お姉ちゃんじゃ無ければ良かったのに
皆さんどうもココアでございます。
今回はちょっとテイストを変えています。
よろしくお願い致します。
――誰かが言っていた。“片思いが一番幸せ”だって。
それはきっと間違いじゃないと思う。今の関係が壊れるくらいならそっちの方がマシなのかも。
でも私は、片思いが一番幸せだとは思ってない。
「沙耶ちゃん。私ね、好きな人ができたんだ」
「へえ……」
夕食を食べているとお姉ちゃんがいきなり言い出した。私はなるべく素っ気ない返事をして、興味無さそうなふりをする。
「もう、ちゃんと聞いてよ~沙耶ちゃん」
「分かった。分かったから手をどけて」
駄々をこねるように掴んできたお姉ちゃんの手を外して、小さくため息をつく。すると姉は、嬉しそうに笑って話を続けた。
「その人は今日大学で会ったんだけど――」
少し照れくさそうに、それ以上に楽しそうに話す姉を見ていると心がざわついた。これまでもこんな風に好きな人の話をされることはあったけど、やっぱりいつまでも慣れない。
高校生になった今でも……。
自分の好きな人が、誰かのことを好きと言っている時の気持ちは。
言葉にできないような感情でかき混ぜられて、心がぐちゃぐちゃになっていくみたいで。
「でね、その時にあの人が――」
止めて、それ以上言わないで。私の前で、私じゃない誰かを好きって言わないで。
そう口から零れそうなのを強引に飲み込んで、私は今できる精一杯の笑顔を作る。
「告白したらいいんじゃない?」
飲み込んだ言葉の代わりに出たのは、本当に心にもない言葉だ。自分で自分の首を絞めるかもしれないのに、私の口はもう止まることは無かった。
「そこまで距離が縮まってるなら大丈夫だよ、お姉ちゃんなら」
「そ、そうかな」
「絶対そうだよ」
どこかから拾ってきたような借り物の言葉。そこに私の感情は入ってない。
「分かった……。私、告白してみるよ」
「頑張ってねお姉ちゃん」
「うん。ありがとう沙耶ちゃん」
嬉しそうな笑顔を見せてくれるお姉ちゃん。けど、その笑顔は好きな人に見せる笑顔じゃない。家族に見せる笑顔だ。
そう思った途端苦しくなって、私は逃げるように自分の部屋に行ってベッドに倒れこんだ。枕に自分の顔を埋めるように押し付けて、拳をギュッと握りしめる。
「……私だってお姉ちゃんのことが好きなのに」
初めてそれを理解したのは小学校高学年の時。それ以前から私はずっと姉にべったりだったし、毎日のように「お姉ちゃん好き~」と言っていた。けど、それが家族としての『好き』じゃなく『恋としての好き』と理解したのが丁度その時。
私は何かおかしいんだと、そう自覚したのもその時だった。
それをきっかけに、私はお姉ちゃんと少し距離を置くことにした。そうすれば自然と気持ちは無くなるだろうと、そう思ったから。
でもそれは逆だった。距離を置いても姉を好きな気持ちは変わらないし、時間が経つ度に思いは強くなってる。
「お姉ちゃんがお姉ちゃんじゃ無ければ良かったのに……」
そうすればちゃんと告白して、この恋を終わらせることができた。……きっと。
次の日、学校から帰る途中でお姉ちゃんを見つけた。
夕方の公園を、知らない男性と楽しそうに歩いているお姉ちゃんの姿。よく見ると男性の方は、昨日お姉ちゃんが言っていた人に特徴が一致してる。
背が高くて、顔も整ってて優しそうな人。
その隣を歩くお姉ちゃんは、今までで一番輝く笑顔を浮かべてる。
そっか、あれが好きな人に見せる笑顔なんだ……。
私がどんなに笑わせようとしても、あの笑顔には届かない。私は自分の力で、お姉ちゃんの本当の笑顔を見ることはできないんだ。
そう思うと、突然哀しみと隣を歩くお姉ちゃんの好きな人へ怒りが湧いてきた。
ずるい。ずるいよ。私だってお姉ちゃんの笑顔を見たい。家族に向ける笑顔じゃなくて、好きな人に向ける笑顔を向けて欲しい。そしてそれは私だけが見ていたい。
「……帰ろ」
このままずっと見ていたらあの男性のことを殴りに行きそうなので、私はそれ以上公園の方を見るのを止め、少し遠回りして家に帰ることにした。この時、夕焼けがいつもより暗く感じたのはきっと気のせい。
その日の夜、滝のように涙を流しながらお姉ちゃんが家に帰ってきた。
「沙耶ちゃ~ん‼」
震えた声で私の名前を呼びながら、ギュッと抱きしめてくるお姉ちゃん。何も聞かなくとも何があったくらいは分かった。
「どうしたの?」
でも、私の口からその言葉はつかない。どんなに確信していても、それを断言することはしなかった。すると、お姉ちゃんは私を抱きしめる力をさらに強める。
「フラれちゃった~!」
「そう……」
子供のように泣き出すお姉ちゃんを慰めるように、優しく背中をさする。それと同時に、ホッとしている自分もいた。
良かった。これでお姉ちゃんはまだ誰のものでもない。
フラれて落ち込んでるお姉ちゃんを見て、そんなことを考える私は最低だ。こんな自分は嫌い。でも、お姉ちゃんが誰かと付き合うのはもっと嫌。自分がどうしたいのかが分からなくなって、頭がぐちゃぐちゃになっていく。
「お姉ちゃんならきっと大丈夫だよ」
それでも私の口は勝手に動いて、心にもないことを口走っていた。私の本心は何も入っていない空っぽの言葉だけど、意味だけは持っている。
「優しくしてくれるのは沙耶ちゃんだけだよ……」
甘えるような声を上げながら、私の肩に頬を擦るお姉ちゃん。姉からしたら姉妹のスキンシップなのかもしれないけど、私にとってはただ理性を崩される行為だ。
「……こういうことはしないで欲しいな」
聞こえないよう小さく呟き、何もしていなかった両腕をお姉ちゃんの背中に回した。
次の土曜日、お姉ちゃんが「失恋を忘れたいから、買い物付き合って!」と言うので私はついていくことにした。もちろん表面的には嫌々というオーラを出したけど、実は心の底から喜んでる。
一緒に服を見に行って、お昼を食べて、映画を見て、色々回って。
その後、少し休もうと入ったカフェでお姉ちゃんがいきなり言い出した。
「沙耶ちゃんは好きな人いないの?」
「――っ⁉」
思わず息が止まってしまい、ストローの中のオレンジジュース全てがコップの方に戻っていく。高鳴る心臓を鎮めるように胸に手を当てて、私はストローから口を離した。
「……いるよ」
そう言うと、お姉ちゃんは嬉しそうに驚いた。
「ええ!? ホント!?」
好奇心が抑えられないお姉ちゃんは、テーブルに手をついてかなり迫ってきながら聞いてきた。
「誰? 誰なの? 高校の同級生?」
「……」
――“お姉ちゃんだよ。”
ここでそう言えたら良いのに……。それで終わる恋だったら良かったのに……。
でも私とお姉ちゃんが家族だから、それだけじゃ終わらない。
いつかは離れて暮らすと思うけど、今は家に帰ればお姉ちゃんはいるし、毎日顔を会わせることになる。
そんなの耐えられるわけがない。何より、それでお姉ちゃんに気を遣われたくない。
だから私はずっと、この思いを隠している。
「……お姉ちゃんには秘密」
「ええ~‼ 何でよ~沙耶ちゃん!」
「だってお姉ちゃん口軽いんだもん」
「そんなこと無いって。ねえ、お願い」
「嫌」
そっぽを向きながら、私はオレンジジュースを飲む。するとお姉ちゃんは、強く懇願するように両手を合わせながら聞いてきた。
「じゃあ告白するかどうかだけ教えて!」
「……」
ストローから口を離し、顔だけお姉ちゃんの方を向けた私。どう返すべきか、少し迷った。
けど、答えがちゃんとまとまる前に私の口は勝手に動いて
「――しないよ。だって、無理ってことが分かってるから」
そう言葉を並べていた。
間違いない。これは私の本心だ。だって、私とお姉ちゃんは家族だから。家族とは恋愛をしてはいけないから、
「無理かどうかは分からないんじゃない?」
「分かるよ。私には興味ないもん」
「そっか……」
これ以上は聞いても仕方ないと思ったのか、お姉ちゃんは寂しそうな顔をしてコーヒーを飲んだ。私もストローに口をつけて、オレンジジュースを飲んだ。
カフェから出た後、家に帰ることにした私とお姉ちゃんは並んで歩きながら帰路を進んでいた。
その時、急にお姉ちゃんが空を見上げだす。
「ねえ沙耶ちゃん。もし、告白するなら言ってね。私応援するから」
「うん、ありがとう……」
お姉ちゃんの言葉が私の心をかき乱す。
それなら、私と……っていう思いが込み上げてきてそれが口から零れてしまいそうになる。
「お姉ちゃんがお姉ちゃんじゃ無かったら良かったのに……」
気づかれないよう俯きながら呟き、私はお姉ちゃんの手を握る。お姉ちゃんは一瞬だけきょとんとした顔を浮かべたけど、次に優しく微笑んで握った私の手をギュッと握り返してくれた。
……やっぱり、お姉ちゃんのこういうところが好き。
お姉ちゃんがお姉ちゃんじゃ無ければ、この恋を終わらせることができたかもしれない。
けどずっとこの距離で居られるのなら、それでも良いって思う私はおかしいのかな。
読んでいただいてありがとうございます。
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