1. 彫刻のような皇太子との出会い
彼を初めて王座の間で見かけた時、美しい彫刻のような人だと思った。
短い黒い髪と黒い瞳、黄金比に沿って並べられたような目鼻立ち。
しかし、その美しい瞳は何も映していないようだった。人間味のない表情からアリエルは「彼は彫刻なのだわ」と思ったのだった。
父であるアルメリア王国の王から呼び出しがあった。
父の側近がわざわざ呼び出しの通知を持ってアリエルの元に持ってやってきた。普段、離宮に住まうアリエルを本宮にある謁見の間に呼び出すのは、公に通達したい決定事項がある時だけだった。
アリエルがアルメリア城の謁見の間に出向くと、国王である父は言った。
「アルメリア王国第四王女アリエルと、トルアシア帝国の皇太子との婚約が正式に決定した。来月より、トルアシア帝国に赴くように」
アリエルは、父を見て
「承知いたしました」
とだけ答えた。
アリエルは心の中で「ああ、私はあの、彫刻のような皇太子の婚約者となるのね」と静かに呟いた。
アリエルはアルメリア王国の第四王女として生まれた。病に伏せっている病弱な第四王女として公務を行うことなく、離宮でひっそりと暮らす哀れな王女、それがアルメリア国の国民が知るアリエルの姿だ。
アルメリア王国は代々王が治める単独で存在する王国ではあるが、実態はその周辺12カ国のうち、9カ国はアルメリアと同盟を結んだ言わば属国である。
残り三つの国は永世中立国を謳っているが、アルメリアとは良好な関係を築いている。
アルメリアが小国でありながら、現任の王の代になってから王の外交手腕と、母である皇后の国内外の社交を中心に、飛躍的に貿易と産業が発展し豊かな強国となりつつある。
やり手の父と、社交界の花である母の元に生まれた末娘が第四王女のアリエルだった。
この末娘のアリエルは、幼い頃からずば抜けた知能を持つ神童だった。
父と母はアリエルの興味がこの世界の成り立ちや政にあると知り、周辺国の旅商人を呼び寄せ、各国の文化、歴史、社会情勢、経済の仕組み、そしてこの国と世界を取り巻く状況を学ばせた。
十五の頃から父について、国内外を旅するようになった。父は外交手腕にたけ、国内外の視察に出かけることが多かった。
その際に現地では「地方貴族で代々続く宝石商デューク伯爵家の当主」として気ままに旅をすることが度々あった。
アリエルもそれに同行するようになった。変装した父が宝石商を選んでいた理由は、貴金属の物流と共に物価や金貨の流れを追っていたからである。
父の旅の目的の一つとして、不正調査があった。国内の税調査から始まり、貴族の不正、宝飾品の密輸等、多岐に渉る項目を調査してまわっていた。
王である父がわざわざ出向く必要などないように思えたが、それが先代からのやり方だった。アリエルもそれに同行し、実際に自分の目でその土地や人、流通を見ることの大切さを知った。
世界を知ること、それがアリエルの興味の全てだった。
時に過酷な旅になるからと、早くから護身術を身につけ、乗馬訓練から剣術の稽古まで、旅に同行できるのであれば父が出す条件は何でも飲んだ。
十七歳になる頃には調査員、諜報員として、一部の家臣にも一目置かれる存在となっていた。
が、表向きは病弱な王女であるため、社交の場に出ることは全くなく、彼女の素顔を知るものは家族や世話係以外にほとんどいない。
だからこそ、ユーリとして王宮の外で過ごす時は、変装など必要のない「自分」としていられてたのだった。
*
アリエルが二十一歳になった夏の初めだった。その頃には国の実務の大半を兄が担い、父も旅をすることがほとんどなくなっていたが、珍しくトルアシア帝国に出向くことになった父の旅に再び同行することとなった。
今回の調査は、アルメリア国の宝飾品が不正にトルアシア帝国に輸出されている可能性についての調査だった。
一部の貴族がアルメリア内で買い付け、関税を通すことなくトルアシア帝国に持ち帰っているだろうという疑いをアリエル自身が報告書で上げた件だった。
別件でトルアシア帝国に用があった父が今回の調査も兼ねて出向くことになった。
そして普段はあまり行くことのないトルアシア帝国にアリエルも同行することが許されたのだった。しかし父は珍しくアリエルが同行することにあまり乗り気ではなかった。
「お父様、今回は私も同行いたします」
と言うと、いつもなら
「そうか、来てくれるのか! いや、今回は楽しい旅になるな」
と嬉しそうな顔をするはずの父が、あまり嬉しそうな顔はせず、しぶしぶといった表情でアリエルの同行を許したのだった。
今回の旅もいつも通りデューク伯爵家の当主、娘ユーリ、そして使用人兼旅商人として付き人を六人連れての八人での旅となった。
とはいえ、護衛の精鋭部隊少し離れた場所に待機する形で常に付き添っている。トルアシア帝国に入って四日目のことだった。
宿泊していた宿に、トルアシア帝国からの使いの者が来た。
「帝王が『アルメリア王国の幻の花と言われる宝石の話を聞きたい』とのこと、至急城まで来られたし」との通達だった。
父であるアルメリア王は特に驚きもせず、半ば仕方なくと言った顔でその知らせを受け取った。
翌朝、城からの馬車が宿に付けられ、デューク伯爵家の当主とユーリ、そして付き人二人が乗り込み帝国の城に出向くことになった。アリエルは普段着飾ることなどほとんどなく、質素な貴族令嬢に扮している。
帝王陛下への謁見とあり、普段着で出かけようとすると、父からも一緒に来た部下からも流石に止められてしまい、申し訳程度に化粧を施して、姉から借りたあまり派手でもない訪問着のドレスを着ることになった。
「今回、本当ならお前を連れて来たくはなかったのだがな」
父は馬車の中でボソリとそう言った。
「あら、珍しくそんなことをおっしゃるのですね、お父様」
アリエルは不思議に思い、呟いた。
「ああ、そうだな……それにしてもアリエル、お前は美しく成長したな」
少し母親に似たアリエルは金色になびく髪に、深い緑色の瞳を持ち、肌は陶器のように白い。
父を見つめる瞳は、長い睫毛で縁取られている。
「お母様やお姉様のようになれているかしら?」
皇后であるアリエルの母はアルメリアの宝石と謳われる程美しく、またアリエルの姉も皆、とても美しい王女だ。
「ああ、それ以上に。お前は美しい私の大事な姫だよ」
と父は笑った。
「お父様にそんな風に褒めていただくと、嬉しいです」
とアリエルも笑みを返した。
アリエルは母である皇后に似てはいるが、花が綻ぶように笑う彼女は、それ以上に見目美しく成長していた。
ただ、当の本人は自分の容姿に興味があるわけでもなく、もっぱらの興味はこの世界で起こっていることだった。「どうすればこの国と周辺諸国の民がより幸せに豊かに生きられるか」と日々悩み、国民や国のために心を砕いていた。
そして熱心に車窓から見えるトルアシア一の都の景色を眺めていた。
「トルアシア帝国は豊かで美しい国ですね。ただ、この大国をまとめようとすると、やはり歪みも生じているのでしょうね」
アリエルは馬車から見える景色を見てポツリと言った。
その言葉に父であるアルメリアの国王は
「そうだな。どの国でも、外からは見えないことは山のようにある」
と答えた。
この度はお読み頂きまして、誠にありがとうございました。初めての作品となり、読みにくい点、表現等もあるかと思いますが、よろしければ最後までお付き合いいただけますと幸いでございます。