34. 秘密裏の任務
エルは静かに廊下を歩いていた。しかし、その足取りとは裏腹に気持ちははやっていた。
何度屋敷の見取り図を見直しただろう。執務室への道のりは完全に頭に入っている。イーサンの部屋を出て、そのまま長い廊下を奥まで進む。
イーサンの部屋は東棟にあり、執務室は逆側の西棟のハンブルグ侯爵の当主の主審室の隣にある。エルはとにかく執務室へ急いだ。
ハンブルグ侯爵家の当主の寝室と執務室の前には、見張り番が立っていた。先に到着していたエミリーは柱の影から様子を窺っていた。
「私が行こう」
そう言ってエルは小走りに見張り番に駆け寄った。
「すまない。先ほど来客の中でちょっとした小競り合いが起こってしまって、舞踏会のホールの見張りが出払ってしまってた。申し訳ないが、ちょっとこちらに手を借りたいのだが、頼めるだろうか?」
とエルは言った。
見張り番は「承知いたしました」と言って、持ち場を離れた。
エルはエミリーに目配せをした。エルは目星をつけていた鍵を鍵穴に入れた。
「よし、行こう」
二人は執務室に入り、内側から鍵をかけた。手早く蝋燭に火をつけ、執務室を見廻すと、人が一人入れるくらいの大きさの保管庫があった。
「重要なものはここの中だろうな。この中には合う鍵がなさそうだ」
「開くかしら?」
「わからないが、やってみよう。君は書棚や机の中を物色してくれ。もし鍵があったら教えてくれ」
そう言ってエルは金庫を探り始めた。
エミリーは書棚にある書類に目を通していく。暗がりの中で、ろうそくの火だけが頼りだった。
「ねえ、あまり役に立たないかもしれないけれど、ブルスト教の教会の名簿と宝石協会の名簿があるわ。それから寄付者の一覧も。この名簿も念のため、いただいていきましょう」
とエミリーは手際良く物色を続けていた。
エルは靴の裏につけていた細い針金を取り出し、保管庫の鍵穴に入れた。
「開いてくれ……」そう念じながら鍵穴に針金を回す。カチンという音が鳴った。
「開いて」
「やったわね」
保管庫の中には3冊の書類をまとめた冊子といくつかの契約書と思しきもの、そして布の袋に入った金貨があった。
「この金貨はまさか」
エルとエミリーは金貨につけておいた印を探した。金貨に彫られている皇帝のクラウンの星に、確かに十字の切り込みがあった。
「エミリー金貨の数を数えてくれ。それから目印のついた金貨の数も。目印のある金貨には別の目印も付けたい。何か良い手はないだろうか」
「あなたの使っていた針金で傷をつけましょう」
とエミリーは言い、エルの針金を受け取り十字の切り込みにもう一本斜めの線を入れた。
「私はこちらの書類はすべて持ち出そう」
エルは、保管庫に入っていた書類をすべて取り出した。書棚の中から見た目が似たようなものを選び、金庫に入れた。そして、服を脱ぎ自分の腹にくくりつけていた複製した書類を取り出して書棚に戻した。
「もう、戻れるか?」
「ええ、大丈夫よ。金貨は全部で356枚。そのうち私たちが落札に使用した金貨は35枚よ。ここにはそのうち28枚があったわ」
「収穫ありだな」
「ええ」
二人は顔を見合わせた。
「外の様子を見よう」
そう言ってエルは少しだけ扉を開けた。まだ見張り番は戻ってきていないようだった。
「私はこのまま窓から出て、書類を馬車に運ぶ。窓を閉めたら、君は扉に鍵をかけ、アリエル様のところに戻ってくれ」
エミリーは黙って頷いた。
エルはシャツを脱ぎ再び書類を腹に巻き付け、紐で縛ってからシャツを着た。窓を開けて月明かりで外を見る。ぼんやりとだが、二階から少し低くなっている屋根が見えた。
「あそこから行こう……」
そういうと、そろりと窓の淵に手をかけて部屋から出た。そして体は宙吊りになったまま、手だけでスイスイと屋根のほうに進んでいった。
手が痺れてきた、そう思った時にブリをつけて低い屋根に飛び移った。
エルはそのまま屋根から飛びりた。こっそりと庭を抜け馬車のほうに進み、アリエルの乗ってきた馬車の扉を開け護衛の者達を馬車の外に出した。
そして腹に巻き付けていた書類を取り出し、荷物箱にしまい、鍵をかけた。荷物箱を再び足元に隠し、馬車に誰も近づけないようしっかりと見張るようにと頼み、再び舞踏会の場に戻った。
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