2. 皇帝陛下との謁見
アリエル等を乗せた馬車は騎馬隊に先導され、都の一番奥にある城の門をくぐった。門だけでもアルメリアの二倍ほどもある立派な造りだった。
城も自国のものとは比べ物にならない程華美で、尚且つ重厚に造られている。従者等は客間に通され、父とアリエルのみが王座の間に呼ばれた。
トルアシアの使いの者に先導され、二人は王座の間へと進む。
アリエルは父に尋ねた。
「ただの旅商人がこんなところに呼ばれることなんてあるのかしら」
「ああ、皇帝陛下とは古くからの知人でな」
と父は濁すように答え、臆することなく勝手知った我が家のように進んでいく。アリエルもそれに続いた。
城の真っ白な大理石の柱には美しい彫刻が施されていた。アーチを描く高い天井には天使の絵が彫られ、富と豊かさを象徴している。
磨き上げられた廊下には隙がなく、完璧であることが当たり前であると当時にどことなく冷たい空気を感じる。
王座の間は、アリエルがこれまで見たどの城よりも豪奢だった。大きなクリスタルのシャンデリアは眩いばかりの光を放っている。アリエルは思わず息が止まりそうだった。
王座の一番奥の席に座っているのが、この帝国を納めている王、トルアシアの帝王だった。
その隣に一人、青年が立っている。おそらく、皇太子なのだろう。黒髪に黒い瞳を持つ青年は、彫刻かと思うほどに整った美しい顔をしていた。
ただ、その顔に表情はなかった。
「久しいな、デューク伯爵。よく来てくれた」
とトルアシア帝国の王はニヤリと笑った。
「お招きに預かり、光栄でございます」
とデューク伯爵家の当主は頭を下げた。
アリエルもそれに続き、膝を曲げた。
「おお、これはまた。娘よ、名は何という?」
トルアシア帝国の帝王はユーリの方を向いて発言を促した。
「東の太陽であるトルアシア帝国の皇帝陛下にご挨拶申し上げます。この度はご尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じ奉ります。デューク伯爵家の長女、ユーリにございます」
アリエルは膝を曲げ、頭を下げた。トルアシアの皇帝はアリエルがこれまでに会ったどの国の王よりも重圧があり、全身は強張っていた。
「ユーリ。急な呼びたてにご苦労であった。顔をあげよ」
アリエルが顔を上げると皇帝は続けた。
「それにしても。そなたは美しい娘だな」
そう言って、皇帝は父の方に向き直った。
「時にデューク。アルメリアには幻の花と呼ばれる美しく輝く宝石があると聞く。私はそれに非常に興味をそそられている。そのアルメリアの宝石を我がトルアシアに譲るよう、働きかけてはもらえぬだろうか?」
そう言って皇帝はアリエルの方を一瞥し、そして再びアルメリアの王を見た。
「恐れながら陛下。それは私ごときの一存では決められぬことでございます」
「ふむ。まあそうであろうな。ところでユーリ。そなたはどう思う?アルメリアの宝をこのトルアシアに譲ることについて、奇譚なき意見を言うてみるが良い」
そう言って再びアリエルの方を見た。
アリエルの心臓はどきりと音を立て、握られた手には汗が滲んだ。
ユーリは背を伸ばし真っ直ぐに帝王を見つめた。皇帝はおそらく「アリエルを差し出せ」と言っているのだろう。だから父は同伴させたくなかったのだろう。
「皇帝陛下、発言をお許しくださいませ。私がもし、その宝石の持ち主であれば『我が民の十代先までの繁栄と、永世続く和平をお約束していただけるのであれば、喜んでその宝石を差し出す』と言うでしょう」
アリエルの目はじっと皇帝を捉えていた。
しばらくの間沈黙が続いていた。その沈黙を破り皇帝は嬉しそうに笑った。
「ははは。これは、なかなかに難しい注文だ。ユーリ、面白いことを言う娘だな。のう、ルイ。この女性は美しい上になかなかの切れ者でもある」
そう言って皇太子に同意を求めた。
「そうですね、父上」
美しく置かれた彫刻のような青年は静かに口を開き、皇帝の言葉に同意を示した。
「恐れ入ります。出過ぎた言葉でした」
とアリエルは頭を下げた。
「いや、なに。謝ることはない。面白い。実に面白い。デューク、今日は部屋を用意させている。食事は共にできるのだな?」
「はい。お供させていただきます」
とアルメリアの王は答えた。
「そうか。それは楽しみだ。ルイ、お前も同席しなさい」
「承知いたしました」
そう答えた皇太子の表情からは感情は読み取れなかった。
この度は最後までお読み頂きまして、誠にありがとうございました。
もし、よろしければ連載の最後までお付き合いいただけますと幸いでございます。