105. 英断
オリバーが舞踏会に参加した翌日の夜、皇帝、ルイ、アリエル、マティス、エド、ハミルトン公爵、ルノー将軍、オリバーが騎士棟の地下会議室に集められた。
「皆、時間がないだろう、手短に要件だけ確認することにしよう」
皇帝が口を開くと皆頷いた。
「マティスの生誕祭当日、ハンプシャー家、ハンブルグ家、スミス家、リチャード家のそれぞれの領地に一斉に攻め込み、領地の制圧を行う。すでに、僻地にいるマンチェスター公爵、それからハミルトン公爵、ルノー公爵に軍の出陣の要請を出し、承諾を得ている。全て合わせると、三万の兵力にはなる」
「領地の兵力ですが、ハンブルグ家、スミス家は手薄になっていて、全て合わせても千にも満たない程度の兵しか在中しておりません」
ルイは、テーブルの上に広げられた帝国の地図を指差して言った。
「ここのところ、ハンプシャー侯爵の動きを見張っていたが、表立った大きな動きはない。が、しかし、今回のシェリー男爵家の家宅捜索について疑問を持っていないとは言い難い。リチャード伯爵はある程度こちらの動きに気づいているだろう」
皇帝は腕を組んだ。
「私もそう思います。最近、私もハンプシャー家の動きを見張っていましたが、これまでに比べて、不自然なほど動きがありません。おそらくこちらの動きを警戒しているとみた方が良いかと」
マティスも付け加えた。
「ああ、あちらもおそらく相当焦っているだろう。やけを起こして無鉄砲な行動を取る可能性もある。ハンプシャー侯爵とリチャード伯爵の動向に細心の注意を払え」
「御意」
皇帝は全員の顔を見た。皆黙って頷いた。
「それから、おそらくリチャード伯爵とその家系の者は前夜祭には参加せず、帝都の屋敷に滞在している可能性が高いかと思われます。リチャード伯爵邸にいる私兵はかなりの手練れです。こちらもそれ相応の精鋭部隊を投入し、直接捕縛した方が良いでしょう。」
ルイがそう言うと、ハミルトン公爵が提案した。
「私が直接部隊を指揮し、制圧しましょう」
「ふむ。では、以上を踏まえて、ハミルトン公爵に七千、ルノー将軍には五千の兵をつける。表向きには、マティス殿下の生誕を祝うための軍事パレードということにしてある。良いな」
「御意」
「準備が整い次第、進軍し、前夜祭開始と同時に配置につき、翌朝の日の出と共に制圧を開始します。」
ハミルトン公爵が言うと、ルノー将軍も頷いた。
「前夜祭の際に投入する近衛兵は場内に五百人、それから城の周囲に二百人配置し、取り逃さないよう包囲する予定です」
ルイは付け加えて言った。
「前夜祭で、拘束した貴族を勾留できるよう、使用人の旧館の改装も終わっています。裁判の判決がでるまで、三百名程度は収容できます。それから、闇宝石商とシェリー男爵の尋問が終わりました。依然として口を割りませんが、状況証拠からリチャード伯爵との関係が立証できそうです」
エドが言うと皇帝は頷いた。
アリエルが口を開いた。
「裁判に提出する証拠資料と付随する書類もおおかた整っております。できるだけ公正な判決がなされるよう、事実のみをまとめています」
マティスは控えめも言った。
「アリエル殿下やサイモン達に手伝ってもらい、この国の全貴族についての詳細と各領土の特性、軍事力、それから経済基盤をまとめております。お役立てください」
「皆、ご苦労だったな。では、公判の後、私がこの国をどうするか、というところだな。この国あり方については、長いこと考えてきた。しかし、取らぬ狸の皮算用をしたくはない。全てが片付いた時、明らかにするとしよう」
皇帝が言うと、皆頷いた。
*
騎士棟での会議の翌日から、進軍の準備は静かに進められた。
向きには、軍事パレードが開催されることが発表されていたため、軍の動きを怪しむ者さほどいなかった。
アリエル達は眠る間がないほど目まぐるしい日々を過ごし、ようやく全ての算段がついたのは、前夜祭の前日だった。
舞踏会前日、ルイはアリエル、マティスと共に騎士棟にある地下の会議室にいた。書類に目を通しながらルイは言った。
「長かったな。ここまで」
ルイが言うと、アリエルもマティスも頷いた。
「アリエル、あなたが来てから、毎日驚くことばかりが起きている。私は正直、この国が変わることは難しいと思って諦めかけていた。しかし、不可能だと思っていたことも、今はそうではないかもしれないと思える」
ルイの言葉にマティスも続けた。
「私も、これまで皇室には必要のない人間だと思い、毎日息を殺すように生きていました。しかし、私はようやく父上と母上のもとに生まれた意味を見出せるようになりました」
マティスは嬉しそうに笑った。
「私はただ、自分にできることをしようと努めているだけに過ぎません」
アリエルははにかんだ笑顔を見せ、そして続けた。
「人はどんな状況にいても、そこには希望と絶望が等しく存在します。その中で、闇を見るか、光を見るかはいつも自らの意思で選ぶことができます。時として、闇に染まるよりも光ある方へ進むことに困難を感じ、己の弱さに負けることもあるでしょう。しかし両殿下は闇の中にいながら、希望を抱き、未来を変える決断をなされたのです。そして、私は両殿下がされた英断が、光ある方向であり、この国を変えると信じております」
アリエルは笑った。
「ああ、そうだな。我々の進む道に、幸あらんことを祈る」
ルイがそう言うとマティスも黙って頷いた。