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3. 伯爵令嬢との出会い

「美しく、勇敢な娘だな」 

 王座の間で、アリエルを初めて見たときルイはそう思った。


 ルイはトルアシア帝国の嫡男として生まれた。幼い頃から威厳ある父と美しく優しい儚い母の元で育ち、いつか父の後を継ぐ、周囲も自分もそう信じて生きて来た。


 ルイが七歳になった頃、母は病に倒れた。


元々夢の中にいるような儚い人だった。だから心臓に重い病があることがわかり、そして手の施しようがないとわかった時、家族も、家臣も国民もそれを天命だと受け入れた。


 そこから、ルイの生活は一転した。これまで父の側室だった現皇后がルイの継母となった。そしてその三年後には弟である第二皇子が生まれた。


 弟は母の血を引き、自分だけが継母とのつながりのない存在になった。


しかし現皇后は必要以上にルイと接点を持つことはしなかった。だからと言って表立って第二皇子であるマティスを皇帝に持ち上げようという魂胆はなさそうに思える。


 ただ、ルイと彼らには溝があり、その溝は埋められることはないことを知っている。


 それでもルイは、父の後この国を担うためには努力を惜しまなかったし、父である皇帝もそれを望んでいることがわかっていた。


 だから、帝王学に始まり、剣術の訓練、人を制すための立ち居振る舞い、経済の流れ、他国との関係、それら全てを身につけ、国のために尽くすのが自分の定めと幼いうちから信じて疑わなかった。


 今まで「父の後この国をどう治めるか」だけを考えて生きてきて、気がつけば二十五になっていた。いつもルイの頭にあるのはこの広い国の統治をどうするかだけだ。


 そんな時だ。父が急にアルメニアから旧知の宝石商が来るからと、同席を求めて来たのだった。


たかが一貴族との面会に同席させるのかと不思議に思ったが、外交の一つだと思い素直に応じた。


 王座の間で父とその客人を待っていると、現れたのはアルメニアから来た貴族の宝石商と美しい娘だった。


若いその娘は、皇帝を前にしても臆することのない物言いをし、凛とした立ち居振る舞いに自然と目がいった。


 特別飾り立てているわけでもないのに、華やかで目を引く美しい女性だった。


 彼女は二十歳そこそこの一貴族の娘であるのに平然と「永世続く和平をくれ」と口にした。


ルイは彼女に不思議と興味が湧いた。そんなルイの気持ちを知ってなのか、父は珍しく客人に食事を進め、その席にルイにも同席するよう促した。


 *


 謁見の時とは変わりイブニングドレスを身に纏い晩餐会場に来たアリエルは、息を呑むほどに眩しく見えた。


 金色とも銀色ともつかない透き通る色の髪を結い上げ、体の線が出るすっきりとした薄紫色のドレス姿のアリエルから、嫌でも目が離せなかった。


「いやあ、これは。アルメニアはこんなに美しい宝を隠していたのか」

 と父は上機嫌だった。


「お褒めに預かり、光栄にございます」と膝を曲げ、頭を下げ伏し目がちになったアリエルと、ふと目があった。

 アリエルは口角を少しだけ上げた。ルイは初めてアリエルの笑みが自分に向けられた気がした。


 食事が進むにつれ、酒もまわりはじめた。


ルイは自分から口を開くことはなく、ただ静かに父である皇帝とデュークの会話を聞いているだけだった。それはアリエルも同じで、時折相槌をうち、微笑んだ。


食事を取る姿、ワイングラスを持つ姿さえ優雅だった。自分から目立って話の邪魔をすることはなく、興味深そうに話に聞き入っている姿を見て、皇帝はますます上機嫌になっていた。


 ふと、「ユーリ、そなたは夫となる男に何を望む?」と皇帝が尋ねた。

 ルイは思わず手を止めてアリエルの方を見た。


「はい、陛下。私は夫となる方には私が命を終える時、そばで手を握っていてくれることを望みたいと思います」

 と微笑んだ。


「なるほど。欲のない娘よ」と父は笑った。


 するとアリエルは

「いいえ、陛下。私は夫が自分よりも先に死ぬことを許さない欲の深い女でございます」

 と答えた。


「そうか。これは失敬した。それはなかなかに欲のある女だ。しかし、そなたは権力、富、そのようなものに興味はあるまいか?」


「どうでございましょうか。私とて興味がないわけではございません。しかし、富と権力を得てから愛を得る人生と、愛を得てから富と権力を得る人生、どちらがより幸多き人生になるでしょうか。愛も富も権力全て手に入れたい欲の深い私は、愛を先に得ることを選ぼうと思ったのでございます」


 ルイは「幸多き人生」そう答えたアリエルの言葉に自分が反応していることに気づいた。


 これまで自分の幸せなど、考えたことなどなかった。むしろそんな感情は、時に邪魔だとすら思っていた。


「そうか、そうか。そなたの夫になる男、果たしてどんな男だろうな。見てみたいのう、のうデューク」そう言って皇帝はデュークの方を見た。


「陛下、私はいつまでも、娘をこの目の届くところに置いておきたいのですがね」

 とデュークは困った顔をして答えた。


「ルイ、お前はどうだ?」

「どうだ、とは父上。何が、でしょうか?」

 急に話を振られたルイは慌てた。


「お前は妻となるものに、何を望むのだ?」

「私ですか……そうですね……忠誠でしょうか?」

 とっさに出た言葉がそれだった。


 妻になる者に何かを望むなど、考えたことなどなかった。


「忠誠だと? それは家臣に望むものではないか。なんだ、つまらない男だな。もっと、他にあるだろう。何を望むかを口に出すのは自由であるぞ」

 そう言って皇帝は笑った。


「真面目なお方だ」とデュークは言った。

 アリエルの方を見るとこちらを見てただ、微笑んでいた。


 食事が終わると、「おい、ブランデーを頼む。デューク、付き合え」

 と皇帝はまだ宴を続けるようだった。


「はい、承知いたしました陛下。では、娘は先に部屋に返してもよろしいでしょうかな」とデュークはアリエルに目配せをした。


「おう、そうだな。ルイ、ユーリを部屋まで送って行きなさい」と珍しく皇帝はルイにそう促した。


「はい。承知いたしました」

 とルイは表情なく答えた。しかし、アリエルの方を見ると鼓動が早くなるのを感じた。


「お部屋までお送りします」

 と挨拶を済ませたアリエルの横に立つと、アリエルはルイの腕を取った。


「お部屋までお送りいただけるとのこと、感謝申し上げます、ルイ殿下」


 ルイは「ああ」とだけぶっきらぼうに答えた。


 二人は長い廊下を歩き始めた。ルイは何を話せば良いか分からず、ただ静かに歩いた。


 ふとアリエルが廊下の真ん中で足を留めた。


「この天井の彫刻、素晴らしいですね」

 と天井を見上げた。


 ルイはそう言ったアリエルの横顔に目をやった。立ち止まり、天を仰ぐアリエルは彫刻のように完璧だった。


「ええ。私も幼い頃、よく天井を見上げました」


「殿下もでございますか? 見事な彫刻だから、つい見入ってしまいます」


 アリエルはルイの方を向いて微笑んだ。


 アリエルと目が合うと急に気恥ずかしくなり

「さあ、行きましょう」と言って先を急いだ。


 アリエルの部屋の前まで行くと、二人の従者が主人の帰りを待っていた。従者の姿が見えるとアリエルの手はルイの腕からするりと抜けた。そして丁寧に礼を告げ、あっさりと部屋に消えていってしまった。


 ルイは、夢を見ていたのかもしれないと思った。

この度は最後までお読み頂きまして、誠にありがとうございました。


もし、よろしければ連載完結までお付き合いいただけますと幸いでございます。


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― 新着の感想 ―
[良い点] これぞ物語、というような表現や比喩がとてもいいですね。読んでいて飽きない、とても良い文章だと思います。 [一言] 皇帝の人柄がとても暖かく見えて、自分の持つ王というイメージとはギャップがあ…
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