【並世】Day2 妖精
(これから会う約束をしてる人がいたなんて……ほんと申し訳ない!!)
ニジーは今、生命の実をとろうとしたニジーを肩車して腰を痛めてしまった老人エーのために、実を温めながらお使いに出ていた。
エーの腰を痛めてしまった責任を感じ手紙を届けることにしたのだ。
(霊樹の丘の晴天輪……デーさん……花柄スカーフ)
エーに話しかけられた霊樹の丘まで戻ると『晴天輪の広場』と書かれた矢印を見つけた。丘を下る形で一本道が続いており、その先の丘に銀色の輪っかがついた大きな白い柱が立っている。
(あ!多分あれだ)
意外とすぐに目標物が見つかったことにニジーは安堵した。だが、晴天輪の広場に向かう人々もそこそこいて、柱の周りにも人が見える。
(デーさんってどの人だろう……マップとかにマークが付いてくれればいいのに。……いやマップすらないのか)
ニジーが唯一遊んだことがあるRPGゲームは、ボタン一つでエリアマップを表示することができ、マップ上にはクエストに対応する人物の居場所が目立つ形で表示されていた。
クエストとはゲーム内で達成すべき依頼や仕事などを指す。クエストを達成していくことで経験値やお金をもらい、キャラクターを育てていくのが通常だ。
(ってこれは別にクエストじゃなかった。ただのおつかい)
霊樹を脇目に一本道をゆっくり歩いていると、懐に入れてある実の中からコトコトコトという小さな音と共にわずかな振動が伝わった。
「わっ!?」
思わず叫んでしまう。
ニジーは実をじーっと観察するが、持った時にはまた沈黙してしまった。
(気のせいじゃない気がする)
一本道を10分くらい歩くと、大きな白い塔の立つ広場に出た。
塔の上と下には銀色の輪っかがついており、下の輪を回すことで上の輪も回せるようだ。これが老人エーの言っていた『晴天輪』だろう。何に使われるものか全く分からないが、異様に存在感がある。
(デーさんはどこだろう)
晴天輪の下で辺りを見渡してみるが、なかなか見つけることができない
(あ! 花柄スカーフの人!)
ニジーは駆け寄るが若い女性だ。間違えたと思い慌てて走り去る。
(あ! 向こうにも!)
今度は男性だ。駆け寄るとウインクされたので慌てて逃げた。
(今度こそ!)
曲がった背中に花柄のスカーフが見えたため駆け寄る。
振り向くと人間じゃなかった。逃げた。
(ゼェゼェ……花柄のスカーフの人なぜかいっぱいいる……!)
前に抱えている実の重さもあり、フラフラしながら走っていると人にぶつかってしまった。
「あっ、すいませ……」
「あらあらめんこい子ねえ。よろけているけど大丈夫かい?」
白い麦わら帽子を被った優しそうな老婆だ。ふらついた身体を支えてくれた。
「……もしかしてデーさん?」
老婆は驚いたように目を見開く。
「あらあら、どうして私の名前を知っているの?」
老婆デーの帽子には大きな花柄のスカーフが巻かれていた。
「これ……エーさんからデーさんに渡すように頼まれたんです」
くしゃくしゃになった手紙を懐から出し、デーに渡す。
その時勢い余って懐に入っていた実も一緒にポロリと地面に落ちた。
「ほわー! 落とした!!」
急いで拾って割れていないか確認するが特に問題はないようだ。
その実を見てデーは驚いた。
「あらあら! それは生命の実かいね!?」
「はい、さっきエーさんに手伝ってもらって取ったら手にとれたんです。それでエーさんは腰を痛めてしまって私が代わりに」
「それはまあ、あの人らしいねえ」
デーは少女のように可愛らしく笑うと、生命の実をじっと観察する。
ニジーは実を差し出すが、やはりデーも触ることはできなかった。
「実に選ばれた人した触れないって本当なのねえ」
そっと実に手を添えるようにすると「結局私の願いは叶わなかったわ」と寂しそうな呟きを漏らした。
「願い?」
「あらあら、聞きたい?」
デーは困ったように笑う。
「エーと私は幼馴染でねえ。昔から輝鏡花の聖域で遊んでいたの。もう50年以上前になるかしら……」
ニジーが興味ありといった様子で見つめるので静かに語りだした。
「彼は若い頃から生命の実に夢中でねえ。毎日毎日広場に通っては手に取れる実を探してた。私も一緒に取れないか試してたけど全くダメだった。もし実が取れたら『エーとお付き合いしたい』って私は密かに願おうと思ってたのよ」
デーは懐かしそうに生命の実を眺める。
「あるときエーになんでそんなに実が欲しいのって聞いたら『実の中の妖精はなんでも願いを叶えてくれるって噂だから、叶えたい願いがあるんだ』って。聞いても教えてくれなかったけれど」
「その後私は家族の都合で遠くに行かなければならなかったから、結局彼の願いななんだったのか聞きそびれちゃったのよねえ」
デーは寂しそうに苦笑いした。
「結局それっきりエーとは会っていないの。久々に手紙が来たから今日は会おうと思っていたんだけど……」
そのとき、実が内側から震え、ピキピキっと小さな音がした。
「……はっ! ヒビが!」
「あらあら! それは大変!」
「デーさんごめんなさい! エーさんが孵化の瞬間を見たいって言ってたから急いで戻らなきゃ! 一緒に来ますか?」
デーは首を横に振る。
「もうあまり時間がないの。エーにお手紙ありがとうって伝えて」
「分かりました」
デーに手を振ると、実を抱えながら急いで来た道を戻る。
(やばいぞやばいぞ)
走っている間にもピキピキ音を立てながら着実にヒビが大きくなっていく。
実がガタガタと大きく震え出す。
(もうちょっと……あとちょっとでいいから待って! 実!!)
生命の実のなる樹がある広場に戻ってくるとエーが少し離れたところのベンチに座っているのが見えた。
「エーーーさーーーん!!! 妖精さんうまれるーーー!!」
そう叫びながら前のめりに全速力で走る。
と、見えない壁に頭から激突した。
「ぶっ!」
ぶつかった衝撃でニジーは前に倒れ込むが、アバターはエーの座っているベンチの前にスライディングする形になった。
実はしっかり両手に乗っている。
「戻って来れたのか! って、すでにヒビが!!」
ニジーは倒れた状態で実を見ると、ヒビが実の全体にまわっていた。
2人は息を呑んで実を見守る。
パキッ
実の上部分が欠けた。
「お?」
実の中を恐る恐る覗くと白いモヤのようなものが蠢いている。
モヤには2つの目のような細長い白い楕円が付いていて、まばたきするかのように楕円が小さくなったり大きくなったりしている。
(思ってたのとちょっと違う)
「これが、妖精ですか?」
「う、うーむ?わしも初めて見るからわからん」
妖精と聞いた時から、透き通った羽の生えた美少女の姿を勝手に想像していた。妖精に対する偏見だろうか。
2人が呆然と眺めていると、妖精と思われるモヤは実から抜け出し何かを確認するようにニジーの手の周りをくるくると回る。
「ご主人様がわかるのかな?」
すると突如、人が歩くくらいのスピードでふわふわと勝手に広場の奥に移動し始めた。戻ってくる気配はない。
「ほわ!? どっかいっちゃう!」
「い、いかん! 逃げられるぞ……!」
ニジーとエーは妖精を追いかける。
「エーさん腰は!?」
「腰なんぞどうでもいい!!」
杖をついていた老人とは思えない軽快な走りだ。杖がバトンに見えるほど綺麗な走りすぎて逆に怖い。
2人が追いかけてくるからなのか、妖精の飛行速度が徐々に速くなる。
「ちょ、まって! まって! ちょっとまてええええええ!!」
手を伸ばしながら走るもののなかなか距離が詰められない。
(ほわー! もー、なんなの!? やっと孵化したと思ったら急に飛び出すなんて! そもそも孵化してすぐに飛べるなんて反則じゃない!?)
しばらく妖精を追いかけていると、前方に銀の輪がついた白い塔が見えて来たことに気付く。
(あれ? あそこに晴天輪があるってことはさっきの広場? 別の道もあったんだ)
妖精は晴天輪の周りをくるくるとまわると、霊樹を眺めながら震える小さな背中の元へ寄り添った。
(……あれは)
「……デー」
その声に反応して、震えていた背中は驚いたように振り返る。
「……エー!? 来られたのかい!」
老婆デーの手には手紙が握られており、その目は真っ赤に腫れている。
二ジーとエーは息を切らしながらその場に座り込む。
「あらあら、あなたはさっきのお嬢ちゃん……生命の実はどうなったんだい?」
「それ、です。その白いモヤモヤが実から生まれてきました」
「おやまあ、めんこい子だねえ」
デーは妖精を見て笑いかけた。
ニジーは妖精を捕まえようと思ったが、デーの側から逃げる様子もない。
エーが何か言いたそうにしていたため様子を見ることにした。
「……デー。その、ひさしぶりだな」
「エー、おひさしぶり。妖精を追いかけてくるなんて本当に昔と変わらないねえ」
「君こそ変わらないな。昔も今も綺麗だ」
「あらあら、そんなことを言ってくれるのはあなただけよ」
2人は照れくさそうに笑いあう。その姿を見て微笑ましくなった。
「あの手紙、読んでくれたか」
「ええ。50年越しのラブレターってところかねえ」
デーはくしゃくしゃになった手紙を広げて大事そうに持つ。
「……本来なら50年前にわたすはずだった。当時は自信が無くて遠くに行ってしまう君を引き止める勇気がなかったんだ。だから妖精に願おうとしたが生命の実は私を選んではくれなかった」
「妖精に叶えてもらいたかった願いはなんだったの?」
エーは落ち着かない様子で杖でコツコツと地面を叩く。
恥ずかしそうに顔を赤めながら言った。
「君とずっと一緒にいたい」
デーは目を見開くと目に大粒の涙を浮かべ、満開の花のような笑顔を向けた。
「私もよ、エー。遠くに行ってからもあなたのことを忘れたことは一度もなかった」
「随分と遅くなってしまったがずっと一緒にいてくれるか」
「もちろんよ」
(エーさんデーさん……お幸せに!)
二ジーはその様子を見てほっこりした。そこにいることを忘れ去られているような気もするが気にしない。
「生まれ変わっても一緒にいられるように晴天輪に祈りましょう」
2人は晴天輪の白い柱の前に立ち、柱の中心にはめ込まれた銀色の輪を手を重ねながら2人で同時に回す。するとゆっくり柱のてっぺんにある銀色の輪も回り始めた。
「あの、この晴天輪って何ですか?」
デーはニジーの方を振り向くと、微笑んだ。
「ここは祈りの場。晴天輪は『始まり』と『終わり』を繋ぐ道標と言われているわ。始まりから終わりへ無事辿り着けるように、終わりからまた始まりに繋がれるように、この輪を回して祈るのよ」
ニジーにはまだよく分からなかったが、晴天輪を回してみた。
輪はずっしりと重い。体重をかけながら輪を回すと、てっぺんの輪もゆっくり回り始めた。
「そういえば腰を痛めたってこのお嬢ちゃんから聞いてたけれどよくここまでこれたわねえ」
「夢中で妖精を追いかけてたら、ここに辿り着いていた」
「あなたはもう来られないと思って帰るところだったの。でもせっかくなら手紙を読んでから帰ろうと思ってねえ」
「お嬢ちゃんと妖精さんがエーを連れてきてくれたんだね。ありがとう」
デーはニジーの手を握ると、優しく微笑んで言った。
「……妖精が願いを叶えてくれるって本当だったんだなあ」
エーは頭をかきながら恥ずかしそうに言う。
周りをくるくると嬉しそうに飛び回る妖精を見ながら3人は笑った。
「よかったですね、エーさん」
「君のおかげで生命の実の孵化の瞬間を見ることと、デーとずっと一緒にいることの2つも同時に夢がかなった。本当にありがとう。お礼にこれを受け取ってくれ」
老人エーから銀貨数枚が入った袋が差し出される。
「ええ!こちらこそお礼を言わなきゃならない立場ですからお金なんて……」
「いいんだ。君に受け取って欲しい」
考えてみればスバイス内で使える通貨を一銭も持っていないため、ありがたく受け取ることにした。妖精もいつの間にか二ジーの横にくっついてきている。
「そろそろ戻らないと」デーがエーの方を見た。
「分かりました、私も少し今世で休憩してきます」
「本当にありがとう」
二ジーは深々と頭を下げる2人に手を振ると二ジーは上機嫌で晴天輪の広場を後にした。
(誰かの夢を叶えることができたなんて、なんかちょっと嬉しい。何すればいいのか全く分からなかったのに、いつの間にか色々なことしてた気がするなあ)
少し道を歩いたところでふと気付く。
(ん? よく考えてみればプレイヤーは1000時間しかこの世界にいられないんだから50年前っておかしい?)
腰につけていた懐中時計からシャランという涼しげな音が鳴り響き光った。
驚いて時計を見ると、時計の中心に[クエストクリア 輝鏡花の聖域]と書かれており、時計の縁に経験値が青色のメーターと数字で上昇していることに気付いた。
(ほわ!? もしかして今のがクエスト!? 自然な流れすぎて気付かなかった)
後ろを振り向くが、もうエーとデーの姿はなかった。
「リ、リアルにもほどがあるよ……スバイス」
そうしてニジーは休憩をとることにしたのだった。
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【今世】
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[ 新着メッセージ ]
ニジー:カッコちゃん! 私もついにスバイスデビューしたよ!
カッコ:おおっ、ニジーさん誕生おめでとうっ!
ニジー:今日は輝鏡花の聖域の生命の実のクエストをやってみた。走り回らされて大変だったけどいいストーリーだったな
カッコ:最初から走り回らされたの? それはお疲れ様でしたっ
ニジー:うん、エーさんとデーさんのストーリー。カッコちゃんのときは走り回らなかった?
カッコ:エーさんとデーさん? 私の時はそんな人はいなかったっ。クエストは共通じゃないのっ
ニジー:全員共通じゃないんだ!?
カッコ:そうっ。時間や人によって発生する隠しクエストもそこらじゅうにあるし、熟練したプレイヤーからもクエストがもらえるっ。スバイス内にいる人をよく観察してみるといいねっ!
カッコ:そわそわしてたり困ってそうな人は クエストを持ってたりするから、話しかけてみるといいよっ
ニジー:アドバイスありがとうー!
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(プレイヤーじゃないと分かってても自分から話しかけるのは気が引けるなあ……)
やはりニジーは生来の人見知りだった。
── 残り996時間




