37. 寝室にて
ルイは馬車の中で今日の出来事を反芻していた。舞踏会の会場にアリエルが現れたこと、一緒に踊ったこと、イーサンとアリエルが部屋に消えたこと。
ふと、アリエルと踊っていた時、彼女が言っていた言葉を思い出した。
「殿下、私はあなただけを愛しております。どうか私を信じて」
その言葉をルイに伝えた時のアリエルの表情を思い出していた。彼女のその言葉の意図は、一体何だ? そうして考えている間に、馬車は離宮の前で止まった。
ルイが馬車から降りた時、アリエルは馬車の前に立っていた。
「ルイ殿下……」とアリエルは言い、その顔は途端に青ざめていった。
「アリエル」
ルイはとっさにアリエルを抱きしめた。
「ルイ殿下……」
そう言ってアリエルはルイの背中に手を回した。
「どうしてこちらへ?」
「どうしても、あなたが気になって」
「そうでしたか。では、きっと殿下も今日あの屋敷で起こったことを耳にされたのね……」
とアリエルは言った。
その時だった。馬車が止まる音と同時にエミリー、エル、マリーの三人が飛び出してきた。
「アリエル様!」
アリエルはとっさに三人に駆け寄って、抱きしめた。
「よく、無事に帰ってきたわね」
「アリエル様もご無事でございましたか」とエルは言った。
「気が気じゃありませんでした」とエミリーが言った。
「無事で本当に良かった」とそう言ったマリーの目には涙が溜まっていた。
「ええ、私は大丈夫よ」アリエルも涙を浮かべていた。
アリエルは精一杯の声で「中で話しましょう」と言った。
いつもの会議室ではなく、食堂に全員が集められ、温かいスープが出された。
「あの……話せばそれはそれは長い話になるのですが、今日はとにかく疲れたから、みんな寝ましょう」
アリエルは言った。
その場にいた皆が同意した。
「でも、本当に皆のお手柄なのよ。ね?」
とアリエルは得意そうに言った。
「これから忙しくなりますね」
とエルがいうと、アリエルは頷いた。
「ルイ殿下、オリバー。明日の朝一番でお話したいことがあるのだけど、ご都合はいかがでしょうか?」
「重要なことなのだろう? 時間を作ろう」
ルイは頷いた。
「ありがとうございます。そうしましたら、朝7時こちらの会議室で。よろしいですか?」
「アリエル、それはちょっと早いな」
とルイは笑った。
「皆、もう少し準備が必要かと」
シモンが言った。
「お泊まり頂いてはいかがですか?」
とエルは言った。
エミリー、シモン、マリーも頷いた。
「ルイ殿下、オリバー様。今空いている客室は一つしかないのですが、それでもよろしければ本日は離宮でお休みになっていかれませんか?」
とエルは言い、ルイとオリバーに目配せをした。
おそらく、アリエルの側についていてやって欲しいということなのだろう。
「だそうです。お二人ご一緒だとご準備できます。いかがでしょうか?やはりお二人ご一緒はお嫌でしょうか?」
とアリエルは無邪気に言った。
「アリエル様、そういう意味ではございませんよ」とエルは言った。
「え? どういうことかしら?」
「ルイ殿下はアリエル様のお部屋でよろしいかと」
「え、なんで? よろしくないでしょ?」
「よろしいですね?」
「え? だからよろしくな……」
「殿下、構いませんか?」とオリバーが言った。
「ああ、構わない」とルイは苦笑いしながら返事を返した。
「ではご準備いたします。念のため皇室の馬車は目立たないよう、車庫に隠しておきます。それから明日の朝9時、会議室にエド様、サイモン様、アレン様にお越しいただくよう、通知を出しておきます」
と言って、エルは手際良く動き始めた。
アリエルに目をやると、複雑そうな顔をしていた。
ルイは湯あみを終えるとアリエルの居室に通された。アリエルの居室は、まるで客室のように何の装飾もなく簡素な部屋だった。ただ、書籍だけは四面に置かれた書棚に入りきらないくらい詰まっている。
ルイはそれに興味を持った。部屋の主人が戻ってくるまでの間、書棚から一冊の本を取り出し、ソファでそれを眺めていた。
すると部屋の扉が開き、
「ルイ殿下、お待たせしました」
と言ってアリエルが入ってきた。
アリエルは初めて夜の庭園で会った時のように、白いふわりとしたネグリジェを着ていた。
ただアリエルの顔の表情はなかった。ソファに座るルイの前に立ち、
「殿下、こちらをお使いください」とアリエルはベッドを指差して言った。
「私は体が小さいので、こちらでも平気です」と今度はソファを指差して事務的に言った。
ルイはアリエルの手を取った。
「アリエル、私は結婚するまではあなたをどうこうしようとは思っていない。ただ、私は婚約者である前に、あなたを愛する一人の男だ。だから、少しあなたのそばにいることを許してもらないか?」
「……殿下」
そういうとアリエルは目に涙を溜めた。
「どうした? アリエル」
「私は全くわかっていませんでした」
アリエルの体は震えていた。
ルイは立ち上がってアリエルを抱きしめた。
「私、大丈夫だと思ったの。きっとうまくやれるって。でも、殿下以外の方に触れられたり、見つめられるのが、本当に怖くてたまらなく嫌だったということに、ようやく気づきました」
と言ったアリエルの目から涙が溢れていた。
「もうよい、考えるなアリエル。怖い思いをしたのだな」
そう言ってルイはアリエルをそっとベッドに寝かせた。そして隣に横たわり、アリエルの頭の下に腕を入れて自分の方へ抱き寄せた。
「今日は疲れただろう、もう休め」と優しく言った。
仰向けになりしばらく目を瞑っていたアリエルは、ルイの腕の中でくるりと向きを変えてルイに抱きついた。
「私、本当に殿下に恥じるようなことは何もしてないわ」
心配そうにアリエルは何度もそう呟いた。
「ああ、わかっている」
ルイがアリエルの頭を撫でると、アリエルは静かに眠りに落ちた。
ルイは今、自分が幸せの中にいるのだと感じて目を閉じた。




