45. 思いがけない来客
ルイから、急に会わせたい人間がいる。
明日離宮に連れて行くという知らせが届いていた。
アリエルは前日に来客があることをエミリー達にも知らせていた。しかし、誰が来るのかまではルイの手紙では伝えられていななかった。
来客当日、その来客はルイとオリバーと共に馬車に乗ってやってきた。
馬車の音を聞き、アリエルは玄関までルイを迎えに出た。そこでルイの隣に立っていたマティスを見て、アリエルは驚いた。
それはマティスも同じようで、玄関まで出迎えに行ったアリエルをみて目を丸くした。
「これは素敵なお客様だわ!」
とアリエルは笑った。
「いつもあなたに驚かされるから、驚かせたかったんだ」
とルイは笑い、アリエルを抱き寄せた。
「まあ、嬉しい驚きだわ」
と言ってアリエルはルイの頬にキスをした。
それから驚きのまま硬直しているマティスの前に向き直り、
「マティス殿下にご挨拶申し上げます。アルメリアより参りました第四王女のアリエルにございます。またお目にかかれて光栄でございます」
と膝を曲げた。
「トルアシア帝国、第二王子のマティス・ハーノバーです。こちらこそ、お目にかかれて光栄です」
とマティスは膝を折った。
「仲良しになったのね」
とアリエルは嬉しそうに言った。
「それはこれからだ。でも、まずはあなたに紹介したかった」
とルイは笑った。
「……あなたは、あの、婚約式に出ていたアリエル殿下なのですか?」
と黙っていたマティスは恐る恐る尋ねた。
「ふふふ。そうよ。あの、色々と事情があって、世間の目を忍ぶ仮の姿と言いますか、とにかく、私は今病弱なことになっているの」
とアリエルは言った。
「では、兄上の婚約者と言うのは……」
「ええ、私よ」
「……」
「私にも可愛い弟ができるのね。これからどうか、仲良くして頂戴」とアリエルは笑った。
マティスはいきなり現れた兄の婚約者の美しい王女に、戸惑っていた。
だが、笑顔を見せてから言った。
「兄上が先日、この結婚に意義がないとおっしゃっていた理由がわかりました」
「まあ、ルイ殿下とマティス殿下は同じ笑顔をしてらっしゃるのね」
マティスはルイとは違い、色素の薄い中性的な顔立ちに、幼さの残る面影が印象的な純粋な少年だった。アリエルは、初めての弟の存在に嬉しくなった。
ルイとマティスは会議室に通された。
「この宮殿って実はそんなにお客様をお招きするのに適していなくて、来客室と呼べるのがここなの」
とアリエルは申し訳なさそうに言った。
「でも、よかったらゆっくりとくつろいで行ってください」
「ありがとうございます」
「マティス、ここなら落ち着いて話ができると思い、お前をここに連れ出したかったのだ」
「お二人でお話されますか?」
とアリエルは尋ねた。
「いや、あなたにも一緒にいてもらいたい。それにお前達にも」
そう言ってルイはオリバーとアリエルの部下を見渡した。
「今日、マティスに来てもらったのは、この国で何が起こっているのかについて知る権利を与えたかったからだ」
ルイはマティスの正面に向かって座っていた。
「お前は自分の人生を選ぶことができる。真実を知ることを選ぶか、知らないことを選ぶかだ。どちらを選ぼうとも私はお前の選択を尊重するつもりだ」
マティスは真剣な眼差しをルイに向けていた。
「必ずしも知ることが幸せだとは限らない。真実を知ることはお前にとっては非常に酷なことかも知れない。だからこそ自分で選んで欲しい」
「私には、今まで誰も私に教えてくれる人はいませんでした。何かを知りたいと思っても、誰も手を差し伸べてはくれませんでした。だからこそ、私は真実を知りたいと思います」
とマティスは言った。
「マティス殿下、あなたは皇后から、そして皇帝陛下からもとても愛されていらっしゃるのね」
とアリエルは優しく笑った。
「あなたに何も知らせなかったのは、決してあなたに悪意があってのことではないわ。皇后はきっとあなたを守りたかったのだと思う。すべては愛情から来ているということだけは忘れないで。あなたは間違いなく愛されていると思うの」
とアリエルが言うと、マティスの目には涙が浮かんでいた。
「私はずっと、父上は私に無関心なのだと思っていました。私は、父上にとって、この国にとって必要のない存在なのだと、そう思っていました」
「マティス、それは違う」
とルイは強い口調で言った。
「父上は、何も知らないお前を巻き込みたくなかったのだ。お前がこの国に巣食う嫌らしい連中に利用されるようなことにだけは避けたかった。全てお前のことを思ってのことだ」
マティスは静かに頷いていた。
「では、今この国で何が起こっているのか。真実を私から話そう」
前皇后の死、この国の議会政治それに絡む汚職や犯罪、その全てに皇后の実家であるハンプシャー家が関わっていることを、マティスはただ淡々と聞いていた。
「わかりました」
と悲しそうにマティスは言った。
「大体、私が立てていた仮説が、やはり現実だったのですね……」
「マティス、お前は気づいていたのか?」
「いえ、前皇后については私も詳しくは知りませんでした。しかし、母上が何かを隠していることは私にもわかっていました。おそらく、前皇后のことについても母上はご存知なのでしょう。そして、この国で行われている汚職や欺瞞についても大まかなところ母上はご承知なのでしょう。母上自身がそれに関わっているのかは、私にもわかりませんが」
「お前にとっては、辛い真実だったな……」
「いえ、何も知らされないことの方が私にとっては辛いことです。あとは、私がどう受け止めるかです」
とマティスは淡々と答えた。
アリエルは、マティスは周りが思っているほど弱くない。むしろ何も知らされない状況下に長期間置かれていても、自身で真実を見つけようとするその姿から聡明で意志の強い人間だと思った。
「マティス殿下、私がこの国に来た本来の目的はこの国で何が起こっているのか綿密に調べるように皇帝陛下から命を受けたからなの。
私の本来の仕事は、諜報員としてこの国を探ることよ。結果としてルイ殿下を愛するようになり結婚することになったのだけれど、本来の私の仕事はこの国の調査よ」
「なんと……では、アリエル殿下はこの国で起こっていることを全てご存知なのですか?」
とマティスは好奇心を抑えきれない目でアリエルを見た。
「いいえ。私にもまだわからないことばかりよ。でも、あなたが望むのであれば私が知っていることは全てお話しするわ。その上であなたはこの国をどうしたいのか、どう生きていきたいのか決めるといいわ」
「アリエル殿下……私は知りたいです。その上で自分がこの国で何ができるのかをもう一度考えてみたいです」
「わかったわ。マティス殿下、ここにある資料は全てお見せします。きっとあなたなら、何が起こっているのか理解できるはずよ」
「よろしいのですか?」
「いいわよ。今更隠すつもりはないの。書庫にある資料は好きに見てちょうだい。ただし持ち出しは厳禁よ」
「ありがとうございます」
「ちょうどいいわ。エル、マティス殿下の案内と資料の簡単な説明を」
「承知いたしました」
「エルは私の部下よ。とても優秀なの。こう見えて、一応公爵の三男で、侯爵の地位も持っているのだけれど、どう言うわけか私の下でずっと補佐してくれている変わり者よ」
「アリエル様ほどではございませんがね。では、マティス殿下ご案内します」
そう言うとルイはマティスと共に出て行った。
「ルイ殿下と私は執務室にいるわ。よろしければ後ほどお越しください。そちらの資料もお見せしましょう」
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