36. 皇太子の嫉妬
ルイはまさかあの場にアリエルが表れるとは思ってもいなかった。
それも、イーサンと一緒にだ。それにアリエルの部下の者が揃ってこの会場に来ている。変装はしていても、ルイはなんとなくその面影から彼らがアリエルの部下だということを察していた。
しかし下手に動くこともできず、ただ離れたところから様子を見守るしかなかった。
アリエルは、イーサンと何やら話し込んでいるようだった。イーサンのアリエルを見る目は、とても婚約者がいる男の目ではないことは確かだった。それを知ってか知らずかアリエルはにこやかに会話を続けている。
そんなアリエルの姿をルイは見ていられなかった。
だからと言って仲裁に入るわけにもいかなかった。一旦は控室に戻り、オリバーとアリエルが会場を去るまで、ただ待つことにした。
アリエルも、知った人間がいないような舞踏会に来て、さほど派手なことはできないだろう。それに何かあれば、自分が動けばいい、ルイはそう思っていた。
オリバーとともに、時々挨拶にくる知人やその令嬢に社交辞令を述べ、のらりくらりと適当にやり過ごしていた。
舞踏会の会場にアリエルがいないことに気づいたのは、アリエルが会場から消えてから随分経ってからだった。一緒に来ている執事のシモンの姿はある。しかし、アリエルの姿はなかった。
「アリエルの姿がないな」
「様子を見てきましょう」
そう言ってオリバーは舞踏会の会場の方へ向かった。
「私も行こう」
ルイは達があるとオリバーとともに舞踏会のホールに戻った。
会場に戻ると、ある令嬢のことが話題になっていた。
「アルメリアから来た伯爵令嬢が、イーサン閣下と消えている」
というのだ。
ルイは体の血が沸くのを感じた。
「オリバー、アリエルはどこだ?」
「それが、会場にはいないようなのです」
「シモンを呼べ」
「それが、シモン様もいないのです」
「何だと?」
「先ほどまではいたのですが、今は姿が見えなくなっています」
ルイは自分でも冷静ではなくなっているのがわかる。
「何も知らないフリをして話を聞いて来い。私は控え室にいる」
そう言ってルイは再び控え室に戻った。
アリエルのことになると、とても冷静ではいられないのだな、とルイは苦笑した。また一緒にいる相手がイーサンというのもいただけない。権力と財力にものを言わせ、手当たり次第令嬢と交友関係を広げているだらしのない男なのだ。今日もアリエルと一緒に居たのも気になっていた。なぜアリエルはあいつと一緒にいるんだ。
苛立つだけで何もできないまま、時間だけが過ぎていた。
「ルイ殿下お知らせが……」
オリバーが青ざめて戻ってきた。
「色々と噂になっている話を聞く限り、やはりアリエル様はイーサン殿と一緒におられるようなのです」
「何?」
「どこにいるのだ?」
「それがおそらく、イーサンの居室かと」
「……居室には近づけないのか?」
「見張り番がいます」
ルイは表情を変えずに言った。
「……そうか。それならば仕方ない。待つしかあるまい……」
「よろしいのですか?」
「いいわけがないだろう。しかし、彼女の任務中に私が勝手にことを荒立てるわけにもいかない」
「……」
ルイは両手で顔を覆った。
ルイは嫉妬で気が狂いそうだった。自分だってまだ数えるほどしかアリエルに触れたことがない。それなのにイーサンは居室にアリエルを招いて、二人で過ごしているのだ。
「オリバー、ワインを持ってきてくれ」
「……承知いたしました」
オリバーに差し出されたワインをルイは一気に煽った。
「……殿下、程々になさってくださいませ」
「わかっている」そう言ってルイは力なく笑った。
それからしばらくすると、シモンがルイとオリバーの控え室に来た。
シモンは深く頭を下げた。
「発言を許そう」ルイは不機嫌にそう言った。
「トルアシア帝国皇太子殿下にご挨拶申し上げます。ご尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じ奉ります。アルメリアより参りましたデューク伯爵の四女、アリエルの代わりにご挨拶申し上げます。本日は殿下と夢のようなひと時を過ごすことができ、アルメリア国民を代表し、厚く御礼を申し上げます。
我々はもう、引き揚げますため、主人に代わりご挨拶をと思いこちらに参上いたしました。どうぞ、先に立ち去りますことをお許しください」
そう言うと膝を折った。
そして小声で、
「私の主人のために申し上げます。主人は誇りを持って生きております。決して主人の尊厳を傷つけるような真似は致しておりませんことを、僭越ながらお伝えさせていただきます」
そう言って頭を下げた。
「もう良い。下がれ」とルイがいうと、もう一度頭を下げてすぐに出ていった。
「離宮に行くぞ」
「今からですか?」
「ああ」
「……承知いたしました」
そう言うとルイは舞踏会場を出た。
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