101. 大詰め
アリエルは、久しぶりにエド、サイモン、シモン、ハラス、エル、エミリー、マリーの全員を離宮の会議室に集めた。そこにはルイとオリバーの姿もあった。
「皆の協力のおかげで、今回闇宝石商を捕縛することができた。改めて礼を言う。それから、特にオリバー、マリー、危険な任務だったのに良くやってくれた。感謝する」
オリバーとマリーは黙って頭を下げた。
「マリーの背中の傷はもう良いのか?」
「はい。この度は私の実力不足ゆえ、途中で任務を離脱することになりご迷惑をおかけしました。先日から任務に復帰しております」
「そうか。まだあまり無理はするな。オリバーもお主の身を案じておる」
ルイはマリーを優しく諭した。
「承知いたしました」
マリーは深く頭を下げた。
「ところでオリバーとマリーが結婚することになったの。両陛下、ハミルトン公爵夫妻、それからルイ殿下と私も了承ずみよ」
アリエルはにっこりと笑って言った。
皆は驚きを隠せない様子で、一斉にオリバーとマリーの方を見た。
マリーはいつも通り、そばかすだらけの赤ら顔の化粧にぼんやりとした色の地味なドレスを着た垢抜けない令嬢の姿をしていた。全員からの視線を浴びると、ニコリと笑った。
「ということなの。皆、祝福してもらえるかしら?」
アリエルの声に、皆一斉に沸き上がった。
「では、それも含めて今後の流れを話し合いましょう。まずシェリー男爵家の件の報告から。エル、ハラスお願い」
エルは立ち上がって説明を始めた。
「では、まず宝石密輸の件の進捗を私から簡単に説明させていただきます。リチャード家の者は、闇宝石商の消息が途絶えたことを察しているようですが、男爵家で押収しておいた宝石を流通に流しているため、あちらもその確証を得られていないかと思います。ただ、皇室の動きを悟られないよう慎重になるべきかと」
「今のところ、一部の者のみしか存在を知らない地下牢に留置してある。エド、尋問している。供述は取れたか?」
ルイはエドの方を見た。
「三人のうち二人は、証人喚問の際に証言したら恩赦を与えて国外逃亡を手助けする、という条件を出したところ自供を始めています。ただ、もう一人は一貫して黙秘しています。おそらくその宝石商がリチャード家とのつながりのある人物だと思われます。これ以上黙秘を貫くようでしたら、拷問にかけて吐かせる予定です」
「ふむ。そちらはもう一息だな。シェリー男爵はどうだ?」
「シェリー男爵は一貫して今回の件は自分が胴元であることを主張しています。万が一捉えられた場合に備えて、口裏を合わせているため、ボロは出さない可能性が高いかと。賭博の容疑だけでは、拷問にかけるのも憚られます。そのためリチャード家との繋がりまでを吐かせるのは難しいかと思われます」
エドは残念そうに言った。
「それでよい。こちらはただ闇賭博を摘発するために動いていると思わせるのにはもってこいだ。屋敷にいた者の事情聴取は終わっているか?」
「賭博に参加していたものの名簿の作成が完了しています。その中で、闇金融に手を出している者もまとめています。おおよその負債額も調査しております。賭博で負けて支払えなくなった者に、その場で法外な利息で貸付を行なっています。こちらの高利貸しの窓口もシェリー男爵が担っております」
「ご苦労だったな。今回の摘発により、ようやく点と点が線で結ばれ始めた。たが、まだ絶対に油断するな。全てを白日の下に晒すまで、安寧はないと思ってくれ」
「御意」
「マティスの十六の誕生祭祭典の前夜、議会に参加権のある主要貴族を全員集まる。前夜祭に、舞踏会が設けられるのはお前たちも知っているな。その日は爵位のあるものだけでなく、その家系に連なるものはもれなく招待している。
舞踏会の途中、主要貴族全員の所在が確認でき次第、参加した者を全員拘束する予定だ。当日は、誰も城外に出さぬよう、近衛兵で固めろ。リチャード家、ハンブルグ家、ハンプシャー家の帝都の屋敷も同時に制圧する。ハミルトン将軍、ルノー将軍がそちらの指揮を取る」
「シモン、ハラス、エミリーは、祭典当日は近衛兵に扮して、犯罪の中心人物になるハンブルグ家、ハンプシャー家、スミス家の人間を見張ってちょうだい。エルは同時刻にリチャード家の屋敷を制圧するからそちらに加われるかしら?」
「承知いたしました」
「私とアリエルはと共に祭典に参加する」
ルイがアリエルの方を見ると、アリエルも頷いた。
アリエルはオリバーとマリーの方を見て言った。
「オリバーとマリーの結婚についてなのだけれど、その前夜祭の舞踏会で婚約を発表しましょう。マティス殿下の誕生祭が機となって、これからの社交界の勢力図は全く違うものになるはずよ。今後、マリーには諜報活動の場を社交界に移してもらいたいの。そのためにも今回の宮廷舞踏会はもってこいの発表の場になるわ。二人は同伴して来場してちょうだい。ルイ殿下の合図に従って動けるよう、なるべく私たちの側を離れないで」
「御意」
オリバーとマリーは深く頷いた。
「それから、マリー。明日から離宮に戻ってきてもらえるかしら? 無理のない範囲で、裁判に提出する書類の作成を手伝ってもらいたいの。その合間にオリバーと相談して、舞踏会の準備も進めてちょうだい。マリーの婚約の衣装とあれば、お金はどこまでも張るわ」
「……いや、アリエルそれは、ちょっと待った方が良さそうだが……」
ルイはそう言ってアリエルを宥めると、気の毒そうにオリバーの方をチラリと見た。
「……アリエル様、マリーの舞踏会の準備はこちらで進めさせていたいのですが?」
オリバーは不服そうな顔をして言った。
「……ということだ、アリエル、ここはオリバーの顔を立ててもらえないか? 私からも頼む」
「……そういうことなら仕方がありません。ここはオリバーに譲りましょう。ただし、婚約式の際には口を挟ませてもらうわよ」
アリエルは息巻いた。
「……ややこしい姑のようだな……オリバー、力添えできず申し訳ない」
ルイは申し訳なさそうにぼそっと言った。オリバーは、複雑そうな表情を浮かべていた。
「話を戻すけれど、裁判資料作成の主幹はサイモンとアレンにお願いするわ。証拠についての記述はシモン、ハラス、エル、マリーで補佐して。軍事費改竄についてであれば私かマティス殿下に聞いてちょうだい。人手が足りなければ役人の中で、信頼できる者に補助をさせましょう。
前皇后の暗殺から、横領、横流し、水増し請求、脱税、国税・軍事費の改竄、宝石密輸それからブラスト教会との癒着まで、証拠が上がっているものは全て洗い出して。関わったものの名前は全員列挙してちょうだい」
アリエルが言うと、皆頷いた。
「両陛下と私、アリエル、マティス、エド、ルノー公爵、ハミルトン公爵で今後の国政と議会と編成について調整する。そのため、アリエルはしばらくの間、城に滞在することになる。オリバー、城と離宮を行き来して補佐してくれ」
「承知しました」
「エル、帝都の屋敷を早急に引き払ってちょうだい。リチャード家はじめ、帝都の屋敷の存在に気づいている人間がいるわ。できるだけ目につかないように、引き上げてちょうだい」
「御意」
「前夜祭の舞踏会で拘束した者は、帝都の大聖堂の前で行われる生誕祭の後、国民の前に引きずり出して裁判にかける。できるだけ多くの国民をそこに集める予定だ。主だって犯罪を犯したものは、その場で告発し、国民にもその審判の是非を問うことにするのが陛下の狙いだ。民からの信頼を得るためにも、全て証拠に沿って裁判を進める。これからの国を左右する重大な機会になる、この二週間でやれることはすべてやるぞ」
ルイの言葉に、全員が頷いた。