10. 王女、契約婚約の任務を受ける
会議が行われた日の夕方、離宮にアリエルの父であるアルメリアの王が訪ねてきた。
「私の可愛い娘、アリエル」
と父はアリエルの顔を見るなりきつく抱きしめた。
「お父様ったら」
とアリエルは笑った。
サロンにお茶が用意されると、父は真面目な顔で切り出した。
「アリエル。お前に話がある」
「はい。何でしょうか、お父様」
アリエルも、居住まいを正した。
「アリエル、お前に婚約の話がきている」
アリエルは父の顔を見た。
「もしかして」
「そうだ。トルアシアだ」
「では、この間のあの旅はやはり」
「ああ、お前ももうわかっているだろうが、あの旅に同行させたのは、お前と皇帝陛下を会わせるのが目的だった。まあ、もちろん皇太子にもだが」
「では、私のお相手というのは、ルイ殿下ということになるのでしょうか?」
「そう言うことになる。だが、話はそれほど単純なものでもない。まあ全てお前が調べているのだから、わかっているだろうがな」
「はい。あちらの状態はなかなか複雑であることは理解しています。皇帝陛下はどこまでご存知なのでしょうか?」
「そうだな、私が知っていることは、全て知っている。そう思ってくれて良い」
「では私のことも?」
「ああ、もちろんだ。だからこそ、お前に白羽の矢が立った」
「そう言うことだったのですね」
「では、ルイ殿下も?」
「いや、彼は少し違う。晩餐会でのあの反応を見ただろう?」
と言いニヤリとした。
「ええ。お父様ったら悪ふざけがすぎます」
とアリエルは怒った。
「でも、面白かっただろう?」
父は声を出して笑った。
アリエルもその顔を見るとおかしさが込み上げた。
「彼は、まだ何も知らない。今日の会議で大まかなことは伝えたが、お前のことの婚約の話が進んでいることも、まだ何も知らない。それにこれは婚約の話であって、実際に結婚するかどうかはまた別の話だ」
「一体どういうことですか?」
「お前には、一旦皇太子の婚約者という形でトルアシアに出向いてもらう。婚約期間中のお前の仕事は、あちらさんの手伝いだ。まあ、つまり諜報員として手伝いに来てほしいというのが本命の理由だが、正面切ってそうも言えないから外交的に婚約してくれということになった」
「じゃあ、仕事が終わった後、私はトルアシアの皇太子に婚約破棄をされた可哀想な病床の第四王女という肩書になるということですか?」
「まあ、ことの運び次第では、そういうことになるな」と父は笑った。
「私がこんな哀れな女になる代償はあるのでしょうか?」
とアリエルも笑った。
「お前が望んだ通り、アルメリアの民の十代先までの繁栄と、アルメリアとトルアシアの永世和平を現皇帝は約束すると言っている。だが、自分が死んだ後については皇太子に委ねるとのことだ」
「まあ、それは無責任で都合のいい解釈ね」
「その代わり、あちらはお前に離宮を用意するそうだ。もちろん婚約が破棄された後も自由に行き来して良い。お前のための宮殿だ。まあ、つまり仕事場だな」
「なるほど、これから私は死ぬまでアルメリアとトルアシアの諜報員として働くことになるということですね」
「両国の和平はお前の手の中、ということになる」
そう言って父はアリエルの手を包んだ。
「お父様も皇帝陛下も、策士だわ」
「行ってくれるか?アリエル」
「断れないことを知っているでしょう。この貸しは大きいですからね」
「陛下も私も、お前には頭が上がらない。丁重なもてなしを期待してくれ。では正式な決定は、来週以降になる。早ければ来月にはトルアシアに立ってもらう。そのつもりで準備をしておいてくれ」
アリエルは内心、いやではなかった。なんて面白い話が飛び込んできたのだろうと好奇心が掻き立てられいた。
しかし、今トルアシアで起こっていることやルイの気持ちを考えると、憂鬱な気持ちになるのも事実だった。彼は大丈夫なのだろうか。アリエルは複雑な気持ちでトルアシアに行くことになりそうだった。
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