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42.  第二皇子という存在

 会議の翌日、ルイは務室にオリバーを呼んだ。


「今月末に父上達と皇室の晩餐会を設けている。その時までに弟のマティスのことを調べたい」


「承知いたしました」


「殿下。アリエル様が来てくれて、本当によかったです」


「ああ、そうだな。この国には彼女のような人間が必要だ」


「いえ、そうではなく。殿下に、アリエル様が来てくれてよかったという意味です」


「そうだな。私もそう思う」

 とルイは笑った。


 これまで公務を滞りなく務めることに意識を取られ、それ以外のことについては何も考えては来なかった。皇后のことも、マティスのことも。


「全く私には、分からないことだらけだな。これまで本当に何も見ようとして来なかったのだな」

 とルイは呟いた。


 ルイは皇后やマティスを自分の家族だと感じたことはなかった。ルイの母親が亡くなって以来、自分にっとって家族というものは縁遠いものだと思っていたし、それに纏わる(まつ)感情も煩わしいとすら感じていた。


 だから彼らのことも必然的に目に入らないようにうまく避けてきた。しかし、アリエルに出会ってから、自分自身の変化を感じていた。


 アリエルは国民を家族だと言い切り、自身の家族と同じように愛情を持って生きている。彼女からは国民への深い慈悲を感じる。


「富や権力と愛の両方を手に入れる人生であれば、先に愛を望む」と言った彼女の気持ちが今は何となくわかるような気がした。ルイは自分が向き合うべきは家族である彼らだろうと感じた。


 マティスが普段あまり城にいないことはルイも知っていた。マティスとは普段ほとんど会うこともなければ、話すこともない。公の場に出た時にだけ挨拶を交わす程度の仲だ。今更どうすれば良いのかわからず、考え込んでいた。


「私は、自分の家族のことを全く知らないな」

とルイが言うと、


「では、今から知れば良いだけでは?」

 とオリバーは何でもないことのように答えた。


「私はこれまで、マティス殿下がアルバニアの離宮においででない時は、図書館と稽古場でお見かけしたことがありました。稽古場では熱心に剣を振っておられました。今はこの城に滞在されているようですよ」

「そうなのか……私は全く気づかずにいたのだな」

 とルイは悲しそうに言った。


「今からでも遅くはございませんよ。お声掛けなさってみては?」

 とオリバーは言った。


「ああ、そうだな。城にいる時見かけたら私に教えてくれ」


 あれからルイは、城にいる時は時間があれば図書館をのぞき、訓練場にも何度も足を運んだ。

 それでもマティスの姿を見かけることがないまま数日を過ごしていた。


 その日も朝、執務室に向かう前に図書館に寄った。ルイはひとしきり回ってみた。やはりその日も姿を見つけられないかと思いながらウロウロとしていると、入り口から遠い奥まった席に座るマティスを見つけた。


 マティスの透き通るように白い肌と、肩まである長く透き通る茶色い髪に、光が差込み中性的に見えた。


 ルイはそっと近寄り、マティスの隣に立つと


「本が好きなのか?」


 と尋ねた。


 すると、本に目を落としていたマティスはルイの方を振り向いた。


 いきなり現れたルイに話しかけられ、驚きを隠せないマティスの薄茶色の瞳は、しばらくルイに向けられていた。


 随分と間が開いた後、マティスは目を伏せ「ええ、まあ」とだけ答えた。


 顔を上げ、訝しげな視線をルイに向けた。


「あの、何か私にご用でしょうか?」


「いや、そういうわけではないのだが。オリバーにお前がよく図書館にいると聞いて来てみたのだ。その、お前と話がしたくて」


 とルイはしどろもどろになりながらそう言うのが精一杯だった。


「話とは、何でしょうか?」


「何か、と言われると、これと言って話すことがあるわけではないのだがな。お前のことをこれまで何も知らなさすぎたなと思っていた。だから、少しでもお前のことを知れたらと思っただけだ。他意はない」


 とルイはマティスの目を見た。


「……そうですか。私は特に話すようなことはありませんが……」

 とマティスは嘲笑するように困惑した目で言った。


「……そうか……」とルイは力なく笑った。


「マティス、すまなかったな、突然」


「……いえ」

 とマティスは消え入りそうな声で言った。


「邪魔したな、マティス」

 ルイは立ち去ろうとした。


「……あの……」

 その時マティスが声をかけた。


「あの……兄上は、ご自身のご結婚についてどう思われているのですか?」


 マティスは唐突に聞いた。マティスの澄んだ瞳がルイの目を捉えた。


「私自身、この結婚に意義はない」


「……そうでしたか……私にはあまり兄上が納得されているようには見えなかったので……」


「ああ、そうかもしれないな……」


 とルイは、婚約式の時のことを思い出していた。あの時、ルイは確かに今回の婚約に対して後ろ向きな気持ちを抱いていた。


「なぜ、そんなことを聞く?」


「いえ。ただ、気になっただけです……」

 消え入りそうな声でマティスは答えた。


「……いつも、この時間に来ているのか?」


「……はい」


「そうか。……では、また来る」


 ルイは静かに図書館を出た。

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