しておきたかったからだ。
マリーの報告書には、宝石協会に所属しているかどうか、宝石協会との取引があるかどうか、店の大きさ、扱っている宝石の種類、宝石の品質、商品の価格、その詳細が事細かに記されていた。
ほぼ全ての店が宝石協会と何らかの形で関わりがあり、全く宝石教会が関与していない宝石店は、二店だけだった。しかし、そのうちの一つは闇宝石商とのつながりのある店だ。
実質宝石協会が関わっていない店は一つしかなかった。アリエルは一つの店のことが気になった。
それからアリエルは宝石の密輸に関わっている宝石商のリストに目を通した。宝石商の顔、風貌など細かいことまで頭に入れておくためだ。
集中していたアリエルは、ドアのノックにも気づかずエミリーの呼びかけでようやく我に返った。
「ユーリ様、仕立屋が到着いたしました」
「ああ、そうだったわね。今日は殿下が仕立屋を呼んでいたのね」
「まさか、お忘れでしたか?」
「……確認しなきゃならない書類があるんだけれど……立ち会わなきゃだめかしら?」
「……殿下から何と言われたか、お忘れですか?」
「……わかっているわよ。今行くわ」
しぶしぶ客間に入ると、アリエルはあっという間に四人の針子に囲まれた。手際よく身ぐるみを剥がされ、身体中のあらゆる場所を触られ、採寸された。
エミリーは針子の責任者と思われる中年の女性と熱心に話し込み、様々な色の布をアリエルにあてがっていた。
アリエルはその場から動くことを禁じられ、人形のようにただ立ち尽くしていた。
エミリーと針子達のしている会話の半分くらいは、何を話しているのかよく理解できなかった。
かろうじてわかったのは
「ユーリ様はコルセットを好まれないから、作るとしてもなるべく薄くて締め付けないものを用意してちょうだい」
という部分だった。
この時ばかりはエミリーを褒め称えたかった。
ようやく採寸が終わったかと思うと、靴の選定が始まった。
山のように並べられた靴を次から次へと履かせられた。エミリーが立ち姿を逐一確認し、アリエルは何度も部屋中を行ったり来たりせわしなく歩いた。
足に豆ができそうになった時、ようやくエミリーは満足し、アリエルは解放された。
アリエルの好みは全く聞き入れられなかったが、泣きの一声で好きな靴を一足だけ購入することを許された。ヒールがなく柔らかい牛の皮で作られた靴だった。軽くてとてもはき心地が良いものだ。
仕立屋は全ての作業を終えると、地面に頭がつきそうな程深く頭を下げ、屋敷を後にした。
「……やりきったわね……」
アリエルの声は疲労感に満ちていた。
「まだ終わっておりません。殿下も夕食をこちらで召し上がる予定です。イブニングドレスのご準備をなさってください」
「……」
アリエルは夜の晩餐に合わせ、街で購入したばかりの背中が大きくあいた藍色のイブニングドレスを身につけ、目元と口元がくっきりと強調された化粧を施された。
「ねえ、これちょっと露出が多くない?」
「あでやかと言ってください」
「……そう……」
アリエルの支度が終わる頃、ルイは屋敷に戻ってきた。アリエルはルイを玄関で出迎えた。
「お帰りなさいませ、殿下」
アリエルが膝を曲げると、ルイはアリエルを見つめた。
「ふむ……美しいな、アリエル」
そう言うと、肩を抱き頬にキスをした。
「エミリーが頑張ったのよ」
「ああ、そのようだな」
ルイは満足そうに笑い、しばらくの間アリエルの姿を見つめていた。
「アリエル、宝飾品が必要だな。明日は宝石店の視察に行くことにしよう」
アリエルはルイとの食事を済ませると、すぐさまドレスを脱ぎ捨て、湯あみをした。そして普段のネグリジェになると、そそくさと執務室に向かった。
一人で執務室に篭ると、靴を脱ぎ執務用の椅子に深々と腰をかけ、両膝を立てた。今夜は疲れていたのでお茶の代わりに、赤ワインも拝借してきている。
アリエルは昼間に確認できなかった帝都の宝石店について、もう少し頭に入れておきたかった。
それに宝石協会と関わらずに商いを行なっている宝石店のことも気になっていた。
マリーの報告では、その宝石店は街の一番端の通りにあり、こじんまりとした店のようだった。この店だけは詳細の記載がなかった。アリエルはその店を査察の際にのぞいてみることにした。
しばらくの間、アリエルは椅子の上にあぐらをかき、ワイングラスを片手に書類に没頭していた。そのため、ルイが隣に立っていることに長いこと気が付かなかった。
「私もそのくらい熱い視線で見つめられてみたいものだ」
ルイはアリエルの肩に頭を乗せてつぶやいた。
「殿下!……いつからそちらへ?」
アリエルは慌てて居住まいを正した。
「相変わらずおてんばだな」
「……」
「リー、私のワインはないのか?」
「ご一緒していただけるのですか?」
アリエルは嬉しそうに聞いた。
「ああ、おてんば娘の共犯者だからな。宝石店と協会について、私も書類に目を通しておこう。説明してくれるか?」
「はい、もちろんです」
二人はソファに並んで腰をかけた。
ワインを飲みながら話し込んでいると、アリエルはいつの間にかまぶたが重くなった。ルイの肩に頭を預けているうちに、その場で眠り込んでいた。
どのくらい眠っていただろう。暗がりの中で目を覚ましたアリエルは、自分がどこにいるのかわからなかった。上半身を起こして目を凝らしてみる。
「目が覚めたか?」
そばでルイの優しい声が聞こえた。
「……ルイ殿下?」
「ソファで眠っていたから、私の部屋まで運んだのだ」
「……ごめんなさい……私、殿下の前で失態ばかりだわ……」
「そんなことはない。私はあなたの存在に救われている。リーと出会えなければ、私は未だずっと孤独だった」
「……優しい慰めだわ……」
「本当のことだ。夜が明けるまでもうしばらく休め」
ルイはアリエルを布団に招き入れ、腕の中に抱きかかえた。




