【並世】Day2 輝鏡花の聖域
「ちょ、まって! まって! ちょっとまてええええええ!!」
ニジーは今、焦っていた。
飛んでいった風船を追いかけるかのように手を伸ばして全速力で走る。
といっても現実世界では足をその場でバタバタさせているだけだが。
こうして走っている理由はただ一つ、少し前に手に入れた大事なものが勝手に飛んでいってしまったからだ。
(ほわー! もー、なんなの!? やっと孵化したと思ったら急に飛び出すなんて! そもそも孵化してすぐに飛べるなんて反則じゃない!?)
はるか前を飛ぶ白いモヤを追いかけて、ニジーは走り続けた。
ーーー
2日目。
「やっぱりすごいなー。現実世界みたいな存在感」
ニジーは大きな木がそびえ立つ広場に来ていた。
『輝鏡花の聖域』というシステム上の文字が眼前に浮かんで消えていく。
頭上には他の花より輝いている自分の名前が刻まれた花も見える。自分の花が咲いている樹以外にも周辺には同じような樹がいくつも存在していた。
ここは昨日ログアウトした場所だ。
今日もニジーは午前中からスバイスにやってきていた。
(この場所には結構人がいるけどみんな始めたばかりの人なのかな……? うわああ緊張する……)
思わず足が震える。
昨日は探索をせず終えてしまったが、辺りを見渡すと巨大な木の周りには遊歩道のような道があり、全体が広い公園のような場所になっている。
公園には多くの人が行き交い賑わっていた。
(みんな今世にもいそうな外見ね……リアルすぎてアバターに見えない。いやでもほんとこういう場所初めてだから緊張する……)
壊れた首振り人形のようにキョロキョロしながら辺りを観察する。完全に挙動不審者だ。
「この聖域にくるのも久しぶりだなあー」
突然後ろから聞こえた声に心臓が飛び出るかと思った。バッと後ろを振り向くと、近くのベンチに座っている若い男女が話している。
(私に、話しかけてきたわけじゃ……ないみたいね)
ニジーはほっと胸をなでおろした。
「あたしはここに来るのも初めてなの」
「なんでも俺にきいてくれ! あの木に咲いている花は知ってるかい?」
「いいえ、あれはなに?」
2人はこの場所について話しているらしく、ニジーは興味を持った。
ただの通りがかりですよという雰囲気を醸し出しながらジリジリと近付いていくと、聞き耳を立てる。
「あの花は1つ咲くごとに新しい命がこの世界に生まれてくるらしいんだ」
「それはロマンティックね! じゃあ花の数だけ人がいるって事なの?」
「あー、うん!多分な」
(ほうほう、なるほど?)
「そう。よく見ると花に何か書かれてるけどあれは何?」
「うーん、誰かの名前だと思うんだが」
「ガイドとしてはちょっと不安ね」
「うっ、まあそう言わずにさ。向こうにも霊樹ってのがあるけど見にいってみるか?」
「いってみましょう」
2人は歩いて行ってしまった。
内心もっと話を聞きたかったが、人見知りのニジーは会話に割って入り込む勇気はなかった。
どうしていいか分からず、仕方なく付近を歩いて探索して回る。
移動はコントローラーを使うこともできるが、運動不足解消目的で現実世界の歩数と連動する設定にしてほしいとキリに頼んだため、その場で足踏みをすると歩数と歩幅にあわせてアバターが進むようになっている。
(はあ、案内人みたいな人いないのかなあ……身ひとつで知らない土地に放り出された気分だよ)
メニュー的なものは表示されないのかと、握っているコントローラーのボタンを押したりしてみるものの何もでてこない。
木の周りをぐるりと囲む歩道から広い場所に出ると案内板を発見した。
________
輝鏡花の聖域
神樹が大地を支え育み
輝鏡花咲くとき命生まれん
輝鏡花の輝は命の輝き
聖域は常に光に満ちる
花は命続く限り光り
命と共に光散るだろう
全ての命を送りし樹
ここに霊樹とならん
_______
(ってことは、私も花から生まれて来たってことなのかなぁ。ここに咲いてる花の数だけプレイヤーがいるってこと?どれだけいるの……)
花々は天から降り注ぐ光を浴びて黄金色に光って見えた。
行くあてのないニジーは、次にやるべきことを教えてくれそうな人は誰かいないかと周りをキョロキョロとしながら遊歩道を進む。
人は多いが複数人で話しながら歩いている人が多く、なかなか声がかけづらい。
しばらく遊歩道沿いに歩くと小高い丘のようになった場所にたどり着いた。
立看板には『霊樹の丘』と書かれている。
「ほわー、これ全部が霊樹……?」
丘の先に広がる眺めるとほのかに光る白い木々がずっと先まで続いている。木の花は花弁を閉じ光っていない。
光輝く神樹のある公園とは対照的に、霊樹のある丘は静かな眠りについているかのようだ。
丘を吹き抜ける風と、風にそよぐ葉の音だけが聞こえる。
「君はここに初めて来たのかい?」
しばらく霊樹に見入っていると、後ろから突然声をかけられビクッと体を縮ませた。
「あっ、はい。私もスバイスを始めたばかりで」
振り向くと杖をついた老いた男性が立っていた。思わず見上げてしまう。
二ジーのアバターは人間の子供くらいの大きさのため、人間の大人のアバターは大きく感じられる。
「この場所は静かで好きだ。ここにいると生と死が隣り合わせに感じられる。私はもうすぐこちら側だけども」
老人は霊樹の方を向きながら静かに呟く。
「あなたもプレイヤーですか?」
老人は目を丸くする。
「君の言うプレイヤーがなにか分からないが、わしは昔からここの居人だ。この地で生まれ育った。名前はエーだ」
(キョジン……? 巨人にしては小さいような? って巨人族なんているのかな?)
ニジーがそんなことを考えている間もお構いなしに老人は話を続ける。
「もうすぐわしの花も散るだろう。一つ心残りなのは生命の実が孵化する瞬間を未だ見れていないことだな」
「生命の実?」
「おや、生命の実を知らないのか? この先の広場に神樹から株分けされた木があってな、そこには不思議なことに卵ような実がなっているんだ。
老人エーは今いる場所からさらに奥を指差す。
「生命の実は選ばれたものしか手に取ることができないと言われている。私も何度も試したが結局手にできなかった」
「選ばれし者だけが取れる実……面白そうですね! 私も挑戦してみたいなあなんて」
「興味あるかね?では案内しよう」
好奇心からニジーはエーにその広場に案内してもらうことにした。
「ほわー! これが生命の実? カラフルで果物みたい!」
広場の真ん中に1本だけ生えたその木には、アボカド大の卵のような形の実がなっている。模様がついていたり、光っていたりと一つとして同じものがない。
周りの人々が実に触っているが、手でもぎとれている人はいなかった。
「言い伝えではこの実の中には妖精の雛が眠っていると言われている。この実を手にとれたものはその妖精が願いを叶えてくれるそうだ」
「世界中にいる全ての鳥に出会えますようにって叶えてくれるかしら……」
「想像以上に壮大な願いだな」
ニジーは一番近くにあった赤い実に何気なく手を伸ばす。
《ホントウ二ワタシデイイノ? 》
実に手が触れる直前、どこからか声が聞こえた、気がした。
「えっ!?」
驚いて手をバッと後ろに引くと、その勢いで尻餅をついた。
「大丈夫かね!?」
「えっ、今なにか言いました?」
「何も言ってない。何か聞こえたのか?」
「本当に私でいいのかって……確認された?」
エーは驚いたように言う。
「まさか妖精の声が聞こえたのか!? 生命の実に選ばれる者は妖精の声が聞こえると言い伝えられてるが………」
「いや、妖精の声かはわからないですけど……」
「適応する実はひとりにひとつだけだそうだ。直感で選んでみたらどうだろう」
ニジーは木になっている実を見渡す。すると、少し高いところにある翡翠色をした実が少し動いたように見えた。
(いま、あの実動かなかった?)
本当に中に何かが入っているのかと思うと少し恐怖を感じるが、動いたように見えたその実から目が離せなくなった。
「あの少し高いところにある青っぽい実が気になります」
好奇心から手を伸ばしてみる。
「ふんっ! ふんっ!」
届かない。全力でジャンプしても届かない。背丈の低いアバターにしたことを早速後悔し始めた。
「あの青い実が気になるのかね?」
「なんとなく動いた気がして……」
「わかった、わしが肩車しよう」
肩に乗せてもらう。
が、ニジーが予想以上に重いのかなかなか立ち上がることができない。
「ちょ、ちょっと待ってくれるか……いや重っ」
老人エーはプルプル震えながらなんとか立ち上がる。
「もうちょっと右。ほわー、ちょっとズレた! もう少し左、あと少し左……ああーおしい! いま手がかすったのに!」
エーの視界は白いワンピースに覆われて前が見えず、なかなか実の真下に行くことができない。
そしてエーが震えているため上に乗っているニジーも狙いを定める事ができない。
「あとちょっと……!」
ニジーは震えながら大きく手を伸ばす。
グキィッ!
実を掴んだと思った瞬間、奇妙な音がした。
と同時にニジーは地面におちる。
「こっ腰……」
老人エーは仰向けに倒れ込んだ。
「ほわああ! エーさん大丈夫ですか⁉︎」
腰を抑えながら悶絶するエーの元へとニジーは駆け寄る。
エーを支え起こそうと手を添えた時にあることに気付く。
「お?」
「お?」
ニジーの手には翡翠色の実が握られていた。見た目以上にずっしりと重い。
それをみたエーはバッと立ち上がり、穴が開くほどその実を見つめた。
「……おっ、おお、おおおお! これは生命の実!! ついにやったのか!!!」
「いやそれより腰は?」
「腰なんぞどうでもいい!!」
腰の痛みを忘れるほどに興奮しているようだ。
老人エーにその実を渡そうとするが、エーが実を掴もうとするとスルッと手が通り抜けてしまった。
「なんで??」
ニジーは実を持ち替えてみるが普通に掴むことができる。
何度やっても掴むことができずエーはがっくりと肩を落とす。
もう一度実をじっくりと観察し始めた。
「やはり選ばれた者にしか実は掴めないようだ……いや、でも実を入手できたということは孵化させることも可能なはずだ。どうか君が孵化させてくれ」
「でもどうやって?」
「人肌で温めるんだ」
「卵じゃなくて実なのに?」
「深く考えるな」
鳥のように卵の上に乗る形で温めようと思ったが、大きさ的に潰しそうなのでやめた。
「孵化までは少し時間がかかるだろうから、懐に入れて辺りを探索していればどうだろうか」
ニジーは助言通りに実を胸のあたりの服の内側に挟ませる。ポッコリ膨らんだお胸は喉を膨らませたグンカンドリのようだ。
(実がひんやりしてて気持ちいい〜)
落とさないように両手でしっかりと実をおさえながらトテトテとあるく。
孵化するまでどのくらい時間がかかるのか分からない。
「エーさんは孵化する瞬間を見たいって言ってましたよね。孵化するまで一緒に……」
振り返ると老人エーは腰を押さえて震えている。
「やっぱり腰ダメだったー!」
「し……心配ない。わしはそこのベンチで休んでいることにするよ。君はここに初めてきたんだろう?この聖域は歩いて1周1時間くらいで周れる。せっかくだから探索してくるといい」
「そ、そうですか」
「そうだ。探索にいくならこの手紙を『デー』という老婆に届けてくれないか。今日会う約束をしていたのだが今は移動できそうにない」
エーはポケットからくしゃくしゃになった黄ばんだ手紙を取り出す。
「多分霊樹の丘の晴天輪と呼ばれるモニュメントの近くで待っているだろう。昔通りなら、花柄のスカーフを巻いているはずだ」
「分かりました。また戻ってきます」
ニジーはそう言うと実を大事そうに抱えながら晴天輪を目指して歩いていった。




