44. 夜中の訪問者
図書館でマティスと話した後、ルイは執務室に向かった。
「……母上は、私がこの国のことを知ることを、良く思っていません。この国のことだけでなく、政治や父上や兄上にも関わることをあまりよく思っていません」
と言ったマティスは悲しそうな顔をしていた。
おそらく彼は母親の監視下のもと、この城で孤立している。彼の意思や気持ちなど何も反映されることはないのだろう。
マティスの発言からもやはり、皇后は真実を知っている。真実を知っていてマティスを全てから遠ざけようとしている。皇后がこの大きな欺瞞をどこまで知っているのかは分からないが、ルイの母親の暗殺については知っていることは確かだった。
ルイは、マティスにどこまでを伝えるべきか悩んでいた。そう思った時、アリエルの顔が浮かんだ。彼女なら打算抜きに、きっとマティスとの関係を築こうとするだろう。マティスは、ルイにとって唯一血を分けた弟であり、血縁という意味は家族だった。
ルイは執務室に戻ると、オリバーを呼んだ。
「お前のおかげで、少しだがマティスに近づくことができた」
「それは、ようございました」
とオリバーは笑った。
「マティスの動きは周りに見張られている。従者、使用人がマティスの動きを逐次皇后に報告しているようなのだ」
「随分と過保護ですね……」
「いや、そうではない。マティスが父上や私、それに議会や政に関わらないように、皇后が目を光らせているのだ」
「なんと……では、マティス殿下が公に出てこないのは」
「ああ、おそらく皇后が牽制しているからだろう。表向きその動きはマティスには皇帝の座を狙う意図はない、という意思表示に映る。しかし、実際はマティスが真実を知ることから遠ざけているのだろう」
ルイがそう言うと、オリバーも頷いた。
「この国の汚職、暗殺、不正の全てにハンプシャー家が関わっていることを、マティスに知られることのないよう細心の注意を払っている。だから、マティスはこの城で、意図的に孤立させられている。唯一の味方が皇后しかいない状態だ」
「そうでしたか……」
「私は長いこと家族というものが煩わしく、関わりを持つことを避け続けて来た。そのせいで、マティスに辛い思いをさせていたのかも知れない」
「それは、決して殿下の責任ではないかと」
「いや、私たち家族のあり方の問題だろう」
とルイは悲しそうに言った。
「まずは、私とマティスのお互いの状況と情報をすり合わせるところからだな」
「はい」
「二人だけでゆっくり話がしたいのだが、マティスの動きが見張られているとわかると、非常に動きにくいな」
「そうですね……夜中に使用人に扮して会いに行くと言うのはどうでしょうか?」
「……お前、アリエルのようなことを言うのだな。だが仕方があるまい。……使用人の制服の用意を」
「承知いたしました」
ルイは、夜が更け城の中が寝静まった頃、使用人の制服を来てマティスのいる東棟に向かった。
マティスの居室はルイの居室がある西棟から一番離れた場所にあった。
ルイはマティスの居室の前まで行き、扉をノックした。
「誰だ?」
というマティスの声が聞こえた。
「私だ。ルイだ」
そう答えると、扉は静かに開いた。
「……兄上、その格好は……」
「ああ、ちょっとお前に接触しているのが分からないように変装を……」
とルイは笑った。
「そうでしたか……」
マティスはおかしさを隠しきれずに笑った。笑ったその顔は、無邪気な少年の顔だった。
マティスは美しく中性的で柔和な顔立ちをしている。その笑顔で多くの令嬢がマティスに心奪われるのだろうなとルイは思った。
「マティス、これまでお前がこの城で孤独だったことを、私は何も知らずにいた。これまで放っておくような真似をして、本当にすまなかった」
ルイは深く頭を下げた。
しばらく、沈黙が続いていた。
ルイがマティスの方をみると、彼の目から涙がこぼれていた。
「いいえ。私には母上がいましたから、一人ではありませんでした。ただ、私は自分が何も知らされないことを、父上や兄上に近づいてはならないことをずっと疑問に思っていました」
とマティスは言った。
「私は、ただ知りたかったのです。なぜ、私は何も知ることを許されないのか。兄上や父上になぜ近づいてはいけないのか」
「ああ、そうだな。マティス、すまなかった。私はお前とは違い、知ることができたはずなのにこれまで何も知ろうとしてこなかった。気づいてやれずすまなかった。許せ」
そう言うとマティスの肩を抱いた。
「兄上はなぜ、突然に私のところにやって来たのですか? 今まで、私のことになど興味をお持ちではなかったはずなのに」
とマティスは真剣な目でルイを見た。
「話せば長くなる。ただ、これだけは言えることがある。私はお前を欺こうなどと思ってはいない。
私はこれまで、この国にも、自分自身にもそして家族にも向き合うことをしてこなかった。だからこれからは自分自身、家族、国に真っ直ぐ向き合うことに決めたのだ。
マティス、私はお前の家族として、お前と向き合おうと思っている。だから、こうしてお前のところに来た」
とルイに真剣な眼差しを向けた。
「……そうでしたか」
「兄上が誠実なお方だと言うことは、私にもわかります。私は、兄上を信じることにします」
とマティスは言った。
「ああ、私もお前の今の言葉を信じることにしよう。お前と私の関係は、まだこれからだな」
とルイは笑った。
「マティス、外に出られる日はあるか?」
「それは、城の外にという意味でしょうか?」
「ああ、皇后に気がつかれないように、近いうちに外に出ることはできるか?」
「……明後日であれば、こっそりとならば。その日母上は茶会を主催し、夜は帝国劇場のオペラの千秋楽に参加することになっています」
「では、明後日。一緒に出かけるぞ。詳細はまた使いを送る」
とルイは言った。
「わかりました」
マティスは、嬉しそうにそう答えた。ルイは頷くと静かに部屋を出た。
翌日、ルイはマティスと離宮に使いを出した。
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