25. 皇太子の側近
第2章スタートしました。
茶会の日から、五日が経っていた。アリエルは、朝から執務室にいた。前皇后の死についてはようやく真実が白日の下に晒されたが、たがまだ何も解決できてはいなかった。
これはこの国に隠れている問題の氷山の一角にも過ぎず、国中に蔓延る巧妙に重ねられた欺瞞はそう簡単には表に出てきてはいないように思えた。
「シモン。エドに、この国が全ての貴族から徴収した過去十年分の税の収支表を用意するように伝えて頂戴。あと、私はまだ国家予算の収支を完全に調べ切れていないから、税収の調査を手伝ってもらえる?」
「かしこまりました」
「それから、チャリティーオークションの落札に使用した金貨の流れを追いたいの。誰か一人そちらに付けたいわ。そのためにもブルスト教会にも入り込みたいのだけれど、人手が足りないかしら?」
「誰か、雇いますか?」
「そうね。一人、適任がいるわ。前皇后の侍女をしていたサリーに使いを送って、離宮の使用人とて手伝いに来れないか尋ねてみて頂戴」
「かしこまりました」
「ハラスの方はどう?議会や大臣の情報は掴めている?」
「午後にでもこちらに呼びましょうか?」
「ええ、そうね。」
皇帝陛下が言ったように、この国での本当の味方は数えるほどしかいない。
この国はすでに、国としての理念や秩序を失いかけ、本能と欲望だけが支配する巨大な野獣のような生命体になりつつある。しかし貴族からの税収で国を賄っている以上、今の政治構造を早急に変えることは不可能に近いだろう。
「ねえ、この国家予算の財務表、収支表、シモンはどう思う?」
「どう、とは?」
「合わないの。どうやっても数字が合わないのよ。でも、合わせられている、巧妙に。どうしても合わないと思うのに、うまく合わせられていて何が間違っているのか、どれだけ目を凝らしても綻びが見えないの」
「……それは、改竄されていると言うことでしょうか?」
「そうね、おそらく。でもこれだけでは、どこからどこまでが正しくて、どこからが誤りなのかがわからないの……」
アリエルは両手で顔を覆った。
「問題が山積し過ぎていて、どこから手を付けたらいいのかわからない……」
これまで自分が手を入れてきた調査とは比べ物にならないほど問題が大きく、全く解決の糸口を見出せずにいた。
「アリエル様でも、わからないことがあるのですね……」とシモンは言った。
「私にわかることなんて、ほとんどないわ……現皇后のことも、第二皇子のこともまだ何も掴めていない。この国に来て私がしたことと言えば、オークションで下品な絵を落札したことぐらいよ……」
「……アリエル様……そんなにご自身を卑下なさらないでください。まずは現皇后のことから始められたらいかがですか?」
「……そうね、あまり考えても仕方がないわね。今、私にできることからやるしかないわ。そちらからの切り口から進めてみることにしましょう」
「それがよろしいかと」
「そうなってくると、皇后と接触する機会を持ちたいわね。晩餐やお茶会の機会はあるかしら?」
「今のところ、皇后陛下が主宰されるお茶会やサロンにアリエル様がご出席されるのは難しいかと……」
「まあ、そうよね。いきなり姑問題が難しいわね……」
「ルイ殿下の力をお借りするのは、難しいでしょうか?」
「今のところ、策としてはそれしかないわね。この件について、一度ご相談した方がいいかもしれないわね。でも、殿下を直接お呼び立てするのも気が引けるから……一旦彼の側近を呼びしょう」
「早急にご手配いたします」
ハラスはそう言うとすぐに城に使いを出した。
午後になり、アリエルは執務室で現皇后が即位してからの財務状況を見ていた。
すると扉がノックされた。
「アリエル様、オリバー様がいらっしゃいました」
とエルが声をかけた。
「通して頂戴」
オリバーは、膝を折り、
「アリエル王女殿下にご挨拶申し上げます。ご尊顔を拝しまして恐悦至極に存じます」
とアリエルに挨拶をした。
「アルメリアより参りました、アルメリア国第四王女のアリエルです。これからお世話になります」
「では、そちらのソファで話しましょう。オリバー、お掛けになって。エル、お茶の用意を」
「はい。ただいま」
オリバーはなぜ自分が呼び出されたのかわからないと言った顔で、ルイ殿下の美しい婚約者であるアリエルの方を見ていた。
「初めてお会いしたのは、教会だったかしら?」
「はい。覚えておいででしたか。でもまさかあなたがアリエル殿下だとは存じておりませんでした。」
「それはそうよね。その件についてはこれから追って色々とお伝えすることになるのだけれど、今日来ていただいたのはそれとは別の件なの」
「私に、何かご用がありましたでしょうか?」
とオリバーは訝しげな顔をしている。
「実は一度皇后陛下とお会いできる機会が欲しいなと思っているのだけれど、如何せん私は病床に伏せっているものだから、茶会の招待状も何も送られて来ないの。
そこでルイ殿下に一度、私と皇后陛下が席につく機会を設けていただきたいのだけど。そのことをご相談しようと思って。それであなたを呼んだの」
「承知いたしました。殿下にご相談してみます。急なお呼び出しだったので、何か私に問題があったのかと思い、気が気ではありませんでした」
オリバーは安堵の表情を見せた。
「ふふ。」とアリエルは笑った。
「悪いお方だ。ルイ殿下があなたに夢中になられているのも頷ける」
「あら、そうなの?」
「教会でアリエル殿下と別れた後のルイ殿下は、とても見ていられませんでした」
とオリバーは苦笑いした。
「殿下は、いい側近をお持ちなのね。本当はこちらまで来ていただく必要はなかったのだけど、殿下のお側にいるあなたが、どんな方なのか知りたくてお呼び立てしてしまったのよ。試すような真似をしてごめんなさい」
「いえ、私はもう、アリエル殿下の家臣でもありますから、あなたの御用命とあれば、いつでも馳せ参じます」
「ありがとう、オリバー。私のことはアリエルと呼んで頂戴。それから、ルイ殿下は第二皇子と交流はあるのかしら?」
「いえ。マティス殿下が生まれてすぐの頃は、少なからずとも接触があったとは聞いております。ただ、今は一切関わられることはないかと。それについては皇后陛下の意図も働いているかと思われます」
「あなたは、マティス殿下について何かご存知なことはある?」
「はい。マティス殿下は帝都から離れ、アルバニアにある皇室の領内でお過ごしなっていることが多いかと思います」
「城にはいないの?」
「はい。アルバニアの離宮におられることの方が多いかと。このことにつきましては、ごく一部の者にしか伝えられておりません。表向きは城にいることになっております」
「そうだったの。だからあまり姿が見えなかったのね」
そういうとアリエルは少し考えていた。
「相当厳密に伏せられているわね」
「はい」
「彼の存在を隠す意図は何かしら」
「申し訳ございません。私にはそこまではわかりかねます」
「いいの、オリバー。私も知らなかったことだったから、教えてくれてありがとう」
「では、私はこれで失礼いたします。本件、ルイ殿下にご相談してみます」
そう言って、オリバーは執務室を出た。
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