19. 前皇后の死の真相
翌朝、アリエルはエドとアレン、エミリー、エルを会議室に集めた。
「エド、明日ルノー家に出向きたいの。取り次ぎをお願い。皇室からの使いが来るとだけ伝えて頂戴」
「かしこまりました」
「それから、来週ルイ殿下をお招きしてお茶会を開催することにします。その時までに、前皇后の死について、何かしらの証拠を掴んでおきたい。ことの次第では皇帝陛下にもご参列いただくことになるかもしれないわ」
とアリエルが全員に言った。
「前皇后の死というのは?」
とアレンが尋ねた。
「あなた方にはまだはっきりとはお伝えしていなかったけれど、私たちアルメリアは前皇后は病死ではなく暗殺だったと考えているの」
「なんと! 陛下はそれをご存知でいらっしゃるのでしょうか?」
「それは、何とも言えない。本当は一度それについてご相談したいとも考えたのだけれど、今私たちは証拠を掴み切れていないのが現状で、安易に陛下にお伝えするわけにもいかないの。今わかっているのは皇后が亡くなってすぐ、皇后の遺品は全てルノー公爵に引き取られたことくらいよ」
「よくぞ、そこまでお調べに」
エドは絞り出すような声で言った。
「私はそのために来たのよ……」
アリエルは悲しそうに言った。
「だからできればお茶会が開催されるまでの間に、この件についてははっきりさせておきたいと思っているの。協力してくれるかしら?」
エドをはじめ全員が頷いた。
翌日、エミリー達を乗せた馬車に先導され、アリエルとエドとシモンを乗せた皇室の馬車はルノー家に向かっていた。
ルノー家に向かう途中で、エドとシモンからルノー家について詳細を聞かされていた。
「ルノー公爵は元々王家の分家です。政治的には皇室を支える柱の一つとなっています。ただ、他の貴族ほどの財や資産がないため貴族への支配力、影響力が持てなくなっているのが現状です」
「この国は金に物を言わせて政治を行ってるってことね」
「お恥ずかしい話、そういうことになります。ただ、前皇后が亡くなるまではここまで酷くはなかったのです。」
「意図的に力を削がれたのでしょう。前皇后を暗殺することにより、皇室の中枢にあったルノー公爵の権力を削ぐのも目的だったはず。
前皇后の亡き後、議会の息のかかった現皇后を即位させる。現皇后を即位させた見返りに、表向き議会は皇帝派ということでまとまった。
でも内情は皇后の即位によって、議会が押す人間が要職に就き、裏では自分達の都合のいいように政策を行っている」
「あなたは、そんなことまでおわかりになるのですか……」
「これはまだ目に見えている部分だけよ。目に見えないところの動きまではまだわからない。皇后が何を考えているのかも、第二皇子の存在も」
「なるほど……」
王都から馬車は一時間ほど走らせた郊外に、ルノー公爵の邸宅はあった。広い敷地を囲む塀を見るだけでもよく手入れされていることがわかった。
門番に通され、屋敷の前で馬車を降りるとルノー公爵と執事が出迎えてくれた。
「エド様、ようこそいらっしゃいました。ご無沙汰しておりますな」
「ルノー公爵閣下、こちらこそ、大変ご無沙汰しております」
「そちらの方は?」
そう言ってルノー公爵はアリエルの方を見た。
「初めてお目にかかります。アルメリアより皇太子殿下の婚約者として参りましたアリエルにございます」
そう言ってアリエルは膝を曲げた。
「あなたがルイの?そうでしたか。噂には病に伏せっておられると聞いていたが。これは、なんと、美しい方だ。」
「お褒めに預かり光栄でございます。一度、ルイ殿下の祖父君、祖母君にあたる方にご挨拶を申し上げたく、ご無理を申しました。急な訪問をお許しくださいませ」
「こんな美しい孫の訪問ならいつでも歓迎しよう」
そう言ってルノー公爵は快くアリエル達を迎えて入れてくれた。
アリエルはエドと共にサロンに通された。そこには公爵夫人もいた。
四人が席につくと、アリエルは切り出した。
「実は、私は皇帝陛下の命を受けこの国に参りました。表向きは婚約者としてですが、本来の目的は別にあります。この国で今起こっていることを正確に調べ、陛下にお伝えする、それこそが私がこの国に来た目的で、皇帝陛下が私に望むことでございます」
ルノー公爵夫妻はアリエルの言葉に驚いていた。
「その中に、私たちの亡き娘も入っている、ということだね?」
「お察しの通りでございます。これは私の個人的な見解となりますが、前皇后はただの病死ではないと考えております」
「まあ!」
と夫人は声を上げた。
「無理にとは言いません。もしもご協力いただけるのであれば、前皇后が残したお品を私が拝見することをお許し頂けませんでしょうか?」
「……」
しばらくの間、ルノー公爵夫妻は顔を見合わせて黙っていた。
「そうすることが、トルアシアのためになるとあなたは考えているのでしょうか?」
「それはわかりかねます。それを判断するのは私ではなく、皇帝陛下でございます。私は命に沿って動くだけです。ただ一つ言えるのは、私はルイ殿下のためにも真実を明らかにしたいという思いで動いております」
アリエルはルノー公爵の方をじっと見つめた。
「ああ、あなたはあの子を愛しているんだね」
「……はい。お慕い申しております」
「そうか。ルイもようやく幸せになれるんだな……あいわかった。ルノー家は、あなたに全面的に協力する。気になることがあったら私や妻に何でも聞くといい」
「ありがとうございます」
そういうとルノー公爵は立ち上がり、生前の皇后が使っていたという居室に案内してくれた。
居室は綺麗に整えられ、まるでまだ持ち主が住んでいるようだった。薄いピンク色の花柄の壁紙に白い絨毯の部屋には明るい光が差し込んでいた。
「素敵なお部屋ですね」
「あれは、少々夢みがちな娘だったからな」
「お優しい方だったと聞いています」
「これが、娘が亡くなった後皇室から持ち帰った物だ。好きに調べてくれていい。何かあったら私たちを呼びなさい。私たちがこここにいると、気兼ねするだろう」
そういうとそっと部屋を出た。
「はじめましょう」とアリエルは言った。
皇后が使っていたという遺品は箱に詰められて部屋の片隅に置かれていた。大きな箱が四つある。アリエルは十年という時間を皇室で過ごした彼女の荷物が多いのか、少ないのかわからなかった。
「ルイ殿下のお母様。私にあなたのことを教えてください」
そう呟くと箱を開けた。
四つある箱の三つの中身は主に皇后のドレスや宝飾品だった。
しかし、ここにある宝石類は皇室の財務表で見た皇后の宝飾品の購入額よりはるかに少なかった。誰かが皇后崩御の際の混乱に乗じて持ち出している可能性がある。
「ここに残されている宝石があまりにも少なすぎるわ。これ以外にもかなりの数を所有されていたはずよ。行方が気になるわ。とりあえずこの宝石は離宮に持ち帰って、出どころを調べて頂戴」
「承知いたしました。ドレスはいかがいたしますか?」
「ドレスは置いておきましょう」
「その代わり、この箱だけは持ち帰りたいわ」
そう言って、残る一つの箱を指差した。最後の箱の中には書籍が入っていた。
アリエルは箱を開け、中身を取り出しはじめた。書籍がびっしりと入っている中に、いくつかの書類も見え隠れした。
本の多くは歴史書や物語、学術書だった。一冊ずつ本を、めくっていく。
アリエルは一冊の児童書が目に止まった。表紙をめくると「愛するルイへ」と手書きで書かれていた。おそらく皇后が書いたのだろう。
その本はドラゴンの剣を求めて幼い主人公が世界中を旅する物語だった。パラパラとページをめくる。この物語は、アリエルも読んだことがあった。
ふと、所々文字の下にラインが引かれていることに気がついた。
「ねえ、いまから私がいう文字を書き留めて」
そういうとアリエルはラインが引かれた文字だけを読み上げはじめた。
最後のページまで読み上げると、その文字の羅列は文章に変わっていた。
「これは殿下に宛てた手紙だったのね。皇后陛下は、全てご存知だったんだわ。だから、殿下に全てを託されたのね。殿下が大きくなった時、真実にたどり着けるように。殿下は、愛されていたのね……」
アリエルの目に涙が浮かんだ。
ふとエドを見ると、エドの目も赤くなっていた。
「アリエル様……あなたが来てくれて、ほんとうによかった」
アリエルはルノー公爵家を出る時、宝石と書類を借りたいと伝えると、
「これはもう、全てあなたのものだから。だからあなたが持っていてちょうだい」
とルノー公爵夫人は言った。
「おばあ様……」
「アリエル、あなたはもう私たちの孫になったの。だからいつでも会いに来てちょうだい」
そう言ってアリエルを抱きしめた。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
もうすぐ1章が完結する予定です。もしよろしければお付き合いいただけますと幸いです。