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50. 皇太子と貴族令嬢との逢瀬

 翌日の早朝、人通りが少ないうちにアリエルは一通りの荷物をまとめて帝都に借りている屋敷へと移った。


 屋敷はもともと部下のマリー達の偵察用のために用意したものだ。帝都の住宅街から少し外れたところにあり、壁が高く屋敷を囲む庭が広いことが特徴だった。


 まさに外観はさほど豪奢ではないが、品のある宮殿で貴族の屋敷としては申し分ないものだった。


「なるほど、なかなかいい物件ね。エドが選んだの?」


「はい。エド様の遠縁の方が帝都滞在する際に使われていたそうです。今年は滞在の予定がないため、安く借り受けることができたようです。壁には一応罠を仕掛けておりますので、誰か忍び込んできたらすぐにわかるようになっているそうです」


 シモンは言った。


「エドって有能なのね」


「陛下の腹心中の腹心の方ですから」


「アリエル様、今日からは伯爵令嬢ユーリ様として、皇太子殿下の隣に立ち、目立つようにきらびやかに立ち振る舞っていただく必要がございます。これまでは身なりにつきましてもとやかく言いませんでしたが、今後はそういうわけにはいかないということをご自覚くださいませ」


 エミリーは強い口調で言った。


「……わかっているわよ……まあ、ひとまず執務室へ案内して頂戴」


「……」


 アリエルが一通り屋敷を見て回り、執務室が椅子に腰をかけると、エミリーがお茶を運んできた。


「ところでエミリー、この屋敷の倉庫に小さい金細工の工房を作ってもらえないかしら? それから腕のいい金細工職人と宝石職人、鑑定士を手配してもらえる? 短期間でいいから高賃金で雇って頂戴」


「承知いたしました……」


「殿下に貢いで頂く予定の宝飾品を仕立て直して売却したいのよ」


「……まさか売るつもりなのですか?」


「大丈夫よ、高く売るから」


「……」


「公費は無駄にはできないでしょう?」


「……承知いたしました」


 エミリーとシモンはそれぞれ客室に書斎を構え、アリエルも屋敷を一通り見て回りサロンで一息ついた時だった。


 離宮から連れてきていた使用人がくつろいでいたアリエル達に駆け寄った。


「アリエル殿下、皇太子殿下がお見えです」


「え、殿下が? ……お入りいただいて」


 ルイはオリバーと共に現れた。


「アリエル!」

 ルイは嬉しそうにアリエルを抱きしめ頬にキスをした。


「殿下、どうなさったの? 急ぎの用がございましたか?」


「ああ、急ぎの用だ。恋人に会いに来るのはいつだって火急の用に決まっているだろう?」

 そう言うとアリエルの頬にキスをし、いたずらそうに笑った。


 アリエルは何も言い返すことができず、ただ赤くなりその場に硬直していた。


「あなたにも苦手なことがあると見えるな」

 とルイは笑った。


「からかわないでくださいませ」

 アリエルの頬は一層赤く染まった。


「火急の用と言えるかはわからないが、今後のことを話したくてきたのだ。急な訪いを許せ」

 ルイはアリエルを腕の中に抱くと、アリエルは黙って頷いた。


「アリエル、これから私は伯爵令嬢のユーリに入れ上げている皇太子になる。そこで、この屋敷に通い詰めて、公務を投げ出している体にすることにした」

 ルイは嬉しそうに言った。


「私の城での執務だが、役人が上げてきた書類の精査と予算配分の確認が主な仕事だ。その中には貴族からの嘆願書や税収に関する書類もある。


 アリエルは今まで離宮にいたから目を通すことが難しかったと思うのだが、私がここで執務を行うことで、あなたも書類に目を通す機会になるだろう。


 書類を見るだけでも税や貴族、国民の動きを見ることができる。アリエルさえよければこの屋敷の一室を借りて執務を行いたいのだが、どうだろうか?」


「よろしいのですか? 私が目を通しても?」


「ああ、もちろんだ。その代わり、この屋敷の一室を私も借りることになる」


「それでしたら、この執務室が広いので、殿下さえよければこちらを一緒に使っていただくのはいかがでしょうか?」


 アリエルは嬉しそうに言った。


「では遠慮なくここに居座ることにしよう」

 とルイは嬉しそうだった。


「それからアリエル。これからはあなたの身に着けるものは、私が贈ることにしよう。エミリー、アリエルは着飾ることに興味がないだろうから、協力してくれるか?」


「もちろんでございます」


 とエミリーはこれまでで一番の笑顔を見せた。


「では、早速準備を。来週の皇室の晩餐まではできるだけこの屋敷で過ごすことにする。オリバー、手配してくれ」


「承知いたしました」


「……殿下、まさかこちらに滞在するおつもりですか?」

 アリエルは半信半疑で尋ねた。


「ああ、昨日言ったではないか。やるなら徹底的にやると」

 ルイは嬉しそうに笑った。


「シモン、客室の用意を頼む」

「かしこまりました」


「アリエル、これからできるだけ街に視察に回るぞ。私は今まで皇太子という立場からあまり表立っては動けなかったのだが、良い口実ができた。この機会を存分に利用させてもらう。付き合ってくれるな?」


「……そう言うことでしたら、ご一緒させていただきます」


「エミリー。出歩くときは、アリエルをできるだけ華美に目を引く様に着飾ってくれ。金に糸目はつけるなよ」


「承知いたしました」


「では、早速でかけることにしよう」


「今からですか?」


「ああ、これから動くにしても、今手持ちの衣装では心許ないであろう。せっかくなので皇室の蔵が傾くほど、宝飾品と衣装を購入することにしよう。何せ私は放蕩息子なのでな」


「アリエル様。殿下は暗に、今のような粗末な服は着るなとおっしゃっておられるのですよ」


 エミリーは耳打ちした。アリエルは今日も町娘のような質素なワンピースを着ていた。


「……わかりました……じゃあ、エミリー着飾って頂戴。できるだけ早くお願い」

 アリエルはため息と共に言った。


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