49. 第二皇子の策略
「おお、マティス。良いぞ、話してみろ」
皇帝は頷いた。
「ありがとうございます。私の見解について少しお話しても良いでしょうか?」
マティスがそう言うと、全員が頷き一斉に彼の方を見た。
「アリエル殿下の離間の計は効果的な策だと思います。ただ、兄上もおっしゃったように、この三家を決定的に対立させるには少し弱い気がします。しかしハンプシャー家がハンブルグ家を裏切っただけでなく、皇帝側に寝返るとなったら話は変わってくるのではないでしょうか?」
「ふむ、なるほど。それは一理ある。しかし、どうやって寝返らすのだ?」
「例えばですが、アリエル殿下の存在を使ってみてはいかがでしょうか?」
「どう言うことだ?」
「今、このトルアシアでアリエル殿下の本来の姿を知るものは限られています。対外的にアリエル殿下は病弱な王女という扱いになっています。これを利用してはいかがでしょうか?」
「利用するとは、どう言うことだ?」
ルイが聞いた。
「はい。まず、二人の婚約を利用して兄上と父上が対立している構図を作ります。
兄上は父上が決めた婚約に最初はしぶしぶながら同意はしていた。しかしハンブルグ家の舞踏会で出会ったアルメリアの貴族令嬢に好意を抱く。
そして公務を投げ出してのぼせ上がり、この婚約を反故にし、アルメリアの貴族子女との結婚を画策している。それに腹を立てた父上と兄上の間に確執が生まれている。
そこで、父上とハンプシャー家が結託し、これまで影の存在だった私を皇太子に推す動きが出ている。そのような噂を流し、ハンプシャー家がその権力を確固たるものにしようとしていることを匂わす。
そうすることでおそらくハンブルグ家とスミス家は、ハンプシャー家と敵対してでも、兄上の側につき、兄上を皇帝にするように動くのではないかと考えられます。
そうなると、権力は二分され、これまで結託して隠蔽してきた不正や横領も表に出やすくなるのでは」
「ふむ。今ある権力を二分するには悪くない案だな。机上の空論としてはよくできた筋書きだ。今のところ他に策もないだろう。しかし、問題が一つある」
と皇帝は静かに言った。
「問題はマティス、お前自身だ。お前が少しでも今後皇帝の座に着くことを考えているのであれば、この策ではうまくいくまい。お前の意思はどうなのだ?」
マティスはしばらくの間黙っていた。
「……私は……私は皇帝の座に着くことよりも、父上や兄上と共に心を通わせ合って生きたいと思っています。
今回アリエル殿下がトルアシアに来てくださったことで、初めて兄上やアリエル殿下と共にこの国のために生きたいと思うことができたのです。
私はこれまで孤独を感じていましたが、ようやく志を共にできる人間に出会えたのだと嬉しく思っています。それに、私は皇帝の器ではありません。父上や兄上を見ていると、私に皇帝が務まるとは到底思えないのです。だから……」
マティスの茶色く真っ直ぐな眼差しが皇帝を見つめていた。
「……あいわかった。もしマティスが皇帝の地位が欲しくなった時は、どちらがふさわしいのか改めて決めることにしよう。良いな。その時が来る時まで二人とも、この父に力を貸してくれ」
皇帝はルイとマティスの双方を見た。
「御意」
ルイとマティスは頷いた。
「では先ほどのマティスの案だが、なかなか面白いのでやってみるが良い。良いな、アリエル?」
「承知いたしました。しばらくの間、貴族の娘である私にルイ殿下を貸していただけると言うことですね?」
「ああ、ルイはもうそなたのものだ。好きにして良いぞ」
皇帝はニヤリと笑った。
「ありがとうございます、陛下。では、しばらくの間ルイ殿下をお借りすることにいたします」
とアリエルは微笑んだ。
「よし、では後のことはお前達に任せる。エド、明日詳細を報告しろ。私は先に護衛と共に城に戻る。ルイ、マティス頼んだぞ」
「御意」
「……ルイ、にやけておるがこれは任務だぞ」
「……わかっております」
「公務の方も抜かるなよ」
「……わかっております」
「ではアリエル、また晩餐の日に」
皇帝は静かに席を立ち、会議室を出た。
「では、ここからは私たちで詳細を詰めることにしよう」
とルイが言った。
「陛下よりしばらくの間ルイ殿下を好きにしてもよいと言う許可をいただきましたので、この機会にルイ殿下と私で宝石の密輸転売についての摘発に動きたいと思います」
アリエルはルイを見て言った。
「貴族令嬢でしたら殿下とご一緒に宝石店への出入りもしやすいし、屋敷に宝石商を呼ぶこともできるから適任だと思うの」
「そうだな、しばらくの間、私とアリエルは宝飾絡みの犯罪を追うことに注力しよう」
「明日からしばらくの間、私は今マリーが使っている屋敷に滞在することにするわ。マリーは私に変わって、離宮で貴族の税務調査と国税の収支の調査を継続して頂戴。エルはマリーと一緒に離宮に残って業務に当たって。シモンとエミリーは私と一緒に帝都の屋敷へ移ってもらえる? しばらくの間、使用人と護衛も連れて行くことにするわ」
「承知いたしました」
四人は答えた。
「それからエド、ルイ殿下が自由に使える皇室の予算はどれくらいあるのかしら?」
「ルイ殿下には毎月金貨200枚程の予算が割り当てられておりますが、足りませんか?」
「ええ、全く足りないわね。ルイ殿下にはしばらくの間、貴族令嬢に貢いでいただく予定だから。宝飾品は高くつくもの。もっと出して頂戴」
「……」
「エド、何とかしてくれ」
とルイも言った。
「……陛下にご相談し、できるだけ融通いたします」
「ふふふ。ありがとう、エド。ルイ殿下、しっかり貢いでくださいませ」
「ああ、もちろんだ。ようやくあなたに宝飾品を贈る機会を得ることができた」
「……殿下、任務です」とオリバーが言った。
「……わかっている」
「では、ハンプシャー家とハンブルグ家に関する流言や、父上と私の不仲説の流言はエドを中心にこちらで指揮をすることにしよう。この国の貴族の扱いには慣れているからな」
「私は母上の身辺を探りながら、流言がどれくらい広まっているのか、調査することにします」とマティスは言った。
「ありがとうございます。その間に私たちは、ルイ殿下と貴族の娘の色恋沙汰の啓蒙活動に励むことにするわ」
「やるからには徹底的にやるぞ」
とルイは言った。
皆一様に頷いた。




