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お昼休みに、司がいつものように近くのスーパーで買ってきたお弁当を自分のデスクで食べようとしていた時、一人の先輩に声を掛けられた。それは神崎さんだった。彼は司の三つ上の先輩であった。
それからすぐに、司は神崎さんと休憩スペースへ向かった。そこにはいくつかのテーブルと椅子がある。社員たちはいつもそこでお昼を食べたり、お茶をしながらお喋りをしていた。その日も、何人かの社員がそこでお昼を食べたり、お喋りをして休憩していた。
司は彼と空いていた席に座り、そこで二人でお昼を食べる。彼は持ってきていたお弁当を開けて、中に入っていた卵焼きを食べた。
「神崎さんは、いつもお弁当持ってきてますけど、それって朝、自分で作っているんですか?」
彼はほぼ毎日、お昼に手作りのお弁当を食べていた。それを見て、気になっていた司は以前、そう訊いたことがあった。
「いや。自分では作らないよ。毎朝、彼女が作ってくれているんだ」と、彼は言っていた。
それから、司は彼に彼女がいたことを知った。彼女は真衣さんと言うらしい。真衣さんとは同棲をしていて、彼女がほとんど毎朝、お弁当を作るらしかった。
司はそれを聞いて、微笑ましいなと思った。それから、羨ましくも思った。
「小室は今、彼女いるの?」
それから、彼が司にそう訊いた。
「いや。いないです」
司がそう言うと、「そうか」と、彼は納得したように言った。それから、「気になる人はいないの?」と、再び訊いた。
「それもいません」
「そうか。あ、じゃあさ、俺が女の子を紹介してあげようか?」
それから、彼がそう言った。
彼のその言葉に司は驚いた。紹介してくれるなんて思ってもいなかった。
「紹介ですか?」
「そう」
「いや、それは嬉しいんですけど……。急にそう言われるとなんだか困ります」
その後、司がそう言うと、「そうか。じゃあ、やめとくか?」と彼が言った。けれど、せっかくだし断るのも悪いなと思った司は、一度でいいから会ってみようと思い、「やっぱりお願いします」と、彼に言った。
「よし! そうこなくっちゃ!」
それから、彼は意気揚々にそう言った。
「それで、どんな人なんですか?」
その後、司がそう訊くと、「お前って今いくつだっけ?」と、彼が訊いた。
「二十四です」
「じゃあ、お前の三つ上っていうことになる」と、彼が言った。
「二十七……。年上ってことですか?」
「そうなるな。お前、年上は嫌いか?」
「別に嫌いじゃないですけど、年上の女性と付き合ったことはないので、分からないです」
「そうか。まあ、年上だろうが年下だろうが、お前が別に平気なら問題ないだろ?」
「まあ、そうですね」
「ああ、顔か?」
それから、彼はそう言って、ポケットから携帯を取り出した。そして、一枚の写真を見せてくれた。それは彼やその友達何人かで飲みに行った時に撮った写真のようであった。
「この人だよ」
その後、彼は自分の隣にいたその女性を指さした。
「俺的にはこいつ可愛いと思うけどな」
彼がその女性を見てそう言った。彼の言う通り、その女性は笑顔が素敵な可愛らしい女性だった。
「どうだい? 会ってみたいと思わないかい?」
それから、彼にそう訊かれ、司は一度、会って話をしてみてもいいだろうと思った。
「はい」
司が頷くと、彼は「分かった」と言って、笑顔を見せた。
「じゃあ、彼女に連絡してみるから、予定決まったらお前に連絡するよ」
彼はそう言って、約束を取り付けてくれるらしかった。
その翌日、お昼休みに彼から話があると言われた。
彼がその女性に連絡をしたところ、彼女は司に会ってくれるらしかった。それを聞いた司は嬉しく思った。そして、彼の案で金曜日の夜に三人で飲みに行くことになった。
それから金曜日の夜、仕事を終えた後、司は彼と一緒に横浜駅へ向かった。夜七時にそこでその人と待ち合わせていた。
「あ、神崎君、お待たせ!」
しばらくして、その女性がやって来た。
「おう、アヤカ。久しぶり!」
彼は彼女を見て言った。
「久しぶり~」
「元気そうだな」
彼がそう言った後、「うん」と、彼女は頷いた。その後、司を見て、彼女は口を開いた。
「あ、こんばんは」
「こんばんは」
「初めまして、小倉綾花です」と、彼女が言った。
「初めまして」
その後すぐに、司も自己紹介をした。
「キミが噂の小室君か。よろしくね」
それから、彼女がそう言って微笑んだ。
「はい。よろしくお願いします」
司はそう言って、彼女にペコリと頭を下げた。
それを見ていた神崎さんがくすりと笑った。その後、綾花さんと司も笑った。
その後、司たちは三人で神崎さんの行きつけの居酒屋へと向かった。
そこで司は神崎さんや綾花さんと三人でお酒を飲みながら、駄弁っていた。
「神崎君、私、やっぱり司くんのこと気に入ったよ」
それから、綾花さんがそう言った。
「本当か!?」
「うん」
彼女はそう言った後、司に笑顔を見せた。
「ねえ、司君。今度、また会えないかしら?」
それから、彼女が司にそう言った。
司も彼女にまた会いたいと思った。それから、司は「いいですよ」と答えた。
その後、司は綾花さんと次の約束を決めた。来週の土曜日に彼女とデートをすることになった。それから、司は彼女と連絡先を交換した。司はとても楽しみに思った。
そして、土曜日。
午前十一時に桜木町駅で司は綾花さんと待ち合わせた。
十一時になる十分前に、司は駅の改札前に到着した。辺りを見回したが、まだ彼女は来ていないようだった。
それから、五分ほどして彼女がやって来た。
「小室君、ゴメン。お待たせ!」
彼女は司に気づくなり、そう言った。
「いえ、全然待ってないですよ」
司がそう言うと、「そっか。なら良かった。じゃあ、早速行こう」と、彼女がにこりと笑って言った。
それから、司たちはバスに乗って、赤レンガ倉庫へ向かった。
そこへ着いて、司たちはその建物の中へ入り、二人でショッピングを楽しんだ。
それから、ひとしきり中を見た後で、再びバスに乗って、今度は中華街へと向かうことにした。
中華街に着いて、二人でそこをぶらぶらと歩いた。歩いていると、美味しそうないい匂いがした。
「何か食べない?」と、彼女が言った。
司はお腹が空いていたので、「いいですよ」と言った。それから、その通りにあるお店を見て、何を食べようか考えた。
「肉まんがおいしそう。小室君、食べない?」
それから、彼女が肉まんのお店を見つけて、そう言った。
司は肉まんでもいいだろうと思い、「いいですね」と答えると、「じゃあ、そうしよう」と綾花さんは言って、彼女はそのお店の列に並んだ。司も一緒にそこへ並んだ。しばらくして、司たちが先頭になり、綾花さんが肉まんを二つ買った。
その後、その近くに立ち止まり、二人でその肉まんを食べた。肉まんは湯気が出ていて、とても熱かった。彼女はふうふうと息を吹いて、その肉まんを冷ました後、すぐにぱくりと一口食べた。
「うん。おいしい」
彼女はそう言って、顔をほころばした。どうやらとても美味しかったのだろう。
その後、司も一口、肉まんを齧った。
「うまい」
その肉まんはとてもうまかった。思わず司も笑顔になる。
肉まんを食べ終えた後で、中華料理が食べたいと彼女が言ったので、司たちはどこかお店へ入ろうと思い、よさそうな中華料理屋はないか探した。しばらく歩いた所に、美味しそうな中華料理屋を見つけたので、そこへ入ることにした。
そこで、司たちはエビチリと酢豚に小籠包、そして、チャーシュー炒飯を注文し、飲み物はウーロン茶を二つ頼んだ。
しばらくして、注文した飲み物と食べ物が届き、二人でそれらを食べた。どれも美味しかった。
中華料理を食べ終えた後で、今度は甘い物でも食べようと思い、二人でそこをぶらぶらしながらよさそうな喫茶店を見つけた。そこへ入り、司はコーヒーとチョコケーキを頼んだ。彼女はアイスティにチーズケーキを頼んでいた。
彼女は美味しそうにそのチーズケーキを食べていた。司もチョコケーキを一口食べる。ふわふわなチョコスポンジと少しビターなチョコクリームが絶妙に美味かった。
その後、司たちは一度、バスで桜木町駅へと戻った。それから、今度はそこから電車でみなとみらい駅に向かった。
みなとみらいの駅に着いて、そこから二人で横浜コスモワールドまで歩いた。
司たちはその遊園地でジェットコースターや大観覧車、そして回転する色々な乗り物に乗った。それから、お化け屋敷や迷路に入って、二人で楽しんだ。綾花さんと一緒に過ごす時間はとても楽しかった。
段々と暗くなり始めた。気が付けば、午後六時であった。司たちはひとしきり全てのアトラクションを楽しんでいた。
「そろそろ帰らない?」と彼女が言ったので、「はい」と司は返事をして、二人でそこを後にした。
その後、「夜ご飯も一緒に食べない?」と、彼女に誘われた。
「いいですけど」と司が言うと、「どこで食べようか?」と彼女は言った。
「一度、横浜駅に戻りませんか?」
それから、司がそう言うと、「うん。それはアリだね」と彼女が言ったので、二人で横浜駅へ向かうことにした。
横浜駅に到着して、二人でぶらぶらと歩いた。しばらく歩いた所に、魚料理の居酒屋を見つけて、二人はそこへ入ることにした。
司はビールを頼み、彼女はハイボールを注文した。それから、刺身の盛り合わせとタコの唐揚げ、エイヒレの炙り、焼き鳥の五本盛り、それと、たたききゅうりを頼んだ。
しばらくして、すぐにビールとハイボールがやって来た。早速、司たちは乾杯をして、それを飲んだ。ビールはとてもうまかった。
ふと、彼女の携帯が鳴った。誰かからの着信のようであった。けれど、彼女はその電話には出なかった。
「電話に出なくて平気ですか?」
司がそう訊くと、「うん、平気よ」と、彼女が言った。
その後、再び彼女の携帯が鳴った。今度は、電話ではなく、メールの着信音のようであった。
「ちょっと、僕、お手洗いに行ってきます」
司はそう言って、席を立った。
司はトイレに行き、用を足す。戻ってくると、彼女は携帯を見ていた。誰かにメールをしているようだった。
「戻りました」と司が言うと、彼女は司に気づいて、「あ、おかえり」と言って、携帯をいじるのを止めた。
それから、「私もちょっとお手洗いに行ってこようかな」と彼女が言って、携帯とカバンを持って、トイレへと向かった。
しばらくして、彼女が戻って来た。
「何か飲みますか?」
その後、司が彼女にそう訊くと、「私はもう十分かな」と言った。
「他に何か食べます?」
「私はもういいや。小室君は?」
「僕ももうお腹いっぱいです」
「そっか。最後にデザートでも食べない?」
「いいですよ」
それから、司はデザートにバニラアイスを二つ注文した。
しばらくして、そのデザートが届き、司たちはそれを食べた。バニラアイスはシンプルながら甘く、さっぱりとしていた。
デザートを食べ終えると、午後八時を回っていることに気が付いた。司たちはそろそろ帰ることにした。会計は割り勘にした。
その店を出て、二人で駅の方まで歩いた。
「美味しかったな」
それから、彼女がそう言った。
「そうですね」
「今日一日、楽しかった」
「僕もです」
それから、彼女がふと立ち止まった。司もそこで立ち止まる。
「あれ? 綾花?」
その後、司たちの目の前にいた男がそう言った。
「リョウマ!?」
彼女がその男を見て、そう言った。
「どうしてこんなところにいるんだ?」
それから、リョウマという男が彼女に訊いた。
「そっちこそ、どうしてここにいるの?」
その後、彼女が彼にそう訊いた。
「俺は買い物しにここへ来てるんだ。お前は? てか、その隣にいるのは誰?」
それから、その男が司を睨むように見て言った。
「あー、えーっと、この人は小室君っていって、神崎君の会社の後輩の子なの」
「神崎って、あの神崎か?」と、そのリョウマという男が言った。
その男はどうやら神崎さんの知り合いらしかった。
「そう。実は、神崎君に彼を紹介されてね……。」
「ほーう。じゃあ、そいつとデートしてるって訳ね」
「ええ。そうよ」
「なあ、綾花」
その後、その男が口を開いた。
「何?」
「あのさ、俺、お前と別れてから色々と考えたんだけど、俺達さ、もう一度やり直さないか?」
それから、その男がそう言った。
「え?」彼女は彼の言葉にどうやら驚いているようだった。「リョウマ、それ本気で言ってる?」
「ああ」
それから、彼がそう言った。その後しばらくして、「いいよ」と、彼女が言った。彼女のその言葉に、司は驚いた。
「本当かい!?」
その男もビックリしたようで、彼がそう訊くと、「もちろん」と、彼女は答えた。
その後すぐ彼女は彼にハグをした。彼も彼女を抱いた。
それから、司は二人がハグをしているのを呆然と立ち尽くして見ていた。
「司君、ゴメンね。私、やっぱり彼と元に戻ろうと思う」
ハグを終えた後、今度、彼女が司を見てそう言った。
「あ、はい……。」
どうやら司は振られたらしかった。司はまだ彼女に告白もしていなかった。
「俺が彼女を紹介したのに、小室には済まなかった」
数日後、司が会社で神崎さんに会うと、彼に綾花さんの件で謝られた。
「いや、別にいいですよ」
司がそう言うと、「まさか、ああなるとは思ってもいなかったよ」と、彼が言った。
「それは僕も想定外でした」
「だよなあ」
「はい。でも、仕方ないです」
「本当にゴメン……。今度、飯でも奢るよ」
それから、彼がそう言った。
「いいんですか?」
「ああ、もちろん」
その後、彼は笑顔でそう言った。