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29. 新しい諜報員

 ルイが訪れた四日後、使いの者がルイの封蝋の押された招待状を持って離宮にやって来た。


一ヶ月後、トルアシア城にて、晩餐会を行う事が決まったとのことだった。


 招待状とは別にルイからの手紙が付け加えられていた。


 皇帝陛下、皇后陛下、第二皇子、ルイ殿下が出席する旨のことが書かれていた。そして最後にそっとアリエルを想う言葉が添えられていた。


「一ヶ月ね……」


 アリエルが準備に充てることができる時間は一ヶ月と言うことだ。最初の接触まで一ヶ月しかないわ。そこまでにある程度のことは調べて裏付けを取りたい。


 皇后には今後会う機会があったとしても、マティスと直接接触できる機会は極端に少ないだろう。ただ、今アリエルにはマティスに関する情報があまりにも少なかった。


「アリエル様。サリー様がいらっしゃっております」


 エルが執務室の扉を叩いた。

「通して頂戴。それからエル、お茶を入れたらエミリーと共にそのまま同席してもらえるかしら?」


 サリーはアリエルの前で膝を曲げ、深く頭を下げた。


「アリエル王女殿下、ご尊顔を賜り、恐悦至極にございます。バークリー男爵の三女サリーでございます」


「サリー、よく来てくれたわ。顔を上げて頂戴。アルメリア国第四王女のアリエルです。今日来てもらったのは、こちらでもう一度お仕事していただけないかというお願いをしたくてお呼びしたの」


「私がでございますか?」


「ええ。あなたが記していた記録を読ませてもらったわ。とてもよく書けていた。おかげであの暗殺に関わっていた使用人のことが大体わかったわ」


「……そうでございましたか。私はただ必死で、何とか皇后陛下のお役に立ちたい一心でしたので」

 サリーは言った。


「その気持ちがとても大切だと思うわ。皇后陛下のことをお慕いされていたのね」


「はい。私はあれほど聡明で優しい方にお会いしたことはございません」


「そう。私もあなたと同じ気持ちよ」


「だから、どうかこの国のために、もう一度力を貸していただけないかしら?」


 アリエルは頭を下げた。


「アリエル殿下は、アルメリアからお越しのはず。どうしてこの国のためにそこまでできるのでしょうか?」


「そうね……私は、アルメリアから来ているわ。しかしアルメリアの平和は周辺国の平和なくしてはなし得ないものだわ。私は自分の国だけが富んで、幸せであればいいなんてとても思えないのよ。


 困っている国があれば手を差し伸べ、ともに成長していくのが国家間のあるべき姿であると父から教えられて来たの。それに、ご存知でしょうけど、私はもう、殿下とこの国に一生を捧げると誓ったわ。


 何よりも私は陛下とルイ殿下ならきっとトルアシアを良い方向に導けると信じているのよ」


「……アリエル殿下。殿下は、前皇后と同じことをおっしゃられるのですね」

 サリーはしばらく黙って考えていた。


「我が命は今この時からアリエル殿下のものでございます。殿下、どうぞ私に(めい)をお与えください」そう言って膝を折った。


「サリー。ありがとう」

 アリエルはサリーの肩に手を置いた。


「サリー、いつから離宮に来られる?同居している家族はいるかしら?」


「私一人ですので支度を整えたら本日の夕方にはこちらに参ることができます」


「ありがとう。助かるわ。馬車を手配します。身の回りのものから、必要なものまでこちらで全て手配できるから、身一つで来て頂戴」


「ご配慮、ありがとうございます」


「じゃあ早速だけど、エル、この後サリーに一通りのことを説明して頂戴」


「承知いたしました。」とエルは言った。


「それから護身術は使える?」


「いえ」


「剣を持ったことは?」


「……いえ」


「エミリー、サリーに護身術と剣術の心得をつけて頂戴」


「承知いたしました」


「今更だけれど、私たちは諜報員なの。だからあなたにもこれから諜報活動をお願いすることになるわ」


「必要なことは全てエルかエミリーに聞いて頂戴」


「承知いたしました」


「これから2週間は離宮で訓練を受けて、その後、サリーにはブルスト教会に潜入捜査に入ってもらいたいの」


「私がですか? しかし、ただの侍女だった私に務まるでしょうか?」


「ええ。私達みんな、あなたが適任だと思っているわ」


「……尽力いたします」


「ええ、よろしくお願いね」

 アリエルは笑った。


「あ、サリー、また時々前皇后のお話を聞かせてくれる?」


「はい、喜んで」

 アリエルがそう言うと、三人は扉に向かった。


「では、三人とも下がっていいわ。」


 三人が部屋を出ると、アリエルは再び書類に目を落とした。時間がなかった。皇后のことをどこから調べていいのかと、アリエルは頭を抱えていた。


「どこか、どこかに綻びがあるはずだわ。目を凝らせば、きっと、きっと見つけられるはず。何か見落としている大切なことがあるはず……」


 アリエルはそう言って、再び国家予算の収支に視線を戻した。

「ダメだわ。今の私のやり方では、何も見えてこない……」


 お茶を差し出したエルが言った。


「アリエル様、書類だけでは見えないものございます。お気づきでしたか?この国に来てからお出かけ好きのアリエル様があまり街の視察に出られていないのです。自分の目で見ないとわからないことも多い。アルメリアの王がいつも仰れている言葉です」


「……そうよね。私、宝石商の娘だったのを、今の今まで忘れていたわ」

 アリエルは思いついたように言った。


「宝石、見にいきましょう。エミリーとシモンを呼んで。それからエルあなたも一緒に来て頂戴。念のため護衛も四人程連れて行くわ」


「すぐにご準備を」


 エルは部屋を出ると準備を始めた。

ここまでお読みいただきまして、誠にありがとうございました。


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