4月28日(月)
仮想現実って言葉は本来現実に近い仮想的な空間を指す意味だと思うんだけどさ。
私の中では今こうして生活してるこの現実世界というのも、それぞれ人によって現実に見えてるものは異なるものだから、ある意味仮想空間に近いのではないかと思うんですよね。
てか現実に自身が体験したことならまだわからんでもないんだけども、ドラマやなんやのイメージをまた真に受ける人らがいて、ネットでもさもそうであるかのように受け入れる人らが与えられた情報をそのままトレースしながらさもそれが事実であるかのようにその人らの中で上書きされていくのって、なんかAI生成みたいやなっておもわないですか?ワラ
例えば今、風邪をひいたとします。ほしたら病院へ行きますよね?受診するのは内科じゃなくて耳鼻咽喉科か発熱外来なんですよ。今やそれが当たり前のことでも病院に行かない人らは知らんわけですよ。
昔は町医者がある程度なんでも診てくれて、手に負えなければ紹介状書くなりしてくれたんだけれども。今はそういう所も、おじいちゃん先生がやめてしまったのもあって。お医者さんも下手になんでも請け負うと訴訟沙汰になりかねん世の中だから、基本責任の負えないものは最初から断られるか他所へ回されるという感じになってるのも仕方ない所はあるでしょうけども。
よくドラマやかで「お客様の中に医療従事者の方はおられませんか?」みたいなやつあるじゃないですか。医療ドラマならシーズン重ねると一回は大概出てくるやつ。
ただ現実にもしそうなった場合、偶然いたとしても専門違いで診てもらえないか、診ること自体ができないお医者さんもなかにはおられるってことなんですよワラ
まだ看護師さんか、獣医師のほうが応急的な対処はできそうな気がしないこともないですわね。
またAEDなんかでも普通は命を助けて貰ったと思うのが大半だろうだけどなかにはみたいなのがいるくらいだし。
だから基本、命に関わる持病を抱えての遠出なんかはなるべく控えたほうが良いだろうし、予め体調変化が予測されるなかでの交通機関の利用は避けたほうが良いでしょうと。
病院で治療や手術を患者がゴネるのを説得するシーンもドラマではよく見かけるけども、そんなことやったら体よく追い出されますからねワラ
説得出来たとしてそういう患者や家族はあとあと面倒なことになりかねないし。
まぁコレがどちらかと言うと今のリアルなんじゃないでしょうか。
人それぞれ考え方は違うというのはわかるじゃないですか?ただ、私は理屈バカではいけないと言うのも物事を判断するときにけして理屈だけで理解や論理が成り立つものではないってことなんです。
物事が正論かどうかは別としてその理屈を【誰が言ってるか】にもよるってことのほうが大事だからなんですよ。
オンラインカジノが現行法で違法なのは周知の事実なんですが。パチンコがあるのにとかIRのカジノを進めてるのにとか、まぁそれ自体は言わんとすることはわからんでもないけども、じゃあソレをいくら議論したとして違法であることはまず確かですよ。で、肯定する側がオンラインカジノ利用者やとしたらその理屈や根拠に説得力が全く無くなるでしょ?オンラインカジノの経営者で反社ならなおさらてこと。
芸能人のスキャンダルでも周りのタレントが仕事でご一緒させていただいたことがあるけどそんな人には思えなかったとか、それはまぁ仕方ないわ。てかプライベートまでわかるわけないんやから当たり前やろと。ただソレがまた下手な擁護に回るとなると、同業者間の便宜やらもふまえてになるから業界全体が一般的な倫理観とかけ離れてるんやなと思われるだけなんですよね。
やから正論やの論破やの理屈で固めようとしてもそれらは立場を度外視に語れるようなものでもないし、それぞれの立場で異なるのが当たり前だから場外でいくら議論した所で無駄な時間と労力を費やすだけのことなんですよワラ
そうでなくても自分は選ばれた存在やと勘違いしてる議員さんもおるなかで。お前が選ばれたのはあくまで前回の選挙の話であって今回も選ばれるかは有権者次第やという立場を理解出来ず、ポピュリズムやとのたまうくらいだし(笑)
財務省解体デモなんかも別にソレ自体は肯定も否定もせんけども、活動を心の拠り所にしてしまう人らのなかに変なモノが混ざるようになるとおかしくなるとまさに言った通りになってるんじゃないですかね(笑)いかにも洗脳しやすそうな集団というのは怪しい連中に狙われるから。財務省解体のプラカードにいつのまにか天皇制反対まで加えられてて、どこの国の回しもんかバレバレやけどもワラ
乗っ取られたとして、共にいることを選べば同じことですから。純粋に自分の思想を訴えたかったのか、それともただ共感されたかっただけなのかでしょ。
移民政策というのも結果をみれば何処の国もやらかしてるわけですが、要は自国民が利権や格差に不満を持つなかで減少する人口の代わりとなる労働者を新たに他から生み出そうという魂胆があってのことなんで。それも結局、余計に国民の負担を増やして治安を崩壊させてりゃ世話ないわと。てか国民は国に裏切られたと思わんといかんやろけどね。報いはもちろん選挙でしょうけども。
過去に滅亡した文明や国も最終的には他国からの侵略によるものなんだけれども、そこに至るまでには同じ轍を踏んでるわけですよ。
古代ローマも奴隷を入れてたらそのうち衰退してそうなっていったように人類は同じ過ちをいくら繰り返しても大元の考え方や性根が変わらんことにはわかっててもやめようとはしないから(笑)それも一時代程度の繁栄を築くということはあるでしょう。しかし、子々孫々代々のことまで考えた所でいくら無駄な足掻きをしたところでいつかは見事に手放すことになるくらいなら程度というものはむしろわきまえた方が賢明だということなんですね。
歴史レベルでモノを見た場合、かつてそれら栄華を極め富を蓄えた連中らもいたなかでその遺産も何処まで受け継がれてるかじゃないですか。
それに比べれば現代や近代なんてつい最近の事でしかないわけで、そうやって権力によって集めるだけ集めた金銀財宝なんかは紆余曲折をへてまた誰かの手に委ねられることになってたりするもので。王冠やら宝剣も溶かされて延べ棒になってたりすると考えたら、そこに捧げた人生なんかは儚き幻想に等しく、与えられた寿命のなかで、ストレスもなく日々の幸せを感じられる生き方をしたほうがよっぽど充実してると思いますよ。
それでも人類は同じことをまた繰り返すだろうと思います、救いようがない人らがたくさんいるわけだから。ただそれも【神様がこの世界に飽きるまで】の話なんじゃないかと私は思うけどね(笑)




