4. 夜の庭園へ
アリエルは、部屋に戻った後、なかなか寝付けずにいた。この豪華な城も、皇帝との謁見も、皇帝と皇太子との食事も、皇太子にエスコートされたことも、全てが夢の中で起こったことのように感じた。
今日、トルアシアの美しい皇太子に出会った。初めて見た時は彫刻のようだと思ったが、腕を取った時の暖かさでようやく人間なんだと実感が湧いた。
アリエルは兄や父以外の男性にエスコートされたことなどこれまでなかった。だから腕に触った瞬間、アリエルの心臓は飛び出しそうだった。
陛下や父が見ている手前、エスコートを断るわけにもいないから、思い切って腕をとったのだ。我ながら、大胆な行動だったなとアリエルは思い出していた。いまだに動悸がしている。
火照った顔を覚まそうと、アリエルに用意された二階の客室の窓を開けると、暗がりの奥にぼんやりと庭が見えた。耳を澄ますと、よく手入れされた庭園の奥に水の音が聞こえた。
ふと、目の前に木の枝が見えた。
「これは、この木をつたって庭に出られるわね」
と口に出してみた。
よくよく観察してみると、その木を登ると、窓から部屋に入れそうだった。
「ああ、庭を探検したいわ……」と好奇心がうずく。
一緒に来ている侍女のエミリーは湯あみの準備をしていて、こちらに気づいていないようだった。
エミリーに「今日は疲れたから早めに湯あみをして休むわ」と伝えると、なんの疑いもなく、「承知いたしました」と答え、手際良く準備してくれた。
アリエルは湯あみを終え、ネグリジェに着替えるとさっさと布団に入った。
「じゃあ、エミリー、おやすみなさい」
そう言うとエミリーは
「おやすみなさいませ。アリエル様」と静かに扉を閉めた。
エミリーの足音が聞こえなくなるまで、じっとベッドの中で耳を澄ましていた。足音が聞こえなくなったのを確認すると、
「よし、行くわよ」と一人で小さく呟いた。
身軽なネグリジェにショールを羽織り、小さなエメラルドとダイヤが埋め込まれている短剣を胸元に忍ばせた。
これも拝借した方がよさそうね。と、部屋に用意されていた赤ワインとグラスを一つ手に取った。
「さすが帝国、これはなかなかいいワインだわ。こちらもいただきましょう」
と言うと、ちゃっかりとワインも拝借した。
それからワイングラス、蝋燭置きとマッチを手籠に入れた。
さあ、出発よ!そう言うとアリエルは窓から木に飛び移り、スルスルと木を降りた。そして噴水のある方へ向けて静かに歩き出した。
夏の始まりの風が頬に心地よかった。緑の匂いと、うんと濃い薔薇の香りが鼻を掠めた。きっと、昼間は素晴らしいバラ園なのだろう。
石畳を足音を立てないようにこっそりと歩くと、悪いことをしているかもしれないという背徳感と、好奇心でアリエルの胸は高鳴っていた。
噴水の近くにはきっとテーブルがあるはず。そこで飲むワインは格別に美味しいに違いないとアリエルは確信した。
そして、薄暗い庭に静かに消えていった。
この度はお読み頂きまして、誠にありがとうございました。これまで読み専だったのですが、思い立って作作品を書いてみることにしました。
もし、よろしければ最後までお付き合いいただけますと幸いでございます。