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今年も彼女ができなかった  作者: 落川翔太
6/8

6.


夏も終わり、外を歩くと肌寒さを感じる頃になった。九月の中旬である。

 司がいつものようにデスクで仕事をしていた時だった。

「河合君、ちょっといいかい?」

課長が近くにいた河合朱莉の席まで来て、彼女を呼んだ。

 課長に呼び出され、朱莉はすぐに課長のデスクへと向かう。その後、課長が彼女を叱った。

 司は課長の怒鳴り声を聞いて、びくりとした。

どうやら朱莉は自分の仕事でミスをしたらしかった。その後、彼女は「申し訳ありません」と、何度も謝っていた。

 課長がひとしきり説教を終えると、「もういいから」と言って、彼女を手で追い払った。

彼女はもう一度課長に深く頭を下げて、「本当に申し訳ありませんでした。以後気を付けます」と言って、課長のデスクを離れて行った。

 それから、彼女は自分のデスクに戻って、席に座った。司がちらりと彼女の方を見ると、彼女はしょんぼりとしていた。

その日の昼休み、司は近くのコンビニで買ってきたおにぎりやサンドイッチを自分のデスクで食べようとしていた。その時、ちょうど朱莉がデスクで手作りのお弁当を食べていた。

 それからすぐに、司は先ほど彼女が怒られていたことを思い出した。

彼女が怒られるのは珍しいなと思った。それに彼女は普段ミスをするような人ではないので、それもまた司は珍しく思った。

どうかしたのだろうか。不思議に思った司は彼女に声を掛けることにした。

「やあ。今朝はひどく課長に怒られていたね」

「何? 冷やかし? だったら、やめてちょうだい」

「いや、違うよ。河合さんが怒られているなんて珍しいなって思ったから、どうかしたのかなって思って」

 司がそう言うと、彼女は声を小さくして「これ、まだ社内の人に誰も言っていないんだけどね、実はね、あたし、彼氏に浮気をされたの……。」と言った。

「浮気!?」

 思わず司は声が大きくなった。

「シッ!」と、彼女は口に指をあてて言った。それから、「そう」と、答えた。

「そうだったんだ……。それは可哀想だね」

「うん」

「もしかして、それでミスしちゃったとか?」

「まあ、そんなところかな……。」

「そっか」

「うん。だけど、そんなことで手が付けられなくて、ミスしちゃったなんて課長に言ったら、そんなことでミスしてどうするんだってもっと怒られちゃうでしょ?」

「確かに」

「だから、そんなことも言えなくてさ。けど、本当に悪いのは私なのよね……。」

「うん」

「でも、彼に浮気されて、正直辛くて……。」

 それから、彼女がそう言った。

「そりゃあ辛いだろうね」

「うん。だからね、私、彼と別れようと思ってるんだ……。」

「そうなんだ」

「ねえ、小室君。今日の夜、時間ある?」

 その後、彼女がそう言った。

「平気だけど」

司がそう言うと、「ホント!? じゃあさ、仕事終わってから、二人で飲みにでも行かない?」と、彼女が言った。

「二人で?」

「うん。小室君に話を聞いてほしいの」

 それから、彼女がそう言った。

 飲みに行くくらいいいだろうと思った司は、「いいよ」と返事をした。

 それから、夜七時に二人で会社の近くの居酒屋で飲むことにした。

 仕事が一段落した後で、司はオフィスに掛かっている時計に目をやった。見ると、六時半になっていた。約束の七時まで後三十分あった。その後すぐに携帯に手を伸ばすと、彼女からメッセージが来ていたのに気づいた。見ると、そこには「七時になったら、会社の入り口付近で待ち合わせね」と、書いてあった。その後、司は「了解」と、彼女にメッセージを送った。

 トイレを済ませた後、司が会社を出ると、出入り口辺りに河合朱莉がいた。

「あ、来た来た」

「お待たせ」

「じゃあ、行きますか?」と彼女が言って、司は彼女と一緒に駅の方まで歩いた。

駅周辺は商店街になっていて、居酒屋が何軒も並んでいた。そのなかで、彼女がここはオススメだよと言った焼き鳥のお店があったので、二人でそこへ入った。

彼女はハイボールを注文しようとしていたようだが、司がビールを注文しようとすると、「今日はビール飲んじゃおうかな」と言ってビールにするようだったので、それを二つ注文した。それから、焼き鳥の五種盛りと枝豆、軟骨の唐揚げ、それと梅水晶を頼んだ。

しばらくして、ビールが二つ届いた。

「乾杯」と彼女が言って二人でグラスを鳴らすと、彼女はごくごくと美味しそうにビールを飲んだ。司も一気にビールを飲む。それから、はあ、と息をついた。

「はあ~ 久々のビールは美味しい」

それから、彼女が嬉しそうに言った。

「ハイボールじゃなくてよかったの?」

 司がそう訊くと、「こういう時じゃなきゃ飲まないから」と彼女は言って、にやりと笑った。

「そっか」

「でも、二杯目はハイボールにする」

「うん。それで、話って?」

 早速、司がそう訊くと、「ああ、そうそう。聞きたい? 私が浮気されたって話?」と、彼女が言った。

「うん」

 司が頷くと、「そう。じゃあ、話すけど」と言って、彼女が口を開いた。

「一昨日のことなの。夜、仕事が終わって、私は彼に会いたいと思ったから、彼に『今どこにいるの?』ってメッセージを送ったの。そしたら、『家にいるよ』って彼から返信がきたから、『今から遊びに行ってもいい?』って訊いたの。そしたら、『今日は友達が来ているから、また今度でもいい?』って彼から返信が来たの。それで友達が来てるんだったら、行くのやめようって思ったんだけど、その後、私ね、彼にこっそり会いに行っちゃおうって思ったの。彼の友達がいるくらいなら別にいいやって思ったの。それで、内緒で彼の家に行ったの。彼の家の前まで行くと、部屋に明かりが点いていて、彼の家に友達が来ていたみたいなの。それから、私はインターフォンを鳴らした。彼をビックリさせようと思ってね。けど、彼が出て来る気配がなかったの。だからもう一回インターフォンを鳴らしたら、今度はすぐに彼が出てきたの」

 彼女は話を続ける。その後の様子はこのような感じだったらしい。


「来ちゃった」

 その夜、朱莉が彼の家の前でそう言った。

「来ちゃったって何だよ。朱莉、悪いんだけど、今日は帰ってくれないか。友達が来てるんだ」

 それから、彼がそう言ったのだという。

「ゴメン……。だけど、私、会いたかったから来ただけなの」

「分かったって。もういいだろう」

「もういいだろうって、何よその言い方! ひどくない?」

「そっちこそ、ひどいだろ! 急にうちに来て」

「どうして家に入れてくれないの?」

 その後、朱莉が彼にそう訊いた。

「さっきから言ってるだろ! 友達が来てるんだって」

 彼はそう言うだけだった。

「友達って? もしかして女の子?」

それから、朱莉がそう訊くと、「男だよ」と、彼は答えた。

「誰なの? 私の知ってる人なら、別にいいでしょ?」

「いや、誰だろうとダメと言ったら、ダメなんだ」

「入るわよ」

 その後、朱莉は彼の家へと入った。

「え! あ、ちょっと!」


「その後、私は彼の家に入ったの。玄関にね、ヒールがあったのよ。そのヒールを見て、すぐに女の人が来ているのは分かったの。どこかにその女の人が隠れてると思って、早速、私は寝室に行ったの。もしかしたら、そこで二人して何かやっていたんじゃないかって思ってね。そしたら、案の定、その部屋のベッドに女の人がいたの。私の知らない人がね。そこで私は確信したの。彼が浮気をしていたってね」

「なるほど。そんなことがあったんだ」

「うん……そうなの」

「ひどい奴だな」

 司がそう呟くように言うと、「そうでしょ?」と、彼女が言った。

「でね、向こうの女の子も、彼が浮気をしていたことをその時知ったみたいなの。その子も私も可哀想よね……。」

「うん……。」

「次に付き合うなら、浮気しない男がいいな」

 その後、彼女がそう言った。

「そうだね」

 それから、司は相槌を打った。

「そう言えば、小室君って彼女いるの?」

 その後、すぐに朱莉がそう訊いたので、司は「いないよ」と答えた。

「そっか。でも、小室君ってなんか浮気しなさそうだよね」

それから、彼女がそう言った。

「そうかな?」

「うん。そう見える。あーあ、小室君みたいな人と付き合えたらな」

「そう? そう見えるだけで、浮気しないとも言い切れないよ」

司がそう言うと、「そっか」と、彼女は納得したように言った。

「でも、浮気しない自信はあるかも」

その後、司がそう言うと、「それは頼もしいね」と、彼女は言って笑った。


 それから数日後、午前中の仕事をしていた時、司は携帯にメッセージが来ていたことに気付いた。それは河合朱莉からだった。そのメッセージを見ると、どうやら彼女はその彼氏と別れたらしい。

それでよかったのではないかと司は思った。

 その後、ややあって朱莉からもう一通のメッセージが来た。

「今日のお昼、一緒に食べない?」

 彼女は吹っ切れたようだった。

司はいいだろうと思い、「いいよ」と、メッセージを送った。

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