表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

104/108

104. 舞踏会にて

 オリバーは応接室から出ると、ひどく疲労を感じた。部屋の外では、騎士達がオリバーを心配そうに待っていた。


 騎士達に囲まれてようやく舞踏会場に戻った。


「長い時間、話し込まれていたようでしたのでお疲れでしょう。お水をお持ちいたしました」


 シモンが銀のグラスをオリバーに差し出した。細やかな気遣いがありがたかった。


「ああ、思いの外時間がかかってしまった。これ以上の長居は無用だ。そろそろ引き上げよう」


 オリバーがそう言った時だった。


「オリバー様!」


 大きな声で名前を呼ばれて振り返ると、そこにはハンブルグ侯爵の次女であるカレンがいた。


 その後ろには、数人の貴族令嬢が控えている。おそらくカレンの取り巻きの令嬢達だろう。


 カレンはとりわけ美人というではないが、着飾ることで人目を引く華やかな令嬢だった。


 今夜も相変わらずゴテゴテとした華美なドレスを身につけ、身体中に宝石を飾りつけた派手な装いをしていた。ムスクのような香水の匂いが遠くからでも鼻についた。オリバーにはカレンが美しいのかどうか、よくわからなかった。ただ、彼女を見ると心がどんよりとざらつくのだった。


「ご無沙汰しています、オリバー様。最近はちっとも屋敷にいらっしゃらないので、寂しい思いをしておりました」


 そう言うとカレンはオリバーに近づき腕を取った。カレンは、いかにも自分がオリバーと親密な仲であることを、この場にいる者達に悟らせようとしていた。


 オリバーは、カレンが周囲の人間に、あたかもオリバーの婚約者であるかのように振る舞っていることを知っていた。


 ハンブルグ侯爵の次女が、オリバーの婚約者ではないのかという噂がまことしやかに囁かれていた。


 オリバーもそのことを知ってはいたが、わざわざそれを訂正する必要もないので、そのままにしておいたのだった。


「カレン嬢、お久しぶりです。最近は公務が続いておりましたので、社交に時間を割くことができなかったのです」


 オリバーは表情なく答え、自分の腕に添えられたカレンの手を取ると、そっと離した。


「オリバー様のご活躍は、私も良く存じておりますわ。オリバー様の活躍に、私もとても鼻が高いのです!」


 カレンは大袈裟な笑顔を見せ、上目遣いにオリバーを見た。


「私はただ、与えられた任務を遂行したまでです」


 オリバーは淡々と言った。


「それに、皆オリバー様のご結婚について知りたがっておりますのよ」


 カレンはあえて大きな声を出した。その発言は、周囲にいた令嬢だけでなく、舞踏会場全体の視線も集めた。


 カレンは熱のこもる目でオリバーを見つめた。それは、いかにも自分がオリバーの婚約者であるとでも言いたげな物言いだった。


 オリバーはこれだけ大勢の前で、この話を是正しなければいけないのかと思うと、ひどく億劫な気持ちになった。


「それについてですが、どうやら誤解されて話が伝わっているようですね。私は陛下に、何人なんびとたりとも私の結婚に干渉しないようにと、お願いしました。ですから、結婚について、私からお話しするようなことは何もありません」


 オリバーは務めて冷静に言った。


「……でも、私はオリバー様の……」


 カレンがその続きの言葉を口にしそうになる前に、オリバーは静かに言った。


「この話について、説明は今ここでは必要ないかと思います。どうぞこれ以上の干渉はお控え願えますか?」


 オリバーの見透かす様なその冷たい目に、カレンは黙り込んだ。


 カレンの周囲にいた令嬢達は皆驚き、センスを広げながらカレンを見た。


 カレンのこれまでの話と、事実が随分食い違っていることに気がついたのだろう。それは会場にいた者達も同じだった。


 オリバーはそれだけ言うと、周囲の視線を気に留める事なく、騎士達と共に舞踏会場を出た。



 *



 オリバーはシモンと共に帰りの馬車に乗っていた。帰りの馬車の中で、オリバーは疲労を隠せなかった。下心のこもった好意と好奇に晒されたが、何とか私兵についての情報だけは得ることができた。


 無性にマリーに会いたくなった。打算や下心なく、ただひたむきに自分の主人と国のために尽くそうとするマリーの在り方が、とても好ましく、恋しくなった。そしてそんな彼女の清らかさに触れたかった。


 シモンは、オリバーに向かってにこやかに言った。


「オリバー様、今夜はもう遅いので、よろしければ離宮でお休みになって行かれませんか? 客室を用意します」


「シモン殿のお申し出に感謝いたします。それでは、ありがたくお言葉に甘えることにします」


 オリバーはシモンの気遣いがありがたく、ようやく安堵の笑顔を見せた。二人を乗せた馬車は進路を変え、離宮へと向かった。



 *


 夜が明ける前、オリバーとシモンは離宮に到着した。二人が玄関の扉を開けると、エントランスホールにある長椅子で、ショールを羽織って座ったまま眠っているマリーがいた。


 オリバーは思わずマリーのそばに駆け寄った。


「マリー、こんなところで眠っていると風邪を引きますよ」


 オリバーはマリーが眠る長椅子の前に跪き、その頬に触れて囁いた。


 目を覚ましたマリーは、オリバーを見て驚いた顔をしたが、すぐに嬉しそうな笑顔を見せた。


「オリバー、どうしてここに?」


「今夜はシモン殿にお招きいただきました」


 そう言うとオリバーはシモンの方を見た。


 シモンは頷き、

「客室の用意をさせておきます。ゆっくりお休みください」

 とにこりと笑い、そのまま宮の奥へと消えた。


「マリーこそ、どうしてこんなところに?」


 オリバーはマリーの隣に座り、肩を抱きながら尋ねた。


「……シモンからオリバーがスミス家の舞踏会に参加されると伺いました。なんだか気になってしまい、報告を聞こうと思ってシモンを待っていたのです……」


 マリーは恥ずかしそうに、はにかみながら笑った。


「では、私が直接マリーに今日の出来事を報告しましょう。客室まで案内してもらえますか?」


 そう言うと、オリバーは嬉しそうにマリーにキスをして抱き上げた。


 そして、オリバーはマリーを抱えたまま客室に向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ